第29話: 最強の魔法の杖を持った魔術師が……

「恥と汚れにまみれ、厚顔無恥でオレの前に立つ者に、裁きのつぶてを与えよ。奴の人生を、ペルソナを、全てを焼き払うがいい!」

 物騒な口上をつぶやくエドワードの杖に、業火のようにまばゆいエネルギーが集まりはじめた。僕はビッグバン・スネークのなかでもがくが、ますますキツく締まっていくように感じた。もはやこれまでかと思った。


「ウォーターグレネード!」

 突如ドラゴン・エクスター・アクアが技名を叫び、水の弾丸を一斉に放った。10発、20発、いや30発ほどか。グレードアップした攻撃全てがエドワードのボディーを捉え、彼をフィールドに転ばせた。やつが集めていた炎のエネルギーなど、跡形も残っていなかった。


「私だよ。ドラゴン・エクスター・アクアだ」

 ドラゴン・エクスター・アクア自らが、灼熱地獄に苦しみながらも名乗りを上げる。

「この苦しみから抜け出そう。アンドリュー、こういうときはどうするかわかるか?」

「カルマ!」


 僕はとっさにカウンター技を叫んだ。ビッグバン・スネークのなかで、右手で杖を力いっぱいに握りしめた。杖から見えないエネルギーが放たれているのが、右手にかかる重みで伝わってくる。


「アンドリュー……」

 美玲が心配そうに僕に声をかけた。

「僕は、大丈夫だ。この忌々しい炎を、カルマの力で水に変えてみせる!」

「無茶よ! カルマを使うなら、ビッグバン・スネークがアンタに絡みつく前に食い止めないと!」


「セオリーはそれかもね。でも、僕は、自分の力を信じ続けると心に決めた。だから、ビッグバン・スネークを水に変える! エドワードに跳ね返してやる!」

「そうだ、私も伝説の杖の誇りにかけ、我を信じよう。アンドリューのパートナーとして誇る我を信じよう!」

 ドラゴン・エクスター・アクアも声を挙げ、僕とともに咆哮を上げた。


 次の瞬間、ビッグバン・スネークの体から熱さが消えていくのを感じた。赤々とした体からゆらめきが消え、ただの巨大なとぐろに変わる。ビッグバン・スネークの巨大な体が、鮮やかなアクアカラーに変化を遂げた。僕とドラゴン・エクスター・アクアに触れるものは、冷たい水に変わった。


 とぐろはますます太くなり、天空に向かって螺旋を描きはじめた。昇竜のように神々しくさえ感じられる姿に、もう燃え盛る蛇のような物々しさはない。

 やがて僕たちに対する縛りも緩くなると、僕は地上に降りた。水のとぐろがいつまでも周囲を巡り続けていた。

 水のとぐろの全身が僕の体を完全に離れ、天に舞い上がると、威厳に満ち溢れたドラゴンのように、コロシアム、いや、この地域全体に響き渡るような雄叫びを上げた。


 僕は水でできたドラゴンに、今の思いの全てを託した。

「水竜よ、恐怖に怯え続けていた過去を水に流した僕を、栄光までの流れに乗せ、徳なき王者が築き続けた乾いた世界に潤いを与えよ! エクストリーム・リンカネーション!」

 水のドラゴンが、怒りに吠えながら、フラフラとしたエドワードに突進した。

「何、うわ、あわ、ああああああああああっ!!!」


 悲鳴をあげるエドワードに、水のドラゴンが頭からぶち当たった。大波のように水が弾けて僕にも跳ね返り、嵐のように浴びせられた。爆発音と悲鳴が入り混じり、修羅の喧噪が行き交った。あまりの威力に、僕は地面に伏せることしかできなかった。


 水と煙で遮られていた太陽が、僕の背中を再び照らす。暖かさを感じた僕は、おそるおそる顔を上げた。エドワードは、フィールド外の壁際に体の前面を貼り付けるように昏倒していた。


「試合終了!」


 審判の宣言で歓声がこだました。僕は、炎の恐怖を乗り越え、王者を越えたのだ。

 ついに叶った現実に夢じゃないかと戸惑いながら、僕は審判に左手を掲げられた。

「勝者、アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソン!」

「僕、勝ったんだ」

 僕はそう呟いた。倒れているエドワードの姿を見て、これは夢じゃないと確信した。そう、僕は恐怖を乗り越えたのだ。


「アンドリュー!」

 いつの間にかしゃぼん玉から解放されていた美玲が、僕に駆け寄る。

「強くなってくれてありがとう!」

 美玲は僕の顔を両手で抑えると、勢い任せに口にキスをした。唐突な出来事に、僕は今度こそ夢じゃないかと疑った。キスの味は甘かった。マリア様に祝福されているみたいに、天にも昇るような甘さだった。


「美玲、僕も君が好きだよ」

 僕は正直な気持ちを彼女に伝えた。美玲は感動したようで、僕を再び抱きしめた。僕も彼女の肩に優しく腕を回した。


 何気なく横を向くと、パトリシアが嫉妬とばかりに頬を膨らませ、不機嫌丸出しになっていた。パトリシアが去ると、その後ろでシュールズベリー・チーフコーチとアリスが満面の笑みで拍手し、僕を称えていた。


 僕は美玲の方に向き直る。

「これからも一緒にいようね」

「私も、アンタと一緒にいるのが何だかんだで一番いい」

 僕と美玲は再びハグを交わした。


「今日こそはマジックバトルの伝説になったね。最強の魔法の杖を持った魔術師が恐怖を乗り越えた件なんだから」

 美玲が僕にそうつぶやいた。


 次の瞬間、僕は燃え尽きたかのように全身の力を失った。

「アンドリュー」

 彼女の腕のなかで僕は倒れた。

「ごめん……早速だけど……助けて……体が……ビッグ……バン……スネークで……焼け焦げた……みたい……だ……」


「アンドリュー!」

 美玲の叫びもむなしく、僕は意識を失った。

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