怪奇大和伝 鬼女

こたろうくん

鬼女

 大和国やまとのくにとは四方を海に囲まれた箱庭の如き国である。うねる大海により人は決して大和を出ること能わず、その外に何があるかを想像することまかり成らぬ。ただ大和国と言う地にのみ人は生き、そして死ぬのである。それが人と云うものなのである。


 一


 ――そこは何処だか、山の中。

 深い緑の匂いが充ちながら、しかし吹き抜けて行く爽やかなる風がそれを払い、流れ落ちる滝の音と鳥のさえずりが耳に心地良い。

 その滝壺は広く深く、暑い季節にあってとても冷たい水が充ちていた。

 そして澄んだ淵の中を泳ぐ川魚たちに交じり、長い黒髪を漂わせ、白い肌を曝し淀みの緩やかな流れに揺られるのは果たして水虎なのか。

「――てめら、出てこぉい」

 しかし滝壺を囲む茂みの一辺より飛び出す影があった。

 ぼろぼろの鎧を纏った、泥だらけのそれは戦場を漁るか村集落を襲う武士ずれの落人転じ盗賊か。

 まずは一人が飛び出した後、男が呼び声を張り上げるとあらゆる茂みや影から似たような風貌の者たちが姿を見せる。皆飢えていて、その目は血走っていた。

 手には剣や槍、くわや鎌などが握られていて、彼らはじりじりと滝壺へと歩み寄って行く。

 水虎はその間も水面に浮かび、ただ木々の隙間から見える空を眺め続けていた。

 間違いない、女だ。盗賊衆の誰かが言う。下卑た笑いや声が挙がる。

 更に距離は縮まり、やがて岩の上に纏めてあった服や荷物に盗賊の一人が指を触れた。

 ちゃぽん。と、その直後に水が跳ねる。水面を魚が叩いたのか、しかし浮かんでいた水虎の姿もそこには既に無かった。

 沈んだぞと誰かが言う。動揺が広がり、数人が滝壺の中を覗くために駆け寄った。

 相変わらず服と荷物を漁る盗賊の一人であったが、彼がふと水面へと目を遣ると、そこに輝く二つの眼があった。

 それが驚嘆を挙げるよりも速く水面を割って飛び出したのは、確かに河童もどきの水虎などではなく人の女であった。

 飛び散った水滴が煌めき、女の裸体を演出する。腰を抜かした盗賊の眼前で揺れるのは二つの豊かな乳房。次の瞬間、盗賊の顔面へと女の踵がめり込んだ。

 鼻骨と上顎の骨が砕け散る音が鈍く響き、踵が窪んだ盗賊の顔面から離れると止めどなく溢れ返った血が尾を引いて宙に散る。

 大の字になって仰向けになる盗賊の傍らへと立つ裸の女。顔面が深くへこみ目玉の飛び出した盗賊はしかしまだ息があるようで、溢れ溜まった血液をぶくぶくと沸かしていた。だがそれも束の間、盗賊の首へと再び女の踵が落ち、ぼきりと首の骨が折れた。

 そして静かになったそれを跨いだ女は、ひたひたと残り集結する盗賊たちの元へと歩み寄って行く。

 その女、五尺二寸程度の背丈なれどもあどけない顔付きに浮かべたる人懐こい笑み、異様なる迫力があり盗賊衆からどよめきが挙がった。

「き、斬っち――」

 奥で連中を率いる立場の者と思われる、一人上等な鎧を纏った偉丈夫。彼は尻込みする手下らに発破をかけるべく声を張り上げた直後、その言葉の全てを紡ぐ前に女が先んじて集まった盗賊の一番先頭に立つ者の顔面に跳び膝を叩き込んだ。

 そして体を一切乱すことなく着地を決めて見せた女が一同に見せたのは相変わらずの笑顔で、そして更にべっと舌を唇から覗かせ、そして言う。

「切り捨てならぬ、蹴り捨て――なんてね」

 わっと一斉に女に斬りかかる盗賊衆、しかし女は一切の動揺無く、更にそれらしい構えも見せることはなかった。

 降り掛かる刃を紙一重で躱し、間合いを詰めると握り手を払い除けて今度は刃を逸らす。

 そんなことを繰り返しながら、鬼気迫る男たちの中を進んで行く女はやがて冨助の前へと到達した。

 唖然とする盗賊衆。彼らには最初に膝を見舞われた者以外に傷を負った者は居なかった。彼らはまるで狐につままれたようになり、それぞれが己の得物を再確認するほどである。

「てめえら何やって――」

 冨助が連中に引き返すよう指示を出そうとすると、いつの間にやら間合いを詰めていた女の縦をした拳がとんと彼の胴の鎧に添えられた。

 思わず悲鳴を挙げる冨助であったが、ただ拳が添えられただけだと分かると青ざめていたその顔がみるみる赤くなって行く。鎧を着ている己に、よもや拳など通じるはずも無し。

 奇声を挙げて剣を振り上げる冨助。しかしその耳にずんっと何かを踏み鳴らすかのような音が届いた。その直後である、剣を振り上げたままの冨助が泡を吹いて崩れ落ちたのは。

「だめだめ、鎧を着ていたって効いちゃうんだ。あたしの拳は。だから――“鎧貫き”」

 濡れた肌に纏わり付く髪を纏め上げ結いながら、振り返った女は愕然としている盗賊衆に向けてにこりと舌を覗かせ微笑みかける。

 化け物。鬼。物の怪。怖じ気づいた連中から疎らに挙がる情けない声。それに対し女はうーんと首を傾げると、連中に改めて振り向き笑みと共に言った。

「こんな美人を化け物なんて失礼しちゃうなぁ。あたしの名は“ゆう”って言うの。覚えておきなよ。冥土の土産に、さ」

 “ゆう”と名乗った女が身を躍らせながら踏み出した。その速度、縮地と言って差し支えなく、迫られた盗賊衆の一人は声を挙げる暇も無くゆうの顔まで届く高い蹴りで顎を砕かれ首を折り倒されてしまう。

 更にゆうはその蹴りの勢いを殺すことなくそのまま更に一回転。先の蹴りが左ならば、次に飛んだのは右の蹴りであった。その蹴りは更に別の盗賊の首を打ち、骨を砕いた。

 宙空の内に一瞬、蹴りを二発。人ならざるその技、連中の股間が竦み上がった。

 発狂し、飛び掛かる盗賊の一人。それの振り下ろした剣を半身引いて避けたゆうは、下りてくるそれの顔面へと人差し指を立てた左の拳を叩き付ける。

 その拳の人差し指は盗賊の右目を穿ち、拳の威力で盗賊の頭が跳ね上がるとそれは指の抜けた右目から血を吹き出し絶叫を挙げた。

 ゆうはその血を被りながら右の拳を放ち悶える盗賊の喉仏を打ち、潰した。声すら挙げられなくなり、呼吸もままならなくなった盗賊は倒れると共にしばらく藻掻き、やがて動かなくなる。

 そうしてゆうは自ら連中へと飛び込んで行くと一人、また一人と殴り、蹴り殺して行く。時にはその見たことも無いような業にて頭すらもぎ取った。

 盗賊衆はただでさえ頭目を失った上、血濡れの女という存在に遂に心折られ逃げ出した。

 ――だが地獄はそれを許さなかった。

 茂みへと飛び込もうとした盗賊衆の三人、その首が揃いも揃って跳ね飛んだのである。頭を無くした三つの体は、首から赤い鮮血を噴き上げながらその場で踊る。それを押し退けながら姿を現したのは、まるで熊と見紛う程の巨体を持った男であった。その男の手に握られているのは、血塗れとなった櫂。

「三太、遅い」

 すっかり血塗れとなり、白い素肌も台無しとなったゆうが下膨れした顔で不満を漏らす。

「お前はまず、服を、着ろ」

 岩のような顔の三太がそれを僅かに明るくしながらゆうに告げると、ゆうは今度は愉しそうになってふふんと胸を張って見せた。それは己の裸を三太に見せ付けているようでもあった。

 ゆうの行いに溜め息を吐く三太は、後ろで束ねただけのぼさぼさ髪を掻きながら、片手にした櫂を薙ぐ。すると彼の脇を抜けようとしていた盗賊の一人が盛大に転倒。遅れて空からそれの首が降る。

 残る盗賊衆も五名ばかり。ちょうどゆうと三太は連中を前後で挟むところに居た。ゆうが後ろ、三太が前と言った具合だ。

 三太がちらと見ると、ゆうは既に飽きでもしたかのように口笛を吹いたり、体に付いた血を舐めては不味いと吐いたり。終いには三太の視線に気付き、己の豊満に実った果実を持ち上げ揺らして見せ付け不敵に笑う始末。

 またも溜め息を吐く三太であったが、彼に行く手を阻まれている盗賊衆はそれどころではなく、剣を槍を構え血走り涙ぐんだ目で三太を睨み付け見上げていた。

 そして見下ろす三太。彼の顔に表情は無く、冷たい瞳は盗賊衆を果てまで見下す。

 獣が如く、唸り声を挙げて威嚇する連中に、三太はその背に背負ったもう一振りの櫂を抜く。二振りの櫂を片手に一振りずつ。凡そ常人には無理な所業。しかし三太はそれを軽々と肩より上に振り上げて見せた。

 そして雄叫びが挙がる。それは獣の如き声であったが。果たして盗賊衆のものであるのかどうか。


 二


 ――ざぶんと淀みに波が立った。その波紋の中心に居るのはゆうであった。彼女はその体から不浄なる赤を洗い流し、再びの美貌を取り戻していた。

 彼女は淀みを泳いで縁まで戻ると、取り囲む岩に上がり、胸もそうなら尻もそう。豊満な尻をそこに乗せて足を淀みに投げ出しながら座った。

「もしあたしがそいつらに酷い目に遭わされてたら、どうするつもりだったの」

 髪の水気を払いながら、ぱしゃりと足の指先で水を叩いたゆうが焚き火を起こす三太に訊ねた。その口調は明らかに彼をからかうものであった。

「さぁ、な。想像もつかん」

 するとぺしゃりと音を立てて何かが三太の頭にぶつかった。痛みはないようで、三太が何事かと徐に振り返って見てみると、そこには跳ね回る活きが良い川魚があった。

「ばぁーか」

 三太が顔を上げると、そこには淀みの中で魚を捕まえては彼に投げ付けるゆうが居た。下膨れし、じとりとした目でゆうは三太を見るとそう言ってべぇと舌を見せるのであった。

 ――しばらくして、焚き火の前にはゆうの後に身を清めたが故にふんどし姿の三太と、手拭いを首に掛けただけで相変わらず裸のままのゆうが向かい合い囲んでいた。

 先ほどまでゆうが三太に向けて投げ付けていた川魚たちは全て串に刺され火炙り。焼き上がった一匹をゆうが丸かじりにしている所であった。

 出来た――と三太が声を挙げると、ゆうも魚から顔を上げて彼を見た。

 三太が持ち上げて見せたのは、先ほどの盗賊衆の首を縄で数珠繋ぎにしたものであった。

 上手いものだなとゆうが再び魚にかじりつきながら、一応三太のことを誉めると、彼はその数珠繋ぎの首を傍らへと起きつつ自らも魚の一匹に手を伸ばす。

「首が無くては誅滅の証に難儀する故な。ところが何処かの誰かが顔面を滅茶苦茶にしおったが」

 三太が皮肉を言うと魚の骨をしゃぶるゆうは顔を逸らしながら「酷いことする奴も居たものねぇ」と白々しく言った。

 それに対し三太はやはり呆れた調子で「全くな」そう返して汚れた手を洗いに立ち上がるのだった。

「んー……おいしっ」

 そんな三太に一瞥もくれぬまま、ゆうは次の魚を手に取りほくほくした身にかじり付く。そして頬を揺らしながら見上げた先の枝葉は拓け、見えた夜空には闇色を埋め尽くさんと輝く無数の星たちが明るさを競い瞬いていた。

「ねー、三太」

 なんだ――と、星たちの瞬きを黒い瞳に映したゆうの呼び声に手を振り水滴を払う三太が答える。

 するとゆうは彼に振り向き、魚の食べかすを付けたままの口元を歪め、ゆうがにっと笑ってそして言った。

「なんかもうさ、鬼退治とか止めてどっか行っちゃおっか」

 ゆうのその言葉を聞いた三太は返事をせず、ただ彼女の顔を見つめていた。そこにある色は喜びでもなければゆうを軽蔑するようなものでもない。なにか意外そうな、そんな色であった。

 やがて三太は半開きになっていた口をしっかと閉ざすと無言のまま焚き火まで歩み寄り、ゆうの向かい側へとどっかと引き締まった尻を置く。彼を見るゆうの方こそ怪訝そうな顔を浮かべて、手にした魚を食べる事も忘れてしまう。

 三太はその後、ゆうに食べられてしまわぬ様何度も彼女に釘をさし確保しておいた魚の串を手に取り、串から魚を引き抜くと熱を遮る分厚い皮に覆われた手のひらでそれを握り締め頭からかじり付く。

 魚は背骨を噛み切られ、半分を一気に喪失。頬張った三太の口からは骨を噛み砕くごりごりと言う音が響き、それを見たゆうは呆れた顔を浮かべる。

 そして口の中の物を喉に流し込み、竹の水筒から水を口内に放り込んでそのまま喉を潤した三太は溢れ出て濡らしてしまった口を拭いながら告げる。

「……お前がそう決めたなら、その時は従おう」

 剣故に――言って、伏せていた顔を上げた三太の眼前に指先が集められた足先が突き付けられた。ゆうの蹴りは槌にも剣にも、そして槍にもなるのだ。槍に変じた彼女の爪先は人の頭蓋すら穿つ事だろう。しかしそれを前にしても三太は瞬き一つせず、ゆうの浮かべたつまらなさそうな顔を見据えた。無いのだ、彼には恐れが。それは人として壊れているからか、それとも剣だからなのか。三太が語らぬ以上知る術は無いのだろう。

 そして彼はただ一言――

「服を着ろ、いい加減」

 それを聞いたゆうは気の抜けるような溜め息を吐きながらぺたんと腰を落とし、三太に突き付けた足先を引く。そして彼女は地に片手を突き、魚をまた食しながら気怠げに言う。

「ほーんと、変なの拾っちゃったな。殺しときゃ良かった」

「今更後悔しても遅い」

「なんかさぁ、どーでも良くなってきちゃったんだよねぇ……鬼とか退治とか、さ」

 唐突に語り出したゆうに三太は眉をひそめながらまた服を着ろと告げるのだが、彼女はそれを無視して続けた。

「はじめは鬼とか本当に居るならってさ、面白そうだし強そうだったから引き受けちゃったけど……」

「……だろうな、でなければ俺が女に敗ける理由が無い」

 どうせ冷えるまで服を着るつもりは無いのだろうと悟った三太は諦めて、であればと嫌味の一つも言うがゆうはそれに舌を見せてにやけるばかりだった。三太はそれにむっとしつつ、残る魚の半身を口に放り込み誤魔化す。

「どーしてかなぁ……どーでもよくなっちゃった気がしてるんだよねぇ……なんでかなぁ……」

 喋りながらも食べ続け、すