【21】謎の漂流物

 雨が上がった。太陽の光が反映した海は煌びやかで綺麗だが、環境は相変わらず厳しい。


 一同は、大きな流木を三本寄せ合い、ベンチの代わりにして、そこに腰を下ろしていた。


 汗を拭った綾香は、不安げな表情を浮かべて、ジャングルに目をやった。

 「類たち、大丈夫なのかな? ヤバそうだったら浜辺に引き返すって言ってたけど、完全に方向を見失っていたら戻ってこれないかもしれないじゃん」


 「心配だけど悪い結果ばかり考えるのはよくないよ」斗真は腕時計に視線を下ろした。夜まで時間がある。「学校で落ち合う時間までに、ここに戻ってくるかもしれないだろ? とにかく待とうぜ」


 結菜が綾香に言った。

 「明彦がいるから大丈夫だよ」


 綾香は、結菜の眼差しから明彦への想いを感じた。

 「本当に好きなんだね」


 結菜には言われている意味がわからなかった。

 「え?」


 綾香は口元に笑みを浮かべて言った。

 「明彦のこと」


 言われた意味を理解した結菜は微笑んだ。

 「当たり前でしょ」


 由香里が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 「ただでさえ暑いのに余計に暑くなるじゃん」


 類たち三人の無謀な試みを知る由もない一同は笑った。


 波打ち際に目をやった健が腰を上げて言った。

 「あいつらが戻ってくるまでのあいだ、俺たちにできることをしようぜ」


 綾香は健に訊いた。

 「何するの?」


 健は答えた。

 「漂流物を探してみるんだ。もしかしたら鍋とコップ以外にも何かあるかもしれない」

 

 健の意見にうなずいた一同は、一斉に立ち上がった。


 「みんな同じところを探しても能がないよね。男子はあっちを探して」綾香は遠くを指さしたあと、反対方向を指さした。「あたしたちはこっちを探すから」


 「わかったよ」と、返事した健たちがこの場を離れると、女子も歩を進めた。


 歩き始めて間もなく、恵が前方を指さした。

 「ねぇ、あれ見てよ」


 「何か見つけたの?」綾香は目を凝らして見る。「何も見えないけど……」

 

 結菜も首を傾げた。

 「あたしにもわからない」


 「本当だ! なんかある!」と、はっとした道子が駆け出した。


 道子と恵以外は何も見えない。視力のちがいのせいだろう、と考えて、ふたりの後ろを走った。すると、砂浜に埋もれたかたちで白い物体が見えた。それがいったいなんなのかはわからない。


 謎の物体の前に集合して、屈み込むと、一斉に掘り始めた。爪のあいだに砂が入るので、スコップが欲しいところだがしかたない。


 掘り進めると大きめの容器だということがわかった。逆さになって埋もれていた容器の蓋は黄緑色。500グラムほど入ったワセリンのプラスチック容器のようにも見える。明彦が発見したふたつの漂流物に比べれば、それほど古いものではなさそうだ。


 綾香が持ち上げみた。けっこうな重量感だ。


 蓋が閉まっているというのに、海水が入り込んだのだろうか? 


 砂まみれの容器を海水で濯ぎ、綺麗にしてから、軽く横に振ってみた。海水が入っていれば、内部で揺れる水の音が聞こえるはずだが、その様子もない。


 「何が入っているんだろう?」


 道子が容器に手を伸ばした。

 「ちょっと貸して」


 綾香は容器を道子に差し出す。

 「わりとずっしりしてるよ」


 容器を受け取った道子は、不思議そうな表情を浮かべた。

 「なんか……これ……」


 綾香は道子に訊く。

 「どうしたの?」


 道子は、首を傾げて容器を見つめる。

 「どこかで見たことあるような……ないような……」

 

