孟秋デンデケデケデケ

回想デンデケデケデケ

 9月初旬。

 ドラゴンとキッスの入籍を祝う、ささやかなパーティが開催された。

 場所はいつものガレージの予定である。

 しかし、狭いスペースのためにテーブルや椅子を並べると誰も入れない、もしくは全員出てこれないことに直前で気付いたのは、企画した良介だった。


「我家の庭があやうく姥捨て山になるところでした」


 と何気なくこぼした時にはもう遅い。ドラゴン怒りの鉄拳が良介の肩口を襲っていた。

 結局居酒屋での開催となり、バンドのメンバー以外には良介と晴香が参加した。誠也も連れてくればいいのに、とドラゴンは言ったが、翌日の運動会に備えて早めに眠ったのだ。留守番は良枝がしてくれている。


 円卓を囲む全員の飲み物が揃い、小次郎はお茶の入ったグラスを片手に立ち上がった。


「立ってるのもしんどいので、座ります」


 着席した。


「ドラゴン&キッスorキッス&ドラゴン! びっくりするくらいの超速入籍に喜んでいます」


 拍手が起こる。拍手に応える二人は、晴れやかな顔をしていた。ドラゴンの性格からして「よせよ、パーティなんて」と言い出すと良介は思っていたが、素直に祝福を受け止めている。キッスの存在が性格の凝り固まった部分をほぐしてくれたのかもしれない。


「わしは最初、ドラゴンと衝突しました。キッスには一服盛られました。なかなかの、なっかなかの関係だと思います」


 これにはドラゴンも顔を覆い、キッスは視線を外した。特に「キッスの一服」は下手をすれば執行猶予がつかず実刑まるかじりなだけに、居酒屋という公の場で喋るものではない。晴香以外の全員が手首を隠した状態で芋づる式に連行されるのも、決しておかしいことではないのだ。


「ドラゴンとは、この約半年の間で親友になれたと思っています。ドラゴンがどう思っているかは分かりません。けどバンドを作って良かった。その親友は、キッスという伴侶と同じバンドで巡り会えた。つまりドラゴンはバンドを作ったわしに、一生頭が上がらない」


 アンタが言うと冗談に聴こえないんだよと良介はハラハラするが、ドラゴンとキッスは穏やかな笑顔で手を叩いている。


「わしからは以上。ハッピーは黙っとれ。手を広げるな。良介君、何かあったら言いたまえ」


 良介は立ち上がり、ビールの入ったコップを掲げた。


「義父の話が長くてすみません。ビールがぬるくなってしまうので乾杯しましょう。ドラゴン&キッス、おめでとうございます!」



 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



「前から思ってたんだけどよ」


 ドラゴンが良介に話しかけてきた。コップ2杯目のビールでもう顔が赤い。


「KOZYはおまえのこと、ガレージの外だと『良介君』って呼ぶのな」

「言われてみれば、そうですねえ」


 意識していなかったが、確かにそうだ。マッスオ呼ばわりされるのはいかがなものかと思うが、君付けされるのには何か理由があるのだろうか。距離感を保つ意図があるのだとしたら、あまり良くない。特に遺産の分配的に。


「機嫌が良さそうな時に聴いてみますよ」

「そうした方がいいだろう。けど、不思議なもんだなあ」


 ドラゴンは晴香と楽しそうに話しているキッスを優しい三白眼で見つめる。


「最初、おれの遅刻のせいでバンドが分解しかけた時、良介が追いかけてきてくれたよな」

「はい」


ドラゴンドラゴンと朝っぱらから連呼して周囲の注目を浴びたことを良介は思い出した。


「あれがなければかみさんと出会えることもないし、当然この席もない。毎日何をして時間を潰すか考える、元の生活に戻ってたんだよな」

「僕のおかげですね」

「そうだな。感謝している」


 素直に頭を下げ、ドラゴンは続けた。


「おれはさ、おまえのことを勝手に年の離れた友達だと思ってるんだよ。さっきのKOZYじゃないが。だからライブが終わった後も仲良くしてくれると嬉しい」


 良介は軽い口調で返す。


「あ、僕はとっくに友達だと思ってました。ついでに言うと、いつだったかドラゴンが誠也を抱き上げた時、ずっと前に亡くなった父がダブったんですよ。その時確か写真を撮って」

「そうなんですか。だからマッスオはその反動で私によそよそしいんですね」


 人の話を無視する、空気の読めないハッピーが一方的に絡んできた。


「まあ、そうですね。それでいいです。血糖値が300超えるまでじゃんじゃん飲んでください」


 ハッピーと正面から向き合うのは無理だと良介は感じている。恐らく小次郎ですらそう感じているはずだ。ドラゴンに至っては宗教嫌いが暴走してハッピーの顔面に靴をぶつけた前歴がある。過去に何があったのかは知らないが、酔ってる状態の二人を向き合わせるべきではないと良介の直感が告げていた。


「なぜドラゴンは宗教を嫌っているのですか? 昔に何があったのですか?」


 さすがはハッピー。酒に酔い、長髪のかつらを振り乱しながら血走った目で力強く地雷を踏み抜くその様は狂信者そのものだ。


「おめでたい場で話すことでもないが」

「そう言わずに。マッスオも聴きたいでしょう?」

「いえ、特には」


 ドラゴンは胸ポケットから取り出した煙草に火を付け、煙をハッピーに向けて緩やかに吐く。


「あ、煙草吸ってたんですか」


 平均年齢80歳近いバンドメンバーの喫煙する場面を初めて見た良介は、少しだけ驚いている。


「ああ、5……じゃきかねえな、70年ぶりくらいに吸ったわ。今、一箱500円くらいするのな」

「70年前って、10代前半でしょ!?」

「時効だな」

「僕も二十歳になってから少しだけ吸ってましたけど」

「中学を卒業する前だったか、おふくろが宗教家に騙されて一家離散。その頃から吸い出して、結果高校も行けなくなった。二十歳前にはやめてたよ、こんなもん」


 70年ぶりだという煙草をくわえ、重たい過去を煙とともに吐きだしたドラゴンは追憶に身を委ねているのだろうか、左右にフラフラと揺れ動いている。


「クラックラするわ。まずいし。やめておいてよかったな。カネがもったいない」

「僕にも一本ください」


 良介は煙草に火を付け、深く息を吸い込んだ。20年ぶりの煙草はどんな記憶を呼び起こすものかと期待していたが、ただひたすら口の中が苦い。ひたすら苦かった。これに尽きる。

 いつか自分も若者を前にして「○○年ぶりに吸った」といぶし銀の名言を使ってみたいものだと考えていたが、その機会はなさそうだ。やはりこういうカッコよさが重要なアイテムは、それなりの年齢になってみないと似合わないのだ。

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