わし、ソングロイドになります

 8時。ドラゴンとキッスが、それぞれの楽器を背負ってガレージへやってきた。少しくたびれた顔をしている。ハッピーに傷害罪待ったなしの一撃を加える予定だった良介は、静かに四点杖を下ろした。


「お、なんだKOZYも良介もなんか人を殺しそうな顔してるぞ」

「おはようございます。気のせいですよ」


 ドラゴンはノートパソコン専用のカバンもぶら下げている。


「どうじゃった? 簡単にできそうか?」


 期待を隠しきれないキラキラとした目で、小次郎が入ってきたドラゴン&キッスに問う。


「なんとかできた。できたけど、なあ。簡単じゃねえよ。昨晩遅くまでかかったよ」

「ええ、あれは、見てもらえればわかりますけど。なかなかのものですよ」


 ドラゴンはノートパソコンを開き、ベースアンプの上に置いた。15.6インチの画面を小次郎と良介、そしてその後ろから元気のないハッピーが覗き込む。

 専用と思しきソフトを立ち上げた画面には、星条旗柄のバンダナとサングラスを身に着けた老人のキャラクターが映っている。そのサイズ、約5頭身。カウントが始まり、電気的な小次郎の歌声が流れ出した。それに合わせ、キャラクターは快活な踊りを始める。一見した限り、小次郎の顔そのものだ。


「こ、これは……」


 良介は驚きのあまり声を失った。ネットやゲームで見かけるヴァーチャルアイドルの動きや歌声と比べても、まったく遜色はない。脳裏に、ニラのような野菜を持って踊る少女型人気ソングロイド、あつニクの姿が思い浮かんだ。

 細かいことは分からないが、外見はともかくとして、音源は一体どうしたのか。そんな知識がある者がバンド内にいたのか。

 良介の内心を察知したように小次郎が答えた。


「メーカーの偉いやつと、個人的なつながりがあってな。音声データを提供し、キャラと合わせて作ってもらった、いわばソング&ダンスロイドじゃ。モデルはわし」

「で、おれたちが作った歌に合わせて動きを指定するわけだ。大変だったよ。イントネーションとかピッチとかいじりながら……」

「感情っていうパラメーターもありましたもんね。久しぶりに没頭しましたよ。楽しかったけど疲れるわ」


 ドラゴンが首を回しながら言い、キッスがそれに応えた。昨晩遅くまでかかったという原因がこれなのだろう。


「なあ良介君。これ、ライブの時、バンドの後ろに大型モニター設置して、観客に披露したら面白いじゃろ? 誠也も喜ぶじゃろ?」

「ンヌフ」

「ついでにボーカルの問題も解決。日本語の方が都合良かったのはその為じゃ。英語だとイントネーションとかわからんこともあるしな」

「ンヌフフフ」

「金はかかったが、ドラゴンとキッスのおかげで上手くいった。二人とも、すごいな。どうもありがとう。片手ですまんが」


 小次郎は二人に右手を差し出した。本来なら両手を出したいのだろうが、あいにく左腕は動かない。ドラゴンとキッスはそれぞれ固く小次郎の右手を握り返した。


「これ面白いよな。見てて飽きないっていうか。KOZYが踊ってるっていうのもあるけど」

「ええ、KOZYが笑顔でハートマーク作るところなんて、二人で笑いが止まらなかったですよ」

「ンヌフフフフフフ、ンフフフ! ンヒヒヒヒ! ンヒンヒンヒンヒ!」


 顔を赤くし口を抑えている良介は、先程から実に気持ち悪い忍び笑いをこぼしている。見かねた小次郎が何かを言おうとした時、割り込んできたハッピーが、ノートパソコンの画面を両手でつかんだ。


「こ、この繊細な動きは、もはや只人のものにあらず……! これは、私のキャラも作れるんですか。服装とかも指定して」

「ああ、時間とカネがあれば再度依頼することは……」


 小次郎はハッピーに耳打ちをする。それくらいなら、とハッピーは大きく頷いてから大声を出した。


「神は理由があって見えなくなりました。が、今再び蘇ろうとしています」


 一人だけまだ悩んでいた様子の新興宗教教祖は、誰にも聴かれていないのに全員に話しているような尊大な口調で続ける。


「私の目に見えなくなったのならば、誰かに見せてゴールデンハッピー教の神がおわすことを証明すれば良いのです。私のキャラクターを新たな神として教団に通達しましょう。集会の際は教団の大型モニターに流し続けることにしましょう。動画サイトにアップするのもいい。神は消え、現れる。全世界のどこにでも。再度現れる神は、すなわち私です。見えないのならば私が神になれば万事解決なのです」


 偶像だったらいいのか。それでいいのかお前は、と問い詰めたい気持ちが良介に芽生えたが、本人がそれでいいのなら深入りはしたくない。無知を前提としたハッピーの利己的、利益を追求するスタイルには対抗する気が湧かないのだった。


「大型モニターがあるなら、ライブの時に搬入係ごと貸してくれ」


 小次郎は、ちょっと10円貸して程度の軽い口調で言った。渋るハッピーに「いや、だってお前何もしてないじゃろ」と強烈なカウンターをかます。


「ついでに言っておくが、ライブの時にお前の教団の祈りはさせんぞ」

「えっそんな」

「もししたら、わしの人生かけて7回地獄に叩き落す。絶対に許さん。念入りに潰してやるぞ」


 バンドを作り、ガレージを建て、脳梗塞からほぼ回復し、ソングロイドを完成させた。小次郎はやると言ったらやるのである。その意志と行動力と経済力が根拠となる脅し文句は、人の話を聞かない新興宗教の教祖さえ震え上がらせた。


「じゃあ、ハッピーの音源とアバターが完成したら曲作っていこうか」


 そう言ったドラゴンはフェンダーのプレシジョンベースを肩にかけ、キッスとともに仲睦まじくチューニングを始めていた。厄介事に巻き込まれる前に練習がしたいとその顔が語っている。その二人の様子を見ていた小次郎の頭上にビックリマークが浮かんだ。


「ドラゴン&キッスは、結婚式挙げないんじゃろ」

「はい、そうですが」

「じゃあ、ご祝儀代わりに作ろうか、キャラクター」

「いらないよ」


 ドラゴンは即答した。


「そんなカネはないし、そもそもおれたちがそんなキャラになっても気持ち悪いだけだ」

「そうですねえ。見てて気持ちよくはないかもしれませんねえ」

「カネは気にしないでくれ。せめてものお礼とご祝儀じゃ」

「そうですねヌフ、カネはKOZYがンヌフ出しますので、作りましょうよ。ドラゴン&キッスのキャランフフフ!」


 忍ぶ気のない忍び笑いが止まらない良介は、ドラゴンとキッスの説得に走った。


「やりましょうよヌフ。入力は僕がやりますよンヌフ。その代わりお義父さん、キャラの外見は僕から依頼かけてもいいですか。全員分ヌフヌフヌフ」

「ああ、やってくれるのならお願いするが」

「何マッスオさん、中南米のブツでもキメてるのかしら。一人で」


 キッスがうらやましそうに非難する。


「大丈夫です大丈夫ンフフフ! 曲も作りますヌフ。皆さんは演奏の練習に集中してくださンフフフ」


 未だ怪しさを隠しきれない良介は胸を叩く。任しておいてください、の意思表示だ。

 おかしさが止まらない。ハッピーと話していた時、0と1の間の存在を感じることはあるかもしれないと自分は認めていた。しかし実際に0と1で作られたものを目にしてここまでの衝撃を受けるとは。

 また、密かに企画を進行していた小次郎にも改めて脱帽する。自分が歌えなければ誰かに頼むのではなく、なんとかして自分の声で歌を完成させるつもりだ。そのために新たな知識を仕入れ、計画し、カネを出した。ここまで来ると財産の無駄遣いとは切り捨てられない。


「ンンフ。ストーリー仕立てにしますンヌフ。その映像に沿った曲にすればもうンヒンヒイ、ロックオペラ状態ですよ」

「……あのな良介君、そんなにおかしかったら忍ばなくてもいいんじゃぞ、気持ち悪いし」

「ンヌフフ忍びます忍びますンフ」


 義父のお目溢しを一蹴した良介は話を続ける。自分の言動が少しおかしくなっていることに気づいていない。


「ンヒヒヒヒ! 主役はキッスにしましょう! 主役は女性がいいにンヌフ決まってます! 魔法少女でフフフフフ!」

「あら嬉しいわ、ウフフフ。少女じゃないけど」

「お義父さんはンヌフ頼れるンフ参謀です。ある意味一番えらいです。誠也もニッコリンヌフンヌフ!」

「信用してもいいんじゃろうか……」

「大丈夫です。確実に面白いですからンヒヒヒヒ。ハッピーは神ンヌフ。どうせンフンフだからンフ。文句ないでしょうンヌフンヌフ」


 小さい声で邪神ですが、と付け加える。それが耳に届かず喜ぶハッピー。


「ドラゴンは道端の木です」

「おいコラ」


 良介はようやく笑いを抑え、高らかに声を上げた。


「じゃあ練習しましょう。来週から僕が作った曲を演奏してもらいますね。今日のところは3コードの進行を決めておいて、アドリブでもしてみてはどうでしょう」

「本当に大丈夫なんじゃろうな……」


 小次郎の不安に対し、良介は胸を張って見当違いの返答をする。


「大丈夫です! お年寄りから子供まで、必ずみんなが笑えるものになります! ンヌフ!」

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