第22話:何で今なんだよ!

「エドワード・モーガン……あと何だったっけ?」

「エドワード・モーガン・マクシミリアン=スパーキーだ!」

 シュールズベリー・チーフコーチの名字を覚えない癖をエドワードが喝破した。僕は声に出されたフルネームに耳をふさいだ。


 しかし、エドワードは容赦なく僕に歩み寄る。あまりの迫力に僕は一歩下がる。やつが一歩踏み込む。僕は一歩下がる。一歩踏み込む。一歩下がる。

「ねえ、そんなちまちましたやり取りしてないで、さっさとそこのヘタレから杖よこしてくんない?」


 パトリシアが苛立ちの弾みで、とんでもない来訪目的を口にした。

「こ、これはよこさないぞ。き、君が、君がなんと言おうが、妹からの頼みだろうが、僕は渡さないぞ」

 エドワードは僕の訴えに、そよ風でも感じているかのようにニヤリとした。でも目が笑っていない。その奥に、えげつない悪意さえ感じる。


「な、なんだよ。もしかして、ここで戦うつもり? 試合は、1週間後のはずだよ?」

「1週間も待てないな」

「エドワード、正気か? 自分が何をしようとしているのかわかっているのか?」

 シュールズベリー・チーフコーチがたまらず憤りを露わにする。

「なあに、別にコイツと戦いにきたわけじゃないよ」


 とりあえず、エドワードにやられる心配はないのかと、ちょっとだけ安心した。じゃあ、何の目的でここに来たんだ?


「そのドラゴン・エクスター・アクアを賭けて、パトリシアと一戦交えてくれや」

「ええっ?」

 エドワードからの、予想外かつエグい要求である。

「そんな、今はパトリシアとは戦えないよ」

 僕は当然のように断った。


「へえ、じゃあこうしちゃってもいいの?」

 エドワードはおもむろに杖を天に掲げた。

「ビッグバン・スネーク」

 杖の先端にある水晶体が深紅に輝いたかと思うと、そこから神々しく燃え盛るヘビが頭を出した。ジョセフのウィル・オー・コブラとは比べ物にならないほどスケールがデカくて恐ろしい。


「あそこで倒れている女子を捕まえちゃえ」

 エドワードは破られた壁に吹っ飛ばされて倒れている美玲を指し、ビッグバン・スネークに命令した。ドラゴンのように貫禄を持った炎の巨大ヘビが、左右にくねりながら、体を完全に杖から引き離した。ビッグバン・スネークは、杖から独立して動けてしまう。

 炎の巨大ヘビは美玲に迫り、彼女の体を囲むと一気に巻きついた。灼熱の体に締め上げられ、美玲が断末魔の叫びをあげる。


「やめろ」

 僕はそういうけど、ビッグバン・スネークが恐ろしすぎて立ちすくんでしまう。

「エドワード、美玲をスネークから離せ!」

 シュールズベリー・チーフコーチがエドワードに呼びかけるが、やつは僕に不敵な笑みを見せ続け、チーフコーチの声など全く耳に届いていないようだ。


「コイツがパトリシアと戦うって言うなら、離してやっていいよ」

「なんで妹と戦わなきゃいけないんだよ。それに、美玲がかわいそうだよ。こんなの魔法攻撃を通り越した、ただの暴力じゃないか」


「これが不条理だというのか? ドラゴン・エクスター・アクアにまつわる不条理よりはマシだろ?」

 エドワードが容赦ない屁理屈を返す。

「お前みたいな、炎にビビる男は、ドラゴン・エクスター・アクアを持った地点で魔法界の恥なんだよ。ドラゴン・エクスター・アクアは、五千年の歴史を持つ神聖な伝説を持った杖だ。何でお前の手に渡ったかわからねえ。それを素直に受け取っちまったお前の神経も図太いもんだな」

「お前の説教を聞いている暇はない。美玲を早く解放してくれ」


「うぐああああああああああっ!」

 なおもビッグバン・スネークに締められ続ける美玲は女子とは思えない、魂の奥底から響かせるような叫び声をあげ、目をひん剥いて悶え続けていた。もうこれ以上、彼女を傷つけるわけにはいかない。


「わかった。パトリシアとやるよ。パトリシアと戦うから、美玲を放してくれ!」

 僕は藁にもすがる思いで、練習場中に響くような声で叫んだ。


「ビッグバン・スネーク、戻れ」

 エドワードが掲げた杖に、ビッグバン・スネークが舞い戻っていく。僕はすぐさま、ぐったりした美玲に駆け寄ろうとした。しかし、エドワードが足を出して僕を躓かせる。僕はあっけなく転んでしまった。