 綾香は言った。

 「どこにでもありそうだからじゃない?」


 美紅が言った。

 「ありふれた容器ってかんじ。ただ、ちょっとデカすぎ。コストコとかにありそう」


 結菜が言った。

 「現実世界の物ならたしかにアメリカンサイズだね。だけど形はふつう」


 恵が言う。

 「コップも鍋もそうじゃん。どの家庭にでもあるふつうのものだよ」


 由香里が言った。

 「その容器、開けてみようよ」


 道子は、綾香に容器を突き返した。何が入っているのかわからないので、開ける勇気はない。

 「綾香の出番がきた!」


 最初から自分で開けるつもりでいたので冷静に容器を受け取った綾香は、最初に開けみようと言った由香里に一応訊いてみた。

 「やる?」


 由香里は首を横に振る。

 「ごめんね、自分で言っといてわるいんだけど綾香に譲る」


 「言うと思った」好奇心旺盛な綾香は気合を入れた。「よし! 開けるよ!」


 綾香が容器の蓋を掴んだ瞬間、全員がその場から少し離れた。綾香は指先に力をこめた。固く閉まっていると思いきや、簡単に蓋が回った。


 容器の蓋をはずした綾香は、内部を覗き込んで目を見開いた。容器の中には、白いクリーム状の物質が入っていたのだ。

 

 一斉に綾香に歩み寄り、怖々と容器の内部を覗いてみた。


 意外な中身に驚く道子。

 「え? 何それ? 軟膏?」


 由香里が言った。

 「異世界の美容クリームだったりして……」


 道子の目が輝く。

 「まさか、十歳若返り系? 大歓迎だよ」


 由香里はあんぐりする。

 「うちら七歳じゃん。若返りすぎ」


 綾香はにおいを嗅いでみた。軟膏やクリームのにおいだ。だが、開封したてのような新しいものではなく、成分に含まれている油分が酸化した臭いを感じた。


 ここは気温が高い。そのため、東京の夏の浜辺に放置するよりも劣化が早いはずだ。しかし、いまは物質の鮮度よりも、この奇妙な漂流物について考えるべきだ。


 綾香は容器の中に手を入れた。それを見て驚いた結菜は、綾香の行動を止めようとした。得体の知れないものを素手で触るのは危険だ。


 「ちょっと待ってよ! 明彦二号とは思えない! 指が溶けたらどうするの?」


 綾香は言った。

 「マジで明彦二号はやめて」


 道子が砂浜を見回して言った。

 「なんかいいかんじの棒があればいいんだけど」


 綾香は道子に言った。

 「棒で掬ってもけっきょくは触って確かめてみるよね? だったら、指を入れても同じだよ」


 「大丈夫なの?」不安げな道子。「結菜じゃないけど皮膚が溶けたら怖いんだけど」


 美紅も反対する。

 「やめておいたほうがいいって」


 綾香は言った。

 「いま言ったように刺激臭はしないんだし、ヤバいことにはならないと思う」


 慎重な性格の由香里が反対する。

 「ここは異世界だよ。わけのわからないクリームを触るだなんて信じられない」


 危険はないと判断した綾香はみんなの忠告を無視して、白いクリーム状の物質に軽く触れてみた。思ったとおり指は無事だ。それなら掬い出してみるしかない。


 それを手の甲に塗布して、もう一度においを嗅いでみた。

 「うん……」


 結菜が訊く。

 「どう?」


 綾香は冷静に説明する。

 「油が酸化した臭いがする。でも質感は、病院で処方される軟膏薬よりも柔らかくて伸びがいいかもね」


 結菜も容器の中に手を入れてみた。柔らかいクリームだ。危険なものではなさそうなので手の甲に塗布してみた。


 「この塗り心地、どこかでつけたことがあるような気がするんだけど……」不思議そうな表情を浮かべて、クリームを手の甲に馴染ませた。「どこだったかな……」


 綾香が結菜に言う。

 「クリームなんてどれもこれも似たようなものでしょ?」


 美容好きの結菜は首を横に振る。

 「質感のちがいは重要だよ。もちろん現実世界ならの話だけどね」


 由香里も容器の中に手を入れてみた。触り覚えのある感触が指先を伝う。

 「本当だ。どこかで塗ったようなかんじがする……」


 結菜は由香里に訊く。

 「由香里もそう思うでしょ?」


 「うん」由香里は不思議そうに言った。「でもどうしてだろう……」


 美紅が言った。

 「綾香じゃないけど、似たような質感の化粧品ってけっこうあるからね」


 道子はもう一度、容器をまじまじと見つめた。

 「なんか……」

 (やっぱり、この形……どこかで見たことがある。とくに蓋の色とか……)


