第17話:深紅のカエル

 翌日、いつものように食堂で美玲、アリスとともに朝食を頂いていたときだった。

「おい」

 ジョセフがいきなり僕に声をかけてきた。僕はフォークに刺したソーセージを口にくわえたまま、身構えた。


「何ビクついてんだよ。もう何もしないよ」

 ジョセフは空虚な笑みを浮かべながら言った。僕は安心してソーセージを噛み切った。

「正式に、無期限で、お前の教育係に任命されたからな。今日の放課後からよろしく」

 ジョセフは歯切れの悪い口調で挨拶した。

「本当に、僕のことを鍛えるの?」


「それ以外何がある?」

 ジョセフは半ば投げやりな態度で疑問文を返した。

「一応、僕からもよろしくお願いします」

 僕は座ったままジョセフに一礼した。


「悪いけど、僕が仕掛けるトレーニング、結構ハードだよ、覚悟しといて。まあ、どのみちそうでもしないとエドワードはブチのめせねえか。じゃあまた後で」

 ジョセフはおもむろに去っていく。その背中に、未だアイツの体の奥に潜む狂気を見た。


---


 いつものように僕は、水属性のウィザードの練習場に向かっているときだった。しかし、練習場につながる最後の曲がり角を過ぎると、向かいからシュールズベリー・チーフコーチが歩いてきていた。


「行くぞ」

「練習場じゃないんですか」

「R.D.Pと言ったろう。お前だけは外で特訓だ」


 こうして僕は、ガイザー魔法学園近くの森へ連れてこられた。そこではジョセフが待っていた。

「今から、モンスターを狩りにいくぞ」

「いきなり!?」


 僕はうろたえた。しかしジョセフは顔色ひとつ変えない。僕にモンスターを狩らせないと明日がないような鬼気迫る様子だった。

「早くしろよ」

 ものすごく重いトーンで話すジョセフの声は、半ば脅迫のように聞こえた。


「そんなこと言ったって……ああっ!」

 ジョセフに耳をつねられた。まるで悪いことをした子どもが見知らぬおじさんに捕まったかのように。


「さあて、モンスターどこかな。炎属性希望でーす」

 森の中を見回すジョセフの顔はサディスティックな薄ら笑いが浮かんでいた。

「そこにいたぞ」

 シュールズベリー・チーフコーチが指差したのは、草むらと草むらの間を除く、紅のカエル「クリムズロッグ」だ。両手で両サイドを抱えられる程度のかわいい大きさである。

「炎属性のモンスターだぞ」


 しかしジョセフは無視して、僕の耳へのつねりをちょっと強めながら、どこかへ連れて行こうとした。

「おい、何してる」

 シュールズベリー・チーフコーチがジョセフに待ったをかけた。


「もっとすげえモンスターいるんじゃないんですか?」

「段階を踏ませてやれ。まずはレベル1からと言っただろう」

「レベル50ぐらいから始めさせてやらないんですか?」

「僕に死んで欲しいみたいな言い方やめてくれる!?」

 ジョセフはツッコんだ僕を一瞥するが、何も言葉を返さない。

「あんなしょっぱいモンスターやめて、炎の猛獣狩らせましょうよ」


「君は何か勘違いしていないか」

  チーフコーチの咎める声が、僕にはありがたく聞こえた。やっぱり森の中は、大人同伴で行った方がいいとつくづく思った。


 クリムズロッグが草むらの間を抜けて僕の前に現れる。僕の姿を見ると、まるで僕を敵として覚えているかのように口から火の粉を放った。僕はとっさにジョセフを押し倒しながらかわした。これでやつの手も僕の耳から離れた。


 自由になった僕は、あらためてクリムズロッグと向き合った。

「戦闘開始だ」

 チーフコーチもそう言いながら後ずさりした。

 僕はクリムズロッグにドラゴン・エクスター・アクアを構えた。やつはお構いなしに二度目の火の粉を放った。僕は横に転がって回避する。三度目の火の粉のために深紅のカエルが口を開く。


「ホイーリング・アクア・ベール!」

 アクアを風車のように回して水のベールを築き、火の粉を寄せ付けない。

「ジェットストリーム!」

 水鉄砲で深紅のカエルがいとも簡単に吹っ飛んだ。しかしカエルはフラフラになりながらも僕に向き直り、重低音の咆哮を上げた。僕は驚いて耳を塞いだ。


 草むらや木々の陰など、あちこちから10匹ぐらいのクリムズロッグが集結した。ヤバい。炎属性のカエル一匹ならなんとかなると思ってたけど、束で来る? そんなこと全然想定していない。

 僕はあの日美玲が勝手に誓約書を流布させたせいで、炎属性のウィザードに立て続けに狙われたときを思い出した。それに準ずる恐怖が、今この森で起きている。


 紅のカエルどもが一斉に火の粉を噴き出した。

「ホイーリング・アクア・ベール!」

 すぐさま水のベールを起こして、大量の火の粉を防御する。ベールの奥で火の粉がぶつかる音がそこかしこに響く。鳴り終わるのを見てベールを解除した。


 気がつくと、クリムズロッグたちは僕を囲むように円を作っていた。四方から深紅のカエルどもが僕を睨んでいる。

「ウソだろ?」

 僕は思わず狼狽した。クリムズロッグの一匹が口を開くと、火の粉とは違う赤々としたエネルギーを貯めた。


「ウォーターグレネード!」

 攻撃される前に、僕は360度回りながら無差別に水の弾丸を放った。次々とカエルに攻撃が命中していく。なかには飛び跳ねて攻撃を避けようとしたカエルもいたが、ドラゴン・エクスター・アクアから放たれる水の弾丸は、避けた軌道さえも追って、カエルたちの体を射抜く。おかげで避けようとしたカエルは、ほかよりも派手に吹っ飛んでくれた。


 こうしてカエルは消え去った。僕はチーフコーチのもとへ逃げた。

「ここから出ませんか?」

 チーフコーチは無表情で、味気ないゲンコツを僕の頭に打ちつけた。ゲンコツが頭に乗ったまま、1秒、2秒、3秒と時間がいたずらに過ぎていく。この間にジョセフが駆けつけた。


「さっきはよくもオレのこと突き飛ばしやがって」

 ジョセフが恨み節をかます。

「次、行きましょうよ。お願いします」

「ちょっと、強引に連れていかないでよ!」

 抵抗する僕の体をガッチリとロックしたまま、ジョセフは森の奥へと進んでいった。

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