第8話:美玲は昨日の悪夢がかなり堪えているようだ

「何よ……ちょっと本に頭乗せちゃっただけなのに……あんなに怒ることないじゃん……」

「完全に応えてしまってます」

「仕方ないよ。僕もビビッた。あれは確実に火より怖かった」


 寮内の医務室のベッドで布団にくるまり、顔を伏せながらすすり泣く美玲を、僕とアリスは同情の目で見つめていた。

「おーい」

 出し抜けにソフィアが入ってきた。


「どうした、後輩。雷に焼かれたんだってな」

「ただの雷じゃないです」

 アリスがソフィアに念を押す。

「知ってる。学問を司る神、その名もトスがやったんだろ。神聖なる書を粗末に扱う者に天罰を下すと言われているから。タイトルは『The Legend of Four Rods ~The Forces Killed the Dragon』。なあ、後輩、図星だろ? 他のウィザードから聞いたぞ」


 ソフィアは、美玲のトラウマまみれの心など露知らずの態度で絡む。

「なあ、こっち向けよ。もうトスは怒ってねえよ」

 ソフィアが美玲の体に手をかけ、軽く揺さぶった。

「分かりますけど、今はそっとしてあげた方がいいと思いますよ」

 僕は困惑しながらソフィアに忠告した。


「そんなこと言うなよ。アタシがせっかく励ましてやってんだぞ。昨日、スープこぼした屈辱をしのんで、可愛い後輩をヨシヨシしてやってんだぞ」

「いや、美玲のは、ソフィアさんのスープの件と比べ物にならないぐらいのダメージですから」

「何言ってんだ。衣装がスープで汚れたんだぞ。今でもこのコスチューム、ちょっとトウモロコシのにおいが漂ってんだぞ」


「美玲のは衣装が焦げたんですよ? 壮絶な稲妻の一撃で、衣装がボロボロになったんですよ?」

 僕は美玲の窮状を必死に代弁した。

「あー、もしかしてアレか? お前、美玲と」

「いやいやいやいや、そんなつもりはないです! 滅相もないです! 彼女は何というか普通の友だちというか」

 僕は口から出任せに弁解した。


「ソフィアさん、ここはお引き取りください。美玲さんのお体を想いやり、自重してください」

 アリスがソフィアに懇願する。

「ああ? お前も大人しそうな顔して先輩に指図かよ」

「『指図』ではありません。『懇願』です。頼んでいるのです」


「指図だ」

「懇願です」

「指図だ」

「懇願です」


「アリスだかマリスだか分からねえが、お前も言葉勉強しろ。本当の指図ってこういうんだ。おいアンドリュー、今日魔法学校で授業終わったら、また練習だよな?」

「はい」

「アタシとスパーリングしろ」

「えっ?」


「今日のお前の練習相手、アタシだから、決定事項だから。異論は受け付けない。そもそもドヘタレウィザードのお前が誰かに反論するなんて百年早えんだよ。授業に遅れるぞ、じゃあな」


 ソフィアは足早に医務室を出た……と思われた瞬間に立ち止まった。僕はソフィアに何か忘れ物でもあるのかと思った。

「それと、伝説の4本の杖の書、アタシは1ページ目から最後まで読んだよ」

「本当ですか?」

 僕は思わずソフィアの言葉に反応した。


「地・水・炎・風。四属性それぞれに伝説の魔法の杖があるけど、それぞれ持っても強くなれねえやつの条件、しっかり書いてあるから。水属性は466ページを見な。そっからつらつら書いてっから」

 ソフィアは改めて医務室の扉を開き、去って行った。

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