 しかし、ラベルがない無地の容器などこの世にいくらでもある。百円均一を覗けば種類豊富な容器が所狭しと陳列されている。単純な形だから見覚えがあるような気がしただけだろう。


 結菜は道子に顔を向けた。

 「どうしたの?」


 道子は返事した。

 「なんでもない。気のせいだったみたい」


 容器を手にした綾香は、考えを巡らせる。


 明彦が見つけた鍋とコップも……海上にあるゲートを通り抜けて、この島に流れ着いたのだろうと考えていた。


 海を漂流し続ければ、自分たちは現実世界に帰れるのだろうか? 


 いや……それはないはず……。


 もしそれが可能なら、カラクリを解く必要がない。類たち三人が旅客機の墜落現場に戻る意味がなくなってしまう。だって、海を彷徨うだけで現実世界に戻れてしまうのだから。


 そう……あくまでカラクリの正確な答えは、旅客機の墜落現場にある。その答えを見つけないかぎり、自分たちにゲートは見れない。つまり、海を漂流したところで、この島から脱出できるわけではない。


 だったら……なぜ漂流物が落ちているんだろう?


 考えれば考えるほど不思議だ……。

  

 そのとき、結菜も綾香と同じ疑問を感じていた。

 「現実世界の海を漂流していた漂流物が、なんらかの理由でこの島に流れ着いたって考えたほうがいいのかな? どうなんだろう?」 


 「そういえば……」恵が、結菜の言葉でふと思い出した。「筏で海を彷徨えば島から出れるんじゃないかって、類がチャレンジャーなことを言っていたよね……」


 綾香と道子の喧嘩の仲裁を頼もうとして男子を頼ったときのことだ、と由香里も思い出した。

 「ああ、言ってたね」


 綾香はいましがた考えていたことを口にした。

 「たとえここに船があったとしても、都合よく現実世界の海に出られるとは思えない。漂流して海の上で待つだけでゲートを通れるなら、墜落現場でカラクリの答えを確認する必要がないもの。そんなに単純じゃないよ」

 

 結菜は言う。

 「だったらどうして漂流物が落ちてるの?」


 恵は言う。

 「明彦が見つけた鍋とコップよりも、軟膏が入った容器の漂流物なんて超不思議だよ。ふつうじゃない」


 由香里は恵に言う。

 「だってこの島は、ふつうの島じゃないもん。つぎはもっとありえないものが落ちてるかもね」


 綾香は容器を見つめてふたたび考えた。

 

 空、海、陸、ゲートが三つ存在したとして、結菜が言うように、この容器は何らかの理由で現実世界の海からこの島に流れ着いたとする。だとすれば、ラベルすら貼られていないのはなぜだろう?


 もしラベルが貼られていたとすれば、長いあいだ海を漂流しているうちに剥がれ落ちたのかもしれないけど……どうなんだろう? あとは容器に直接印字されている商品もある。だけど、これにはその痕跡がない。


 ラベルが貼られていないということは、元は空の容器だった可能性もある。だとしたら、クリームを詰め替えたということだ。それしか考えられない。でも、もうしそうなら、容器が必要以上に大きすぎる……。


 ふつうは詰め替えるならもっと小さな容器に入れるはず。毎日、使っている保湿剤は大容量の化粧品だ。旅行に行くときはかさばらないように小さい容器に詰め替えて持っていく。


 不自然だ……。そもそも、この島に漂流物があること自体が不自然なんだ。


 「ねえ」結菜が、考えごとをしている綾香の顔を覗き込んだ。「どうかしたの?」

 

 綾香は真剣な表情で言った。

 「男子と合流しよう」


 結菜は訊く。

 「急に真顔になっちゃって、何か閃いたの?」


 綾香は容器を軽く持ち上げて強調した。

 「これ……漂流物じゃないかも……」


 結菜は驚く。

 「漂流物じゃないならなんだっていうの?」


 綾香は言った。

 「それはあたしたちだけじゃなくて、男子も交えてガチで話し合ったほうがいい。この容器を甘く見ないほうがいいかもしれない……」

 

 結菜はうなずいた。

 「綾香がそう言うなら、そうしたほうがいいかもね」


 容器を見つめた由香里が思う。

 (たしかに浜辺に軟膏入りの容器があるなんてへんだけど……漂流物以外のなんだっていうの?)


 恵が綾香に確認する。

 「男子を呼ぶよ」


 綾香はうなずく。

 「お願い」


 男子がずいぶんと小さく見える。こちらから距離があるので、恵は声を張り上げて男子に訊いた。


 「何か見つかった?」


 恵の声に反応した男子がこちらに顔を向けた。恵の質問に答えようとした光流は、両腕を上げて交差させた。恵は一目瞭然の返事を見て、綾香たちに顔を向けた。

 

 「バッテン。収獲ゼロだって」


 綾香は言う。

 「みたいだね」


 恵はふたたび声を張り上げ、大きく手招きして、男子を呼び戻した。

 「みんな! ベンチに集合!」


 ずいぶんと早い集合だ。女子が何かを見つけたのだろうと理解した男子は、流木を寄せた場所に向かって歩き出した。女子もそちらへ向かった。合流した一同は、ベンチの代わりにしていた流木に腰を下ろした。


 綾香が抱える容器に男子の視線が集中した。


 容器に触れた斗真が、綾香に訊く。

 「何? このデカい容器は?」


 綾香は容器の蓋を開けて中身を見せた。

 「なぜかクリーム」


 中身を見た男子はざわめいた。


 斗真は綾香に訊く。

 「これ、触った?」


 綾香は言った。

 「どうして確認するのよ。ビビりね」


 「いや……なんとなく……いきなり触るのは怖いし、綾香なら触ってそうだから……」


 「触ったし、においも嗅いだよ。古くなって油臭くなった化粧品のクリームみたいなかんじだった」


 容器の中に手を入れて、指先で掬ってみた。においを嗅いで確かめてみると、綾香が言うように、古くなった化粧品のクリームのにおいがした。手の甲に塗布してみる。


 「本当だ。ハンドクリームみたいだ」


 光流が誰もが思う疑問を口にした。

 「でも……どうしてこんな場所にクリーム入りの容器が?」


 斗真も言った。

 「変わった漂流物だよな……」


 健が容器をさして、女子に訊く。

 「俺たちを呼び戻した理由がこれだろ?」


 結菜が健に言った。

 「綾香がその漂流物を見て閃いちゃったの」


 健は綾香に訊く。

 「閃き? 重要なこと?」


 綾香は答える。

 「もし、あたしの考えが正解なら超重要かも」


 クリーム入りの容器だなんて不自然だ。しかし、たったこれだけでいったい何が閃いたというのだろうか……。綾香が語ろうとする話の内容が気になる。


 真面目な表情で健は言った。

 「話してみろよ」


 斗真が言った。

 「明彦が先にカラクリを解くのか、それとも明彦二号が解くのか。だんだん楽しみになってきた」


 「そのあだ名、マジでやめて」綾香は不快な表情を浮かべて斗真に言った。「じゃあ、始めるよ。真剣に聞いてよね」


 斗真は言った。

 「俺はいつだってガチだ。始めてくれ」


 「あのね……」綾香は本題に入る。「類が魔鏡の世界で小夜子と遭遇した翌日の朝、空と海と陸の三つにゲートが存在するんじゃないかって考えた。みんなもその考えに納得したよね。 

 もしかしたら、カラクリが解け次第、同時に三つのゲートが見えるのかもしれない。だけど、それもカラクリを解いてみないと、はっきりしたことなんてわからない」


 斗真は訊く。

 「何が言いたいわけ?」


 綾香は続けた。

 「異世界から脱出するためのゲートがあるってことは、まちがいなくここは現実世界と繋がっている。だけど……現実世界の海を漂っていた漂流物がこの島に流れ着くわけないんだよ。

 だって、流れ着くってことは、あたしたちも海を漂流すれば、いつかは現実世界の海に戻れる可能性があるってことでしょ? だったら、頭を悩ませてカラクリの答えを考える必要はないよね。それじゃあゲームにならないもの」


 「ちょっと待て、流木だってあるんだ」斗真は疑問をぶつけた。「コップや鍋はどう説明するんだ? 無人島の波打ち際に落ちてるんだから漂流物に決まってるじゃん」

 

 一同は、斗真と綾香のやりとりに口を挟まなかった。綾香の考えが読めなかったからだ。綾香の話を理解したい翔太が、斗真に言った。


 「綾香の話を落ち着いて最後まで聞こう」


 答えを急ぎ過ぎた斗真は謝った。

 「ごめん、ちょっと先走りしすぎた」


 最後まで話したい綾香は、斗真に訊く。

 「続けていい?」


 「うん」うなずく斗真。「聞かせてくれ」


 綾香は容器の大きさの違和感を説明する。

 「もしもこの容器が現実世界の物なら、商品名と成分表示があるはず。それがないってことは、この容器にクリームを詰め替えたってことだよ。ラベルが貼られてないなんて、どう考えたってへんだよ」


 美紅が鋭い意見を言う。

 「それなら、しばらく水の中に浸すと、ふやけて綺麗に取れるよ。透明ステッカーみたいなかんじだったら、簡単には剥がれないと思うけど」


 綾香は言う。

 「漂流しているあいだに剥がれたのかもしれないって、あたしも同じことを考えた。でも……こんな漂流物は不自然だよ」


 「まぁ……たしかに不自然だけど」容器を見つめながら言う美紅。


 綾香は説明する。

 「容器の側面に商品名が直接印字されていたら、海を漂流しても、そう簡単には剥げ落ちたりしない。だけどそれなら、少しくらい跡が残っているはず。

 最初っから真っ白な容器だった場合、誰かがこの容器に詰め替えた可能性がある。あたしが詰め替えるならもっと小さい容器に入れる。ちょっと大きすぎるよ」


 美紅は訝し気な表情を浮かべた。

 「どういうこと……」


 青褪めた道子が言った。

 「そんな大きな容器に詰め替えるって……巨人でもいるってわけ?」


 「まさか」綾香は否定する。「ゲームの舞台はこの島のみ。言ったでしょ? ひとが住んでる島はないはずだって」

 

 「そ、そうだよね。巨人なんているわけない」と言いながらも、辺りを見回す道子。「巨人はいない……」


 美紅は訊く。

 「だったら、誰がその容器にクリームを入れたっていうの?」


 恐怖を孕ませた面持ちで綾香は答えた。

 「ゲームを仕掛けた死神しか考えられない―――」


 意外な綾香の言葉に一同は驚いた。


 美紅は目を見開いた。

 「そんなのありえない……」


 まるで道子が言いそうな台詞だ。しかし、綾香は冗談で言ったわけではないので理由を言った。

 「小夜子が巻き込まれたゲームのタイトルは『ネバーランド』。あたしたちの場合、タイトルの語尾に “海外” がつく。つまり……三十年前の続編と考えるべき。

 ゲームを仕掛けた死神の予想よりも早く小夜子といたアメリカ人がカラクリを解いてしまったら、続編は難易度を上げるはず。反対に遅かったとすれば、難易度を下げるはず。現実世界のゲームだってそうじゃない?」


 斗真が言った。

 「だとしたら……コップ、鍋、クリーム入りの容器はカラクリを解くためのヒントか、それとも俺たちを混乱させるためだけのものなのか、そのどっちかってことだよな?」


 綾香はうなずく。

 「そうだと思う」


 由香里が納得しない。

 「コップ、鍋、クリーム入りの容器。この三つから連想するものってなぁんだ? って、なぞなぞじゃあるまいし、それってありなのかな? 日を増すごとに考えが変化する傾向にあるけど……ひとことで言えばなんていうか……まったくまとまりがないってかんじ。頭がついていかないよ」


 綾香は由香里に説明する。

 「命懸けの脱出推理ゲームの中にいるんだよ。あたしたちは島から脱出するために、真実の中にある現実を探し出す。さまざまな謎を推理しているんだから、考えが変わって当たり前。そう思わない?」


 由香里は腑に落ちない。

 「そうかな? 考えがころころと変わってしまったら真実なんて掴めないと思う。むしろ真実と現実から遠ざかってしまうような気がする……」


 綾香は否定する。

 「そうかな? あたしはそうは思わない」


 由香里は言った。

 「カラクリを解くどころか……何かがちがう。そう……何かが……」


 氷のように冷たい表情で由香里を見据えた一同は、声を揃えた。

 「そんなことない」


 由香里は、不気味ささえ感じさせる一同の表情に動揺した。だが、漂流物は追究しなければならない謎だ。だからこそ勇気を出して声を大にして言った。

 「絶対ちがう!」


 綾香は両手を突き出し、由香里の口元を手で塞ぎ、睨みつけた。その鋭い目つきのまま、声を発さずに唇を動かした。


 黙れ―――

 

 怖くなった由香里は、咄嗟に綾香の手を振り払った。そして周囲に座る一同の顔を見た。全員がこちらを睨んでいる。その異様な光景と、全員の表情に恐怖を感じ、身を強張らせた。


 いったいどうしたというのだろうか……。


 脅すような目つきで由香里を睨みつけていた綾香は、突然、いつもどおりの笑みを浮かべた。不自然なまでの表情の変わりようだ。

 「カラクリを解かないとね」


 道子も微笑む。

 「由香里も頑張ろう」


 由香里は全員に不審感を覚えた。怖い、それに気味が悪い。

 (みんな、どうしちゃったの?)

 

 斗真は、何ごともなかったかのように話を続けた。

 「この島の謎のすべてに意味がある。綾香の説が正しければ、このゲームは三十年前よりも難易度が高いはずだ」


 健が斗真に言った。

 「俺もそう思う。だって、イージーよりもハードのほうが見てて面白い。三十年前のゲームは、死神たちにとって微妙だったのかもな。だって、たった一週間程度でカラクリを解かれちゃったんだから」


 斗真は言った。

 「そうだよな、俺たちは一週間で解けそうにないもん」


 不安を感じた由香里は、一同を観察するように見つめた。その様子はいつもと変わらない。いまのはいったいなんだったのか……。

 

 (あたし以外、おかしくなり始めている? それにみんな気づいていない? それともあたしがおかしいの?)


 美紅が由香里に声をかけた。

 「顔色が悪いよ」


 戸惑いながら返事する由香里。

 「大丈夫……」


 美紅は微笑む。

 「ならいいけど」


 斗真も由香里を心配する。

 「体調が悪いのに無理してるんじゃないのか? 本当に大丈夫?」


 由香里は目を合わせなかった。

 「平気だよ……」


 容器を持ち上げた綾香は声を張った。

 「よし! 漂流物と見せかけた置物の謎はあたしたちが解こう! 三人が墜落現場に辿り着くのと同時に、この謎が解ければきっとゲートが見えるはず!」


 斗真は張り切る。

 「その意見のった! あいつらを驚かせてやろうぜ」


 「見つけた容器は明彦たちには内緒にしよう」と言った綾香は、由香里に顔を向けた。「内緒だよ、わかった?」


 「わかったよ……」


 綾香から目を逸らして返事した由香里は、もう一度、一同の表情を観察するように見た。いつもと様子は変わらない。だが、漂流物を死神が仕組んだ置物としなければ、自分にとって恐ろしいことが起きるような気がした。


 たった数分前まで信用できる友達だった。それなのに……いまは身の危険を感じる。この気持ちを悟られたくないので、平常心を保とうとした。


 (校内で三人に会うまではふつうにしてないと……)


 容器を発見した事実を明彦たちに伏せておく気はない。一同の異変を含めて知らせなくてはならない。由香里が一番恐れているのはデスゲームだ。それだけは阻止しなくてはならない。どんなに些細なことでも三人に伝えるべきだ。


 もう一度、綾香に目をやった。由香里の視線を感じた綾香は、こちらに笑みを向けてきた。ぎこちない笑みを返した由香里は思う。


 冷静でいようと作り笑いをする自分以上に、全員がふつうを装い、虚構を演じているみたいだ。


 だとしたら、なんのために……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る