第9話:水属性最強の杖を使ってもダメウィザードな3つの理由

「これをもちまして、6限目の授業を終わります」

 魔法化学のロビンソン先生がそう告げるなり、教室内に分厚い鐘の音が鳴り響いた。これが授業の終わりや始まりを知らせるのだ。

 教室内の静寂が無造作に破られ、生徒たちが外へ出る中、僕は机の下に隠していた例の本を魔法化学の教科書やノートとともにまとめ、アリスの席へ向かった。


「今のうちに、これを読み進めよう。部活の開始までちょっと時間がある」

「466ページからですね」

 僕はアリスにも見えるように本を置き、該当するページを開いた。

「ドラゴン・エクスター・アクアを持った者は、9割方、無尽蔵な力を手に入れる。それでは、1割の例外は何か。杖を持つ運命にありながらも、その実力を発揮できぬ悲しきウィザードの条件が3つ存在するのだ。1つは……」


「はーい、スパーリング始めるぞ~」

 ソフィアがいきなり僕の耳を引っ張り、教室の外まで連れ出した。僕はじたばたしながら、机の上に置いたままの本と、戸惑うアリスに手を伸ばした。


「本来なら、部活の開始を告げるまで早いけど、ソフィアの強い要望だからな。今からスパーリングを始める」

 マジックバトルの練習場内にて、水属性部門のチーフコーチであるオズワルド・シュールズベリーが宣言した。オールバックで整った髪は、右半分が海底のように濃厚な青に染まっている。厳格な顔が、フィールドのそれぞれの陣地の中央に立つ僕たちの戦闘意思を確かめる。


「お互い、構えて」

 僕はドラゴン・エクスター・アクアを自分の体の前にかざした。ソフィアが手持ちサイズの青い杖をそれに合わせる。

「始め!」


「アクア・ブレード!」

 ソフィアがいきなり杖の先から水でできた鎌のような刃三つを矢継ぎ早に繰り出した。僕はひとつひとつを避けるので精一杯になるが、すかさず杖をかざし直す。


「アグネット!」

 僕が繰り出したのは、噴き出した純水にプラズマが走る光線。これがソフィアの体のド真ん中を射抜く。

「よし、ウォーター・グレネード!」


 僕が繰り出した水の弾丸を、ソフィアがとっさにかわす。しかし、弾丸がソフィアの動きにシンクロしたかのように、彼女の体に命中する。ソフィアはこらえながら次々と弾丸をかわそうとするが、弾丸はことごとくかわした先に命中する。さんざんソフィアにビビらされたけど、バトルじゃ僕が上だ、そう思える自信が湧いてきた。


 ウォーター・グレネードは10発全てソフィアに命中し、彼女にヒザをつかせた。

「さんざん僕を振り回してきたけど、バトルじゃ僕が上みたいですね。だってこれは」

「ドラゴン・エクスター・『アブラ』」

「アクアだ! アタック・ハンド・アクア!」

 ドラゴン・エクスター・アクアの先から水でできた腕が伸び、人間の頭よりも一回り大きな手のひらがソフィアを叩きにかかる。


「なっ!?」

 ソフィアはまた身をひるがえして、伸びる手を避けようとするが、ひるがえしたソフィアの目の前に、水の手はあり続けた。愚かな子を叱るように、アタック・ハンドがソフィアの頭を引っ叩く。ソフィアは衝撃のあまり床に倒れ込んだ。


 思いがけないぐらいの優勢が嬉しい、と思ったそのときだった。


「……いってえんだよ、ゴルア!」

 鬼の形相で、全身を水に滴らせたソフィアがゆっくりと立ち上がった。それを見て僕はヤバいことをしたと思い、自分の杖を震える両手でかざしながら、ついつい後ずさりしてしまった。


「パドリッパー!」

 ソフィアは僕の背後に飛ばしたエネルギーで水たまりを敷き、それを踏んだ僕は尻餅をついた。お尻に嫌な冷たさが広がっていく。咄嗟に立ち上がるが、尻がチクチク刺されたようにかゆい。


「ジャスティフィッシュ!」

 ソフィアは天に掲げた杖から、巨大なクラゲを召喚した。僕の体をすっぽり覆ってしまいそうな大きさを誇るクラゲが、いきなり僕に襲いかかる。


「うわあっ!」

 僕は杖を振り回しながら、クラゲの無数の触手と格闘しつつフィールドを逃げ回った。


 そうこうしているうちに触手が僕の杖に絡みつく。ジャスティフィッシュは僕の手からドラゴン・エクスター・アクアを奪い去るつもりだった。

「アブラを取っちまいな!」

「『アクア』だ! これは僕のものだぞ!」


 僕は杖の中央部にある十字の中心点にあるコアを指で押し、水を勢いよく噴き出してジャスティフィッシュを突き放した。後ずさりしたジャスティフィッシュに対し、僕は大技を決めるべく、天に杖を掲げた。


「聖なる水の内に秘めた力よ、弾丸となり敵を打ち破れ! ボルド……」

「ウォーターコードDD31!」


 ソフィアの遮るような技名の叫びに、僕の本能が警告を発した。

「ホイーリング・アクア・ベール!」


 突如ソフィアが放った爆弾のような水エネルギーの一撃。僕は杖を回転させ、水でできたシールドを発生させた。水と水がぶつかり合い、激しい爆発が起きる。衝撃に押され、僕が後ろに飛ばされ倒れる。霞みはじめた煙の向こう側で、ソフィアも倒れて苦悶の表情を浮かべていた。


「なかなかやるじゃねえか」

「君は水属性、炎じゃない」

「調子乗ってんじゃねえぞ!」

 遠くから恫喝するソフィアの声に、僕はちょっとたじろいだ。

「だって、 事実じゃないか」


「アタシは水属性かもしれねえけどな。心の内は灼熱に燃え盛ってんだよ!  行け! ジャスティフィッシュ!」

 再びジャスティフィッシュを僕に向かわせるソフィア。

「ウォーター・グレネード!」

 僕は水でできたクラゲの化け物に、水の弾丸をこれでもかとぶつけまくった。


「スペシャル・ラスト!」

 11発目は一回り大きいサイズだ。これをジャスティフィッシュにぶつけると、弾丸とクラゲ、それぞれの形を成した水が、木っ端微塵に弾け飛んだ。

「何だと!」

 僕は呆然とするソフィアとの距離を走って詰める。


「今だ! 我が力の象徴! ボルドー・キャノン!」

 僕は今こそとばかりに、鉄砲水を放った。それはソフィアを容赦なく呑み込み、フィールド中を縦横無尽に激しく流れ、最後は練習場の天井近くまで柱のように上がった。Uターンした鉄砲水が急降下し、地面に激しく衝突した。


 水と砂の混じった煙が、あたり一面に立ち込める。煙が晴れたとき、ソフィアは大の字で倒れていた。まるで陸に打ち上げられたカニのように、手足を時折震えさせながら。


「ソフィア、戦闘不能!」

 チーフコーチが戦いの終わりを告げ、僕の左腕を挙げた。

「勝者、アンドリュー……何だっけ?」

「えっ!? 名前、覚えていてくださいよ!」

 コーチにあるまじき失言に、僕は気が動転してしまった。


「あの、最後がタンサン入りのお水の名前ですよ」

 いつの間にかフィールドの近くにいた美玲が、チーフコーチに謎の言葉を言った。コイツ、やっぱ空気読めない系? 頭とか、ローブの間から除く手とかの包帯もまだ取れていないんだから、医務室で大人しくしていてほしかった。


「アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソンです。それに美玲さん、タンサンって何ですか?」

「ああ、そうか。ついついニッポンでのクセがまだ残ってた。しょうがないなあ。アリス、タンサンのことはまた後で説明してあげる」


「とにかく、勝者、アンドリュー・サイモン・デューク=ウィルキンソン!」

 改めてチーフコーチに左腕を挙げて称えられた僕は、まるで大観衆に祝福されたかのように、周囲を見渡しながら勝利の喜びに浸っていた。

「それは勝利のアピールの練習なの?」


「大体そんなとこ」

 僕は余韻のあまり、美玲に振り向きもしないまま応えた。他の練習中のウィザードたちの何人かが僕を痛い目で見てた気がするけど、本番でも練習でも勝てたら素直に嬉しい。今回に至っては、これでソフィアも反省して、しばらく厄介なことを仕掛けてくることもないと思ったし。


「あっ、そうだ」

 チーフコーチが突然アリスのもとへ歩き出すのを見て、僕は我に返った。アリスは美玲から一人分離れた左側にいた。

「こちらですね」

「そう、それそれ、丁度良かった。アンドリューに見せたいものがあって」


 チーフコーチが受け取ったのは、先ほど僕がソフィアのせいで読み損ねた、『The Legend of Four Rods』である。遠目でも、深緑色を基調とした表紙の雰囲気でそれだと分かった。


「466ページだぞ~……」

 ブッ倒れたままのソフィアが、うわごとを漏らす。あれだけの大ダメージを負っていても、耳が正直だったわけか。


 チーフコーチが慣れた手つきでページをさばく。

「これだ。アンドリュー、お前に告げなきゃいけない情報はこれだ」

 チーフコーチがページを押さえながら、僕に歩み寄る。美玲とアリスも気になってこちらへ駆け寄ってきた。


「今、勝ったぐらいでお前を一喜一憂させっぱなしにはできない。それは魔法の戦士の常だが、お前に関してはそれだけが理由じゃない。これを確認してもらう」

 僕はチーフコーチの指差した箇所から文字を追った。そのなかにこんなことが書かれていた。


「他の属性に関わるものに対し異常な怖がりを見せる者は、いくらドラゴン・エクスター・アクアを持っていても、その類まれなほどの力を解き放つことはないだろう。例えば炎に対する臆病を、アクアがその力で制すことはない。むしろそんなことを考える人が伝説の杖の力に甘えようものなら、それを悟った伝説の杖は、主に対する信頼を加減してしまう」


「アンドリューよ、心当たりはないか?」

 ありすぎて言葉にできない。

「まだあるぞ」

 チーフコーチが再び慣れた手つきでページをめくり、見開きの右側の真ん中あたりを指差して僕に示す。


「伝説の杖に見放されし者には向上心がない。その杖を手に入れただけで満足し、どんな敵でも苦難でも全て伝説の杖の力が解決してくれると、傲慢な心で笑い日々を何となく生きるような者には、伝説の杖は信じない。それでも主が魔法の技を命じれば、杖は言われたとおりの魔法を放ってくれるだろう。伝説の杖の誇りゆえ、特殊能力も1つぐらいは働かせてくれるし、出した技に見合った最低限の威力も発揮してくれる。しかし、主の生きる道を切り開くほどの力までを放つことはない。あくまでも『最低限』なのだ。向上心なき者は、伝説の杖にも嘲笑われるのだ」


「心当たりはないか?」

 チーフコーチが再び冷徹に僕に問いかける。だからありすぎて言葉にできない。

「炎属性のウィザードと戦うとき、君はいつも体を震わせていた。武者震いではなく、臆病者のように身を震わせていた。君がこの学校に来てから、たった今までずっとだ」


 そう言われたとき、僕の頭には、ガイザー魔法学園入学当初から、炎属性のウィザードが放つの炎の魔法を見るたびに恐れを成し、逃げ回り、呑み込まれ、泣き叫ぶ自分の姿が走馬燈のように流れていた。それだけじゃない、僕は魔法化学の実験で使うアルコールランプの火にも臆病風を吹かせたりしていた。


 11歳の一年生のときから、夜中の寮の廊下のなかでまばゆく灯る燭台の前を、反対側の壁の方まで避けて通ってきた。美玲が「何してるの?」と問いただしたら、「だって、ロウソク落ちて来たら嫌じゃん」と当然のように語って、美玲を呆れさせていた。

 僕にははっきりとした向上心はない。炎を克服する努力さえしていないということは、そのとおりだ。


 炎属性のウィザードを前にすれば、いつもドラゴン・エクスター・アクアを盾のようにして握りしめる。叶わないと分かっているのに、アクアが何とかしてくれると淡い期待を何度も重ねていた。


「最後だ」

 チーフコーチはそう語りながら、またページをめくり、今度は見開き左側の上のあたりを指し示す。僕はそこに注目した。

「最後に、ドラゴン・エクスター・アクアを持っても報われぬ者の条件を伝えよう。それは、過去の自分を超えるべく挑戦する勇気のない者だ」


 その文を見た僕は、固まった。何のことか理解できなかったからだ。

「あの、これはどういうことですか?」

「自らに命題を課し、挑戦し、なおかつ決着をつけることで命題を水に流す。それが水の戦士の勇気の証明だ。その行動の実行に踏み出せぬ者に、大地を焼き尽くす竜など制せるわけがない。それがドラゴン・エクスター・アクアの考えである。とにかく勇気なき者に対するアクアの意思は冷水の如しだ」

 チーフコーチは、続きの文面を一字一句額面通りに読んだ。


「すみません。それについてちょっといいですか?」

 美玲が挙手をしてチーフコーチを振り向かせる。

「そのダメなウィザードの三つ目の条件なら、クリアしていると思いますが?」

 そうだ。この女子こそが、僕に炎属性のウィザード全員を敵視することを誓約書で宣言させた張本人なのだ。


 チーフコーチもそれを分かってか、懐から例のそれを取り出した。

「これのことか?」

「はい、それです」

「言わんとしていることは分かる。だが本人が挑戦する意思を見せなきゃダメだ。お前が紙をばら撒いた行為は、それこそ環境破壊だぞ。二度とするんじゃない。わかったな」

「すみません」


 まさかのタイミングで叱られた美玲の顔が曇った。


「アンドリューよ、お前は炎ウィザード一人と、ガッチリ戦い、勝ち切るまで、三つ目の呪縛からも逃れることはできまい」


「なるほど。ガンバレガンバレアンドリュー、やっちゃえやっちゃえアンドリュー♪」

 さっきチーフコーチに叱られたことをもう忘れたか、美玲がテンション高めに僕を応援し始めた。しかし僕は、それに応えるどころではなかった。


「炎ウィザードとの勝負、いつやるか? 今しかないのだよ!」

 チーフコーチは現実を叩きつけるように、僕に言い放った。

「ほ、本当ですか?」

「行くぞ」

 チーフコーチは僕の頭をわしづかみにした。


「君たちもそれぞれ練習を始めなさい」

 チーフコーチは美玲とアリスにそれだけ告げ、僕を練習場の外へ連れ出した。

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