第27話: やっぱり怖すぎて困っています

「ジェットストリーム!」

「インフェルノ・ゲイズ!」

 僕の先制攻撃の水鉄砲が、エドワードの放った怪しく燃え盛る目を直前にして、左へ急に逸れた。やつはインフェルノ・ゲイズの後ろで、ノーダメージにほくそ笑んでいた。炎の眼を見ていると、魂を抜かれるような畏怖が伝わってくる。


「ドラゴン・エクスター・アクアの水攻撃を、相手は避けられない。しかし、攻撃回避魔法を使えば、アクアから放たれたジェットストリームもおそれを成して逃げ出してしまう」

 エドワードは嫌味ったらしく効果を説明した。


「それならこれはどうだ。ウォーターグレネード!」

 20発の水の弾丸をエドワードに向かわせる。

「インフェルノ・ゲイズ!」

 エドワードは再び燃え盛る目を放った。忌まわしき目に弾丸たちが恐れをなし、僕に向かってきた。

「うわあっ!」

 全ての水の弾丸を、僕はモロに浴びる羽目になった。たまらずフィールドを転がる。


「ハハハハハハハッ、所詮お前はその程度のものだ。さっさと伝説の杖をよこしな。お前じゃその力を引き出すことは不可能なのだよ。今はメインイベントかもしれないが、試合じゃねえよ。お前みたいな恥男がドラゴン・エクスター・アクアを持っているという間違いを正すための、コロシアムという場を借りた公開処刑だ」


 格の違いを強調するエドワードの言葉が、隅から隅まで憎い。その思いに突き動かされ、僕は立ち上がった。

「僕はお前にお仕置きされるために来たんじゃない。僕がお前にお仕置きしてやる! 美玲にあんなことして、許さないぞ!」


「陳腐なヒーロー気取りか。そんな幼稚な振る舞いが伝説の杖の威厳を傷つけていることにまだ気づかないのか。ファイアーボール!」


「カルマ!」

 僕は特大の火の玉をすぐさまアクアのエネルギーで止めにかかった。杖の先で火の玉と押し合う。僕は一歩、二歩と力をこめて火の玉を押していく。しかし、火の玉がさらなる力を解き放ち、僕の体にぶち当たってきた。

「うがああああああああああっ!」


 火の玉が弾けるとともに、僕がフィールドの脇まで吹っ飛ぶ。コスチュームごと体が炭になるまで焼けるような痛みが胴体の前面を支配した。

 エドワードが一気にこちらまで駆けてくる。僕をフィールドの外に押し出す気ならそうはさせない。


 僕はエドワードの走行経路をかわしながら、前へ走り、フィールドの中央に戻る。エドワードもこちらへとんぼ返りしてきた。

「ウォーターグレネード!」

 至近距離までエドワードを引きつけ、防御もできない間近から水の弾丸をこれでもかとぶっ放した。弾け飛ぶ水に祭られながら、エドワードがフィールドを転がる。深紅のコスチュームが濡れた状態で土のうえを転がったので、全身が泥まみれだ。ちょっといい気味だ。


「おのれ! ビッグバン……!」

 その瞬間、僕の脳裏にフラッシュバックしてきたのは、炎のヘビが美玲を締め上げ、体を焼き尽くす場面だった。あんな惨劇の二の舞は嫌だ!


「パラドロップ!」

 僕は水の針をエドワードの手元に放った。エドワードの手から杖が離れ、体が崩れ落ちる。

「くそっ!」

 うつ伏せに這いつくばったまま、動こうと必死にもがくエドワード。これほどの大チャンスは、生涯に一度、いや訪れること自体が奇跡だった。僕はすぐさま、必殺技の体勢に入った。


「ドラゴン・エクスター・アクアよ。大切な人の身を焼いた忌まわしき魔力の亡者を戒める正義の力を、僕に授けよ。ボルドー・キャノ……!」

「フィーア!」

 エドワードの頭上で空間が大きくねじれる。出来上がった混沌の穴から、炎をまとった恐竜の頭のようなおどろしい獣を突き出した。その化け物のおぞましさに、僕の勢いは断ち切られたばかりか、腰が砕けて尻餅をついてしまった。


 そのまま、立ち上がる気力さえ起きなくなった。そうこうしているうちにパラドロップの効果が切れ、エドワードは立ち上がり、満を持して杖を拾い直してしまった。


「怖い、やっぱり怖い……」

 どうしてこんな言葉が出るんだ。僕は炎の恐怖を乗り越えたはずだよ? あれだけ嫌な特訓一杯して、慣れたじゃないか。

「どうしよう、助けて、お母さん」


 いやいやいやいやいや、僕はどこで「お母さん」なんて言葉を吐いてんだ。戦わなきゃ、戦わなきゃ! 今日という日のために、少なくとも試合が決まってから毎日頑張ったじゃないか。なのに、どうして今、恐れてしまうんだ。


 そうは思っても、実際の僕は、あの灼熱の獣を目にした途端、蘇った恐怖に心を支配されてしまっていた。やっぱり、今までの訓練は付け焼刃でしかなかったのか。認めたくないけど、認めそうだ。戦いの最中なのに、僕は男なのに、泣いてしまいそうだった。


「どうした、でっかい赤ちゃん。僕の力が恐ろしすぎて泣いちゃいそうかい。しょうがないね。この魔法スキル、凄まじすぎてオレ自身も確かに自分にビビっちゃうときあるしなあ」

 そうやって嘲笑うエドワードの顔に今すぐ水をぶっかけてやりたかった。でも、実際の僕は、その場に座り込んだまま、震えるしかなかった。


 審判が駆け寄る。

「どうした。このままでは、戦意喪失とみなして敗北が決定するぞ」

 観衆の声もただならぬ感じだった。ダメだ、僕は負けたくない。負けたくないけど、でもやっぱり炎が……!


「アンドリュー、立ちなさい!」

 聞き覚えのある女子の声が叫びになって僕の耳を貫いた。

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