第20話:「千言書」ではなく「宣言書」です

 翌朝目覚めると、外がなんとなく騒がしいことに気づく。向かいのベッドに美玲はいない。昨夜彼女は特訓が終わったとき、『用事があるから先に帰ってて』と言ったきり、部屋に戻らなかった。

 用事の最中に妙な事件に巻き込まれたのかと心配しながら僕はベッドで眠ったのだ。


 僕が恐る恐る部屋のドアを開けると、ソフィアが立っていた。

「ねえ、アンタ、これってマジ?」

 ソフィアが差し出したのは、一枚の紙だった。炎属性を全員ぶちのめすという誓約書なら、もうそこそこ前の話なんだが。そう思いながら紙を受け取る。


「千言書


私、アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソンは、炎属性最強のウィザードであるエドワードを泣くほどぶちのめします。


あの人、確かに今はすごいウィザードですが、僕と試合をしたとき、彼は女々しい負け犬と変わり果てるでしょう」


  身に覚えのない「千言書」の筆跡は、あの日の誓約書にそっくりだった。


「ソフィア、ちょっとどいてくれないかな?」

「何?」

 と言いながら、ソフィアは一歩下がった。僕はすぐさま、部屋を飛び出した。

 案の定廊下ではそこら中でウィザードたちが宣言書らしき紙を眺めながら、 驚いた様子でいた。それをかき分け、僕は「美玲! 美玲はどこだ!」と叫びながら彼女を探した。


 一階の人気のない廊下を小走りで進んでいると、曲がり角の先に、歪に重なった数枚の紙を枕代わりに眠る女子を見つけた。美玲だ。

「ちょっと、起きてよ」

 僕は憤りを示しながら美玲に呼びかける。美玲は何が起きたかわかんないような感じでムニャムニャと目を覚ました。

「何かあった?」


「何かあったじゃないだろ! これは何だ!」

 僕は一枚の紙を拾い上げ、美玲に突きつけた。

「あっ、それ、宣言書」

 美玲は全く緊張感のない受け答えを見せた。


「それはわかってるって! どうしてまたこういうことしたの!?」

「ああ、これぐらいやった方が、アンタも戦いのモチベーション上がっていいかなって」

「別にいらないから! 余計なお世話だから」

「余計なお世話って何よ。この間の誓約書だって、あれぐらいやったから、アンタも炎に立ち向かう勇気を持てたんじゃない」

 美玲が不満そうに反論する。


「まあ、確かにあのときすごい危機感を感じたから、ここまで真剣に恐怖を乗り越えようと頑張ってきた。でも、今度は何? こんな軽々しくあのエドワードをぶちのめすみたいな宣言していいと思ってるの? エドワードの実力どんだけかわかってる!?」

「そりゃもう、アンタから見たら炎の神様みたいな立ち位置かもね」

「じゃあ、なんでまた勝手に僕がビッグマウス発言したみたいな展開作るの!?」


「そうしたら、アンタもエドワードに勝たなきゃと思って、今までより真剣にトレーニングしたり、勝負に勝ちたい思いをふつふつと沸かせるかなって」

 美玲はさも当然のように言い放った。


「もう勘弁してくれ、これ以上君に振り回されるのはウンザリだ」

「何よ、いきなり」

「僕、まだまだ自分が強くなれた自信がないんだよ。正直、ここまで来れたのも、エドワードの対戦が決まったから、とにかく頑張らなきゃという思いからだったし」


「でも、おかげで昨日、カルマを覚えたじゃない。でもあれ、カルマを超えてるか。ジョセフの火の玉、バカデカい水玉に変わってたからね。あれさえ武器にできりゃ、エドワードも吹っ飛ばせるんじゃないの?」

「できっこないって!」

 僕はやけくそとばかりに叫んだ。


「またネガティブ発言?」

「仕方ないだろう、アイツは怖いんだよ。ただの火とは違う。アイツは生きた業火なんだよ」

「何と言ったって、所詮火は火じゃん。アンタ最近慣れてきたんだから、エドワードの攻撃だって……全部がそうとは言わないけど、半分以上の攻撃には耐えられるんじゃないの?」


「君は状況を分かっているのか!」

 僕は再び叫んだ。事の重大さを知らない美玲に対し、苛立ちは頂点に達していたのだ。

「エドワードに負けたら、僕、学園にいられないかもしれないんだよ。ほら、あのドラゴン・エクスター・アクアも、パトリシアのものになる。そして僕はシェイマーとして、エピフィア国をさまよう亡者になっちゃうかもしれないんだよ?」


「アンドリュー……」

「それぐらい僕とエドワードの戦いはシリアスなものだよ。こんなチャチな紙で、『勝ちます』とか『ブチのめします』とか言える問題じゃないんだよ。そこらのウィザードのプライドを賭けた試合よりも、僕はもっと重いものを賭けている。勝つか負けるか、やるかやられるかだけじゃない。僕のウィザードとしての全てがかかっている。これは最後の聖戦。だから怖いんだよ。そんな戦いに自分が身を乗り出すなんて、考えたことなかったから」


「じゃあ、アンドリューは負けてもいいの?」

「負けたいなんて言ってないじゃないか」

「でもさ、心の内では、シェイマーになってもいいやとか割り切っちゃってるんでしょ?」

 美玲の予期せぬ言葉に、僕は戸惑った。

「何が言いたい?」


「アンタみたいなウィザード変えようと思って、ここまで尽くしてあげたのに、余計なお世話って言ったでしょ。ということは、どうせエドワードに負けるから、炎属性のウィザードに負けるから、自分はどうでもいいと思ってるんでしょ」

「そこまでは言ってないよ」

「そういうことじゃない。あの伝説の杖に言われたこと、忘れちゃってるのね。それとも、意味わかんないまま聞いてたか、そもそも全く聞いてなかったか」


「ドラゴン・エクスター・アクアの言うことは、痛いほどよく分かったよ。でも、エドワードはジョセフとは違う。自分でも乗り越えられかどうかわかんないんだよ。いくらR.D.Pとか言って特訓重ねたって、越えられなかったら」

「またそういうこと考えた!」

 憤慨する美玲の目から、熱いものが浮かんでいた。


「もう、バカみたい。アンタのためにあれこれやった私がバカみたい。そんなに怖いなら、本当にウィザードとして終わっちゃえばいいんだわ!」

「美玲、そこまで言うことは……」

「どうせ負けるんでしょ! エドワードにかなわないんでしょ! じゃあもう今この時点でアンタは恥さらしなんでしょ! だったら私もアンタとコミュニケーションすることもないわね!」


 美玲の怒涛の罵倒に、僕は返す言葉が見当たらなかった。

「ここで前もって言うわ。さようなら! 試合にも行かないから!」

 美玲は紙を拾い上げ、走り去ってしまった。僕の心に、ぽっかりと穴が空いている。何か大切なものが、消え去った気がした。

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