第5話:僕が竜殺しの杖を持った理由

「ちょっと!」

「何だよ……」

 美玲がアリスとともに部屋に駆け込んできたのを見て、謎の女子が残念そうに呟いた。

「アンドリューに何を企んでいるのかわからないけど、とりあえず離れてもらおうか」


「チッ……」

 謎の女子は舌打ちしながら渋々離れた。このときばかりは美玲に助けられた。自由になった僕はゆっくりと上半身を起こす。

「大丈夫?」

「一応ね」


 心配する美玲に僕は先ほどまでの恐怖を引きずりながら答えた。

「全く、美玲、アリス、邪魔すんなよなぁ、いいところだったのに」

 謎の女子は残念そうに向こう側のベッドに戻った。

「ソフィアさん、これで何度目ですか? そのような形で無理やり彼氏を作ろうとしたの」


 アリスは僕を「無理やり」修羅場に落とした事を棚に上げて、そのソフィアとやらを咎めた。

「彼氏作りってのはね、これぐらい強気じゃなきゃ成立しないもんだよ」


「気持ちはよくわかるけどね。ほら、そこのアンドリューにも言ったから。『やる気が出てから炎属性狩りに挑むんじゃない、 炎属性狩りに挑むことでやる気が出る』って。それでアンドリューにその紙を書かせたの」

 美玲が正直に白状してくれた。


「ああ、それでこの誓約書? つうかお前、『制約書』ってどんな漢字書いてんだよ」

「間違ってたらしょうがないわ。でも、それぐらいの誤字脱字で誓約書が無効になるとは思ってないから」

「いやいや、誤字脱字がなくても無効ですから!」

 僕は咄嗟にツッコんだ。


「つうかお前、これで引き返そうっていうのは承知できねえな。アタシはな、一度立てた誓いを破るとか、吐いた唾を飲み込むとか、そんな男の姿、見たくないんだよね。アタシ水属性だけど、そんなアタシがお前を地獄の業火に包み込みたくなるわ」

 ソフィアが再び僕を恫喝まがいにディスってくる。


「ちょっと、アンドリュー、何ビビッてんの? もしかして、火だけじゃなくて、水も怖いとか?」

 美玲が冷ややかな目線で僕を問う。

「何言ってんだよ、水は平気だよ」

「じゃあなんでソフィアにはビビってんの?」


「何ていうか、何で水属性なのに、彼女の奥から恐ろしい炎のオーラを感じるから」

「ワケ分かんねえこと言ってんなよ。お前、ドラゴン・エクスター・アブラの持ち主なんだろ?」

「だからアブラじゃなくて、アクアです!」

 悪いけどそこだけは譲らん。実際にドラゴンをブッ倒した神聖な杖の中の神聖な杖の名前をからかうことだけは勘弁願う。


「なあ、美玲、アリスも。そもそもこれって、ドラゴン潰した魔法の杖なんか?」

「私はそういう風に認識しているけど。でもまあ、それが物議を醸す理由は分かってるわ。持ち主が限りなく焼き鳥に近いチキンだから」

 僕の心に、再び非情な言葉が突き刺さる。本物の魔剣をぶっ刺されたように、僕はベッドに倒れ込む。


「おい、まだ寝る時間じゃねえよ。夕飯も済んでねえのに、起きろよ」

 ソフィアの言葉の圧力によって、僕は半ば強制的に引き起こされた。

「とりあえず、誰がどう言おうと、そのドラゴン・エクスター・アクアについて、アタシもいろいろ知りたいところだな。こうなった以上は、教えてもらうよ。お前なんでそんなもん持てるんだよ」


「僕も狙って手に入れたわけじゃありません。そりゃ、手に入れたときは嬉しかったですけど」

「曖昧な言い方で誤魔化すんじゃねえよ。5W1Hが分かるように話せよ。What=何を、When=いつ、Where=どこで、Who=誰が、Why=なぜ、How=どうやって、手に入れたか」

 ソフィアが話せば、そんなくどい言い回しにも、僕の心をミリミリと万力で締め付けるような力を感じる。


「WhatとWhoぐらい分かるんじゃないかな? ドラゴン・エクスター・アクアをアンドリューが手に入れた」

 ここでも美玲が空気を読まず、謎のフォローを出す。

「お前にはフッてない。あと、そこの隣にもな」


「私、何もしゃべってませんよ?」

「今、『しゃべってませんよ』ってしゃべった。だから黙れ」


 ソフィアの揚げ足取りに、あまり感情が顔に出ないタイプのアリスも、ちょっとムッとしたみたいだった。ソフィアは、僕に振り向き、目力だけで「早く答えろ」と脅しかけてくる。


「これを手に入れたのは、今から1年くらい前です。ガイザー魔法学園のマジックバトル部のうち、水属性の1~4年生だけによる外稽古でした。場所はジェイド・フォレストでした。僕もみんなも思い思いに技を試しあっていました。そしたら急に、恐竜みたいなやつが出たんです」

「ああ、それ、人づてに聞いたことがあるな」

 ソフィアは興味津々に身を乗り出した。


「ただの恐竜じゃありません。ソイツは全身が木でできたような、屈強な体をしていました。頭、首元、背中、足元、いろんなところからツタを伸ばし、僕の仲間たちを次々に捕まえてしまいました」

「これ、私も見てたのよ」

「私も捕まってしまいました。今でもあのときの恐怖は忘れません」

 美玲とアリスも、その場に居合わせた者として証言した。


「しかもあの恐竜が伸ばすツタ、バラみたいにトゲだらけだったのよ」

「トゲが服を突き破り、体を突き刺す感覚は、私にとってトラウマです」

 二人はあの怪物の特徴も述べた。

「その怪物の名は、スピナザウルス。暗澹とした体とツタで見る者を震わせる、ジェイド・フォレストを貪る危険分子でした」


「で、それでお前はどうしたんだ?」

「怖くなって逃げまどっていました」

「ダサッ、お前女かよ」

 ソフィアの静かな罵声が、僕の心をトゲのようにえぐる。僕はこらえて、話を続ける。


「スピナザウルスのターゲットとなり、僕は木を背にして追い詰められました。仕方ないとばかりに魔法の杖を構えましたが、スピナザウルスのツタが僕の杖に巻き付いたら、杖ごと僕は振り飛ばされました。その瞬間、魔法の杖が折れた。飛ばされた僕は、そこにあった謎のケースに体を打ちつけた」


「ケース?」

「そのケース、なんか森に置かれているものにしては、随分と神秘的できれいだなと思ったんです。でも、僕は魔法の杖を折られたし、敵はこっちを睨んでいました。僕はワラにすがる思いで、箱を開けました。そしたら中に、豪勢な魔法の杖が」


「それが、ドラゴン・エクスター・アブラ?」

「だから『アクア』ですって!」

 ソフィアの『アブラ』発言には、話の途中だろうと断固としてツッコミを入れた。

「その時は、なんだか派手な杖だな、という認識しかありませんでした。しかし、スピナザウルスがこちらににじり寄ってきていましたし、仲間たちもとらわれていたので、彼らを助けるためにも、僕は戦うしかありませんでした」


「ほおほお」

「僕は、杖を天に掲げ、『魔法の杖よ、仲間の危機を救ってくれ! あの怪物を追い払ってくれ!』と声に出して願いました。すると、杖の先端が輝き、魔法エネルギーをスピナザウルスに照射しました。怯んだソイツは、バランスを崩し、何人かのウィザードがツタから解放されました。もう一度同じ言葉で願ったら、再びエネルギーを放ち、残りのウィザードもその弾みで解放されました」


「いいじゃん」

 ソフィアもこの話に乗り気になってきた。

「ウィザードたちが逃げ出すなか、スピナザウルスはさらに凄まじい叫びを上げ、僕を威嚇しました。怖かったけど、僕は『戦わなければ……』という気持ちでいっぱいでした」


「すごかったのはそこからなのよね」

 美玲が思い出したかのように感慨深く語る。

「僕が、ドラゴン・エクスター・アクアを掲げると、やつはツタを僕の体に巻きつけ、宙吊りにしました。体中にツタがめり込んで、チクチクしました。それでも僕は、『怪物よ、鎮め、怪物よ、鎮め、怪物よ、鎮め!」と唱えました。すると、ドラゴン・エクスター・アクアは、先ほどよりも強力な、それこそ、僕の身長に近いほど大きくて、水でできたエネルギー体を、至近距離でスピナザウルスにぶつけたのです」


「あのシーンは本当にすごかったです」

 アリスが静かに感想を添える。

「はい。衝撃で僕の体に巻きついていたツルがほどけ、僕はきりもみ状に回転しながら吹き飛ばされました。近くの木に激しく叩きつけられて地面に落ちました。衝撃による砂埃が晴れると、スピナザウルスは微動だにすることなく倒れていました。その瞬間、僕は水属性のウィザードたちに祝福されたのです」


「そういうことだったのね。アタシ、1年前は5年生、14歳だからさ、お前らのいう練習の模様なんて見ようがなかった。だから、一人だけ何かド派手な杖持ってんなぁという印象しかなかったわ。つまりお前のことなんだけどね」

 かく言うソフィアはいつのまにかベッドの上で、肘をついた腕に頭を乗せながら横になっていた。その体勢、なんか誘惑してるわけじゃないよね?


「つーか、そんな体勢でお話聞いてて、興味あるの?」

「アタシ、お前らより1学年上って、気づいているの? 何でアンタタメ口なの?」

 ソフィアが美玲に冷徹な視線を向けて威嚇する。


「で、単刀直入に聞くわ。 その杖って、ドラゴンぶっ殺した伝説モノなんだろ?」

「はい」

「それ持ってて何で滅法弱いの?」

「それは分かりません」

 僕は正直にそう伝えた。


「アンドリューがドラゴン・エクスター・アクアでスピナザウルスを倒した時、彼こそが水属性のエースになるのかと思ったんだけどね。でも変化なし。私が適当に言ってるんじゃなくて、本当に変化なし」

 無駄な強調する美玲の言葉が、矢のように僕の心に刺さる。再び僕はベッドに倒れ込んだ。


「そんだけすげえ杖持ってて、コイツは弱いまま。だったら誓約書どうこうより、コイツの弱さの理由を探るのが先じゃねえのか?」

「言われてみれば、確かにそうかも」

「もしかしたら、このドラゴン・エクスター・アブラになんか条件あるのかもよ。よーく調べてみ」


「そろそろ夕食だぞ」

 学園の先生が、僕たちに知らせにきた。学園では朝と晩は寮の大食堂で食事する。昼は学校のカフェテリアでだ。


「じゃあ行くわ。ほら、そこで死にまねしてるやつ、ちゃんと連れて来いよ」

 ソフィアはそう告げながら、先に部屋を後にした。


「夕食終わったら、その魔法の杖について調べるわよ」

 美玲が僕の手を引っ張って起こしながら今後のプランを知らせた。僕は女子とつないでいることに気付き、慌てて引っ込めた。


「何よ、起こしただけじゃん」

「いや、自分で起きれるから」

「もしかして女子に触られるのも苦手なんですか?」

「そんなんじゃねえから!」

 僕は遠くから毒づいたアリスにツッコんだ。

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