「ちょっと、いくらドラゴン・エクスター・アブラの持ち主が相手だからって、それはないんじゃないの」

 ソフィアが僕をかばっているのか突き放しているのかわからない言い回しでエドワードを糾弾した。

「どこの馬の骨とも知らない女は黙ってろ。フレイム・アロー!」


 エドワードは容赦なくソフィアに炎の矢を放った。体のど真ん中を撃ち抜かれ、ソフィアが宙を舞いフィールドを激しく転がされる。無慈悲なまでの威力に、ほかのウィザードたちが戦慄している。


「美玲を医務室に運べ」

 ウィザードたちやコーチの何人かが美玲に駆け寄る。

「エドワード、我々の学園に殴り込み破壊活動を続けるなら、こちらもいかなる手段も辞さぬことを覚えておけ」

「何すんの? 僕を魔法裁判にでもかける?」

「貴様……!」

 シュールズベリー・チーフコーチが魂の底から怒りをにじませる。


「全く、こんな平々凡々の特徴なき魔法学園の主ほどよく吠える。そういう無力なやつの正義感ほど、滑稽なものはない」

 エドワードが容赦なく罵倒を繰り返す。僕の怒りが、彼に対する恐怖を上回りはじめた。気がついたら、僕はエドワードの方へ踏み出した。


「お前みたいな力自慢で人をなぶったり、コケにしたりする人間に、僕は絶対に負けない!」

「アンドリュー、お前からそんな言葉を聞くことになるとは」

 シュールズベリー・チーフコーチが僕の後ろで感嘆の声を上げた。しかし、それで気が休まる僕じゃない。


「せいぜい言ってろ。お前はオレどころか、妹のパトリシアにも勝てない。パトリシアは水属性だから怖がる必要ないと思ってんだろう? 彼女もお前みたいな怠け者とは違って、日々ストイックな鍛錬を積んできた身だ。炎とは違う恐怖をお前に見せることになる。お前はさっさとアイツに負けて、ドラゴン・エクスター・アクアを彼女に渡してくれりゃあいい」

 パトリシアがエドワードの隣に並び立ち、お高くとまった的な笑みを僕に見せつける。


「その杖がパトリシアに渡れば、お前はシェイマー決定。次の大会の試合もキャンセルになる。でも仕方がない。お前ごときの試合が潰れたぐらいじゃ、オレの場合と違って誰も悲しまない。そもそもオレはお前と戦うことに価値を感じてない」


「待て、じゃあ、1週間後に決まったお前とアンドリューの試合は何なんだ?」

 チーフコーチが最もな指摘をした。

「言っただろう。熱望したわけじゃないって」

「どういうことだよ?」

 僕も素朴な疑問を彼にぶつけた。


「パトリシアにマジックバトルのプロモーターに伝えるよう頼まれた。奴からドラゴン・エクスター・アクアを取り上げて、パトリシアに杖を渡す方法はないかと。そしたらプロモーターは頼んだ本人、つまりオレがドラゴン・エクスター・アクアを賭けて本人と戦え、それ以外方法はないって答えた」

「それならそのとおりにすればいいじゃないか」

 チーフコーチがここでも最もな返しをした。


「嫌に決まってんだろう。こんな汚れ切ったウィザード、相手にするだけで恥だ」

「そんなのやってみなきゃわからないじゃないか」

 僕も感情的に言葉を返す。

「マジックバトルの規則に違反してるんじゃないか。伝説の杖などの魔法界の重要アイテムを賭けた戦いには、主張した本人が必ず出なければならない。たとえお前の妹であろうが、代理対戦は許されないはずだぞ」


「へえ、じゃあもう一度ビッグバン・スネークを出してもいいか? 今度はアンタにお見舞いしてやるよ」

「くっ……」

 絶大な威力を持つ脅しに、さすがのシュールズベリー・チーフコーチもお手上げのようだった。


「私でもこんな相手、恥とは言わないけど、自分にとって役不足と感じちゃうわね。でも、伝説の杖をかけた戦いでしょ。これが杖を手に入れる通行手形なら、喜んでやるわよ」

 僕の戦いは、パトリシアに杖を渡すためのただの「通行手形」? ウィザードとしての威厳をここまで踏みにじられて、黙っている僕ではなかった。


「パトリシアだか何だか知らないけど、さっさとフィールドに着こうぜ。兄妹揃って、ここでの言動、全部後悔させてやる!」

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