第16話 オフ会

 ――というわけで、オフ会当日。

 妹とのデートから一週間後の土曜日。こんちゃんを誘うことに成功した俺は彼女と初めて出会った家電量販店のショーケースの前で待っていた。

 二週連続で女性と2人っきりでお出かけなんて随分と俺の人生も華やかになったもんだ。


(……なーんてな)


 こんちゃんには2つほど直接話しておきたいことがあった。

 1つはゲーマー仲間として、もう1つは友人として。

 だから2人っきりといってもこれはデートではなく、あくまでアナザーワールドというゲームのオフ会なのだ。


 俺が『オフ会をしないか?』と提案した時、こんちゃんは最初『おふかい?』と意味がわかっていなかった。現実の世界で会って親睦を深めるイベントだと説明すると、彼女は少し迷った後に『いつ会えますか?』と先程とは打って変わって積極的な態度を見せてくれた。

 カレンダーを開き今日の日付を告げると、こんちゃんは『ぎりぎり大丈夫かな……』と意味深な言葉を呟いていた。『別の日にする?』と聞いても『その日がいいです』と返されてしまったため真意はわからない。

 それでも、彼女とまた現実世界で出会えるというのは紛れもない事実だ。

 

「シスくん」


 とりあえず、今日は楽しもう。

 あまり余計なことばかり考えていても顔に出ちまうだけだしな。ただでさえ妹には――


「シースくーん」

「……」


 ショーケースに映る自分の姿を眺めながら、隣に現れた不審者・・・に目を向ける。彼女は相変わらずスタイルが良く、その姿はまるでお忍びの・・・・女優のような恰好だ。


「……こんちゃん」

「あ、やっとこっちを見てくれました。こんにちはシスくん」

「はい、こんにちは」

「待たせてしまいましたか?」

「いいや、俺も着たばかりですよ。待ち合わせの時間まで余裕もありますし」

「よかった……――クゥ? シスくん? 顔色が悪くないですか? それになんだか口調も変です。たにんぎょうぎ?」

「ハハハ、そんなことないですよ」

「……雪菜さんが言ってました。シスくんが渇いた笑いをするときは何か含みがあるって」


 ユカナめ……余計なことを……。

 というかいつの間にそんな話をしていたんだ? あいつは行動範囲の広さは謎過ぎる。


「言いたいことがあるなら言ってほしいです。私たち……友だち、ですよね……?」


 その言い方は卑怯だ。

 思ったことを口にするという選択肢しか残されていない。

 俺は腹を括ることにした。


「……帽子、似合ってるね」

「ク? あ、ありがとうございます」

「サングラスは……なんか大人びて見える。カッコイイお姉さん――って感じ」

「そう、ですか? わたしのほうが年上なのでお姉さんであることは事実ですけど……」


 あ、やっぱり年上だったのか……第一印象は大学生かな? とか俺は思ってたしね。

 こんちゃんは俺が急に褒めだしたことに戸惑っているのか困り顔だ。たぶん。その顔が良く見えれば、俺も「可愛いな~」なんて感想を抱いたのかもしれないが、今はそれも難しい。

 だって、


「マスクは……なんで?」


 帽子にサングラスならまだファッションだった。

 だが彼女はそこからさらにマスクまで装着している。顔のほとんどが隠れてしまい、不審者もしくは有名人の――


「へ、変装です」

「直球かよ」


 変装って、こんちゃん……それじゃあ悪目立ちしてるだけだよ……。

 前はそんなものつけていなかったのに、なんで今日に限ってマスクまでしてくるんだ。しかも変装をするような立場の人間ですって明言しているようなものだし。

 嘘をつけない人、なのかねぇ……。


「花粉症とか風邪じゃないなら外しなよ。逆に目立ってるよ?」

「クゥ~……」

「それに、せっかくこんちゃんは美人なんだから……隠してたらもったいないよ」

「……――え?」

「……あ」


 余計なことを言ったかもしれない。

 ゲーム内ではシスコンとファザコンの権化である俺たち。言いたいことばかり言い合っていいるうちに、現実でも本音が漏れてしまった。


「……」

「あ~今のはその、なんというか言葉の綾、つーか……もちろん本心なんだけどそうじゃなくて……」


 喋れば喋るほど墓穴を掘っている気がする……!

 誰か俺を止めてくれ! そう思った時にはすでに本人から「やめてください」と制止の声がかかっていた。


「……恥ずかしくて、マスクが外せなくなってしまうので……もう、やめてください」

「なんかごめん」


 俺たちのオフ会はそんな甘酸っぱい感じで始まった。



 ∠



「でも本当によかったのか? お昼がファーストフードで。しかも割り勘……」

「はい! いい経験ができました。それに美味しかったですよ、とっても」

「それならいいんだけど……」


 遅めの昼食をファーストフード店でとった後、俺たちは海楼かいろう園公園の遊歩道を歩いていた。

 本当はもう少し洒落たところにでも案内しようと思っていたのだが、彼女は軽食や買い食いなどに憧れがあるらしく、「この機会に」と頼まれてしまえば断ることなどできなかった。


「シスくんは食べ歩きとかはしないんですか?」

「俺? ん~妹が何か食べたいって言った時は一緒になって食べるかなー。一応、俺が通っている学園は買い食いでもなんでもしろ、って校風だし」

「学園……アリア第一学園ですね。わたしがいた学園は校舎と寮が目と鼻の先だったので買い食いなんてできませんでした」


 なるほど、だからか。

 「どこの学園に通ってたの?」と、聞き返したいところだが、おそらくそれは藪蛇だろう。なぜなら、ここでもし異世界アリアストラの学園に通っていたと言われたら彼女の正体が確定してしまうからだ。

 少し調べてわかったことがある。

 それは、異世界人に黒髪はいない――ということ。さらに正確に言うとただ1人を除いては、だ。

 ニィナの妹が“彼女”を夜と表した理由もこれだ。

 でも俺はどちらかというと、彼女は夜ではなくその空に浮かぶ――


「シスくん? ぼーっとしてどうしたんですか?」

「――っと、悪い。考え事をしてた」


 思考を中断し、彼女に向き直る。


「疲れちゃいましたか? あそこのベンチで休みます?」

「心配してくれるのは嬉しいが、子ども扱いされている気がする……」

「どちらかというと、弟……ですね」

「勘弁してくれ、家族は妹だけで間に合ってるよ」


 どうやら現実世界のこんちゃんはお姉さんぶりたくなるらしい。


「それに俺たちは友達だろ? いいのか? 俺が弟で」

「クー! ずるいです! また意地悪なこと言ってます!」


 俺が声を殺すように笑うと、彼女も苦笑しながらも頬を緩ませた。

 手玉に取っているみたいで楽しい……とは感じているが、彼女にも年上の余裕というものが見受けられた。


「ごめんごめん。お詫びにさ、アレをおごらせてくれ」

「……くれーぷ?」


 指さした先には移動販売の車が止まっており、家族や恋人がテーブルを囲んでいた。


「食べたことない? フルーツにクリームやチョコレート――いろんなものを薄い生地ではさむパンケーキの一種。食後のデザート……というか時間的には3時のおやつになりそうだけど、どう?」

「……ク~」


 まるで腹の虫のように彼女は鳴く。

 どうやら答えは聞くまでもなかったようだ。

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