第23話:水の侵略者パトリシア……?

「レディー……ファイト!」

 シュールズベリー・チーフコーチが苦渋を振り切るように叫んだ。

「ジェットストリーム!」

 パトリシアが開始1秒も待たずして水の光線を放った。そのスピードは僕が放つよりも速く、目にもとまらぬうちに僕の体をぶち抜いた。


 僕は痛みの叫び声をあげるまもなく吹っ飛ばされる。思わず後ろを見ると、アウトラインから約1マイティスまで 来ていた。僕よりも強力なジェットストリームが放たれた証拠だ。

 振り向くとパトリシアがいる。

「終わりね」

 パトリシアが非情な目で僕に杖をかざした。


「ウォーターグレネード!」

「アクアシールド!」

 僕が至近距離で放った水の弾丸10発を、彼女は水の盾を広げていとも簡単に防御せんとする。弾丸の1発1発が速射砲的に盾にぶち当たる。


「ううっ!」

 7発目ぐらいで盾が破られ、パトリシアが思わずフィールドを転がる。


「ウォーターグレネード!」

 僕は再び水の弾丸を10連射した。次の弾丸集団がフラフラとパトリシアに飛び込んでくる。無防備で受け続けるパトリシアが、フィールドの向こうへ転がり、僕は杖をかざし続けたまま追った。

「スペシャル・ラスト!」

「きゃあああああっ!」

 パトリシアは巨大な水しぶきを浴びながらフィールドの外に飛ばされた。

「フィールドアウト!?」

 倒れるパトリシアの近くにいたソフィアが思わず叫んだ。


「試合終了!」

「パトリシア!」

 エドワードがいてもたってもいられない感じでパトリシアに駆け寄る。


「パトリシア、大丈夫かい? 痛かっただろう?」

 エドワードは、妹をこれでもかと甘やかすように介抱した。僕にとっては、こんなエドワードの顔も今までと違う意味で戦慄ものだ。

「もう、兄ちゃん! 何とかしてドラゴン・スレイヤー・ビバーチェをもらえないの!?」

 そして妹は、伝説の杖の名を知らなすぎる。


「あ~あ」

 伝説の杖から、けだるい声が上がった。

「この私、ドラゴン・エクスター・アクアを、『アブラ』とか、『ドラゴン・ブレイザー・コンチェルト』とかいって、ロクに名前も覚えられぬものに触れて欲しくはないものだ!」

 伝説の杖も、パトリシアの間違いに間違いを重ねていたが、プライドは気品に満ちていた。


「エドワード、こちらを向くがいい」

「何だよ、ドラゴン・エクスター・アクア!」

 エドワードはいきり立つように杖に怒鳴る。次の瞬間、アクアの先端の周囲から、青く気高いオーラが浮かび上がった。青でありながら夜空を照らしそうなほど神々しい。

「お前の悪行は、この目でしかと確かめた」

「だったら何?」

 エドワードは開き直ったような態度だ。


「1週間後、お前には裁きの鉄槌が下される。いや、裁きの洪水だ。お前を呑み込んでやる。地獄の深淵に溺れるがいい!」

 ドラゴン・エクスター・アクアの厳かな怒りは、炎に負けないくらい僕を震え上がらせた。


「おいっ!」

「ひいっ!」

 伝説の杖に名を呼ばれ、僕は思わずビビリ声を上げてしまった。

「何を恐れている。お前の課題は何だ」

「恐怖を……乗り越えること」


「そうだ、今こそ、エドワード・モーガン・マクシミリアン=スパーキーという名の恐怖を乗り越えろ。悪者に対する正義の怒りがあれば、恐怖を乗り越えられるぞ」

「正義の……怒り」

「お前が想う女子がどうなったか思い出せ」


 僕が思い出したのは美玲だった。そう、美玲は、あのエドワードが繰り出した炎のヘビに締め上げられ、地獄の業火を味わった。とてもかわいそうだった。守ってあげられなくてごめん。弱気なことを言って、怒らせてごめん。


 僕が無念を詫びることなく、彼女は業火に苦しんだ。エドワードの、非情な手によって。彼女を苦しめたエドワードは非道だ。クソだ。クソチャンピオンだ。

 もう僕は、彼を許せない。この思いをぶつけるためなら……もういくら焼かれたってかまわない。僕はうつむきながらその想いを噛みしめ、顔を上げてエドワードを睨んだ。


「おい、エドワード・モーガン・マクシミリアン=スパーキー!」

 僕は百年に一人の天敵に向かって叫んだ。

「僕は、お前を、許さない!」

 エドワードは全く動じない。それでも僕は思いをぶつける。

 

「美玲を苦しめたお前を許さない! ドラゴン・エクスター・アクアを奪おうとするお前を許さない! 僕がお前を、お仕置きしてやる!」

「あっそう、こんな感じで? ファイアーボール!」


 エドワードは何のためらいもなく杖から火の玉を飛ばしてきた。ジョセフが放ったものより一回り大きかった。

「カルマ!」

 僕は条件反射的にすぐさま火の玉をせき止めにかかる。しかし火の玉は一瞬だけ減速したあと、元のスピードに戻り僕の体のド真ん中に当たった。ジョセフのときでもなかったような威力を受け、僕は宙を舞い、フィールドを転ばされた。五臓六腑が一瞬で灰になりそうな熱の痛みが僕の体に渦巻いていた。


「しょうがねえから1週間後、やってやるよ。シェイマーになるより恐ろしい恥をかいて地獄へ消えな」

 エドワードは容赦ない罵倒を吐き捨てた。僕はファイアーボールの痛みをこらえながら立ち上がった。

「パトリシア、そろそろ帰ろうか」

 エドワードは再び妹に甘えるような声を出し、座り込んでいた彼女に手を置いた。


「たかがフィールドアウトだもん。自分で立てるわよ」

 パトリシアは冷たくエドワードをあしらいながら、自分で立ち上がった。

「フェザーシューズ!」

 パトリシアは靴の両側に青い羽を生やしながら、練習場を低空飛行し、破られた壁から抜け出した。

「ちょっと待ってよ~。フェザーシューズ」

 エドワードは困った様子で靴の両側に炎の羽を出現させ、壁から飛び立った。


「大丈夫か?」

 シュールズベリー・チーフコーチが僕に声をかける。ソフィアも僕に駆け寄った。

「アンタ、すっかり変わったね。もう、『アブラ』とか言わないわ」

 ソフィアは安心したような笑顔で僕に語りかけた。

「もういいの?」

 僕はソフィアの今まで見たことない表情に戸惑った。

「その様子だったら、エドワードという名の恐怖を乗り越えられると思ったの。信じているわ。応援しているから」

「ありがとう」

 僕は素直にソフィアのエールに報いた。


「シュールズベリー・チーフコーチ」

「どうした?」

「あと1週間、ありったけに僕を鍛えてくれますか?」

 チーフコーチの口角が上がる。

「そう来なくてはな」

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