第四十六話 龍牙!


「勝利……しからずんば死……」


 松浪剣之介は呪文を唱えるように家訓を口にして立ちあがった。

 試合当日、家を出るとき松浪は父親に呼び止められた。


 ――剣之介よ、我が松浪家は三河以来の武門の家柄。番方(軍事職)の束ねを兼ね備える我らに負けは許されぬ。わかっておるな。


 ――承知しております。大番番頭おおばんばんがしらを務める父上の顔に泥を塗るような真似は、この剣之介、決していたしませぬ。


 ――その心得じゃ。勝利得ずしてこの家の敷居をまたぐな。よいな。


 ――は!


 足元に血溜まりをつくりながらも松浪はすっくと立ちあがる。

 その毅然とした姿に自然と拍手喝采が沸きあがった。




「……やっぱりたいしたもんやな、あのお坊ちゃんは。背負うとるもんが違うわ」


 虎之介が感心したように腕を組むと、隣の祐馬がすかさずいった。


「それならうちの師匠も負けてませんよ、ほら!」


 なんと大地も意識を取り戻し立ちあがろうとしている。


「師匠は、わたしの兄上の無念を晴らそうと必死なんです!」




(こうなったら……アレを遣うしかねえべや)


 やはり尋常の剣では松浪に抗しきれない。

 大地は覚悟を決めた。おのれの右腕などどうなっても構わない。

 大地は木刀を左腰につけ、居合い腰に沈んだ。

 と、そのとき――


「風の業を遣ってはなりませぬ! おやめくださいっ!」


 きざはしの下で暮葉の声が響いた。剣武台の縁をつかんで大地に訴えている。


(ありがてえけんど、おら、こいづに勝たにゃなんねえだよ。

 許してくなんしょ)


 風は足元に吹いてきている。これなら足を踏み鳴らして「種火」をつけるまでもない。

 大地は膝をたわめ体を極限にまでねじった。

 業の発動と捉えて松浪が身構える。

 その目が熾火のように赤く光っている。

 やはり風の業でくるかと、その目がいっている。


「なりませぬ!」


 暮葉の叫びとともにそれは発動した。


 風門流最終奥義――龍牙りょうが


 大地が木刀を抜き放った瞬間、右肩からなにかが切れる太い音が響いた。



   第四十七話につづく


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