夏空の短編集

夏空蝉丸

第1話 肉を食べよ。それが上司からの命令だ。



「私は肉が好きだ。鶏より豚、豚より牛の肉を食べるのが大好きだ。だからと言って、豚肉も当然好きだし、鶏肉も同様だ」



 佐々木は大声で叫ぼうとする。だから俺は口を抑える。ここは病院だ。そこそこ大きい総合病院でそんなことをやったらどうなることか。ここ、田舎では、残念なことに医療機関の選択肢が限られている。そこで出入り禁止になったら、医療行為が受けられなくなるのと同義だ。



「肉が好きだってことは理解しました。我慢できなかったんですね」


「当たり前じゃないですか、先生。肉を食べないことは食材に対する冒涜ですよ」



 佐々木の目は血走っていた。だが、仕方があるまい。佐々木は学習する必要がある。夏は気をつけなければだめだ。温度が上昇すれば、食べれなくなる食物がある。



 肉類は保管状態が悪ければ、すぐに状態が悪くなる。悪い状態のものを食べれば、食中毒になる。常識だろう。そう言いたくなるほどの当たり前の事実にもかかわらず、食材の保管が悪いことによる食中毒はあまり減らない。



 クソ忙しくて嫌になる。毎年、この時期になると熱中症か食中毒のどちらかで倒れて運ばれてくる人間が増えるのだ。少し気をつければ避けられたはずなのに。



 イスラム教は豚を食べないという。あれは、意味がないわけじゃない。豚を排除することで食中毒やインフルエンザなどの危険を避けることにしたんだ。それを見習ってみなさいと佐々木に勧めたら叫ばれそうになったのだ。



「食材を丁寧に扱うことも重要ですよね」


「当然です」


「でも、不衛生な状態の肉を食べた」


「違います! 肉は食べてません!! 牡蠣を食べたんです!!!!」



 佐々木はなぜか、とても嬉しそうだった。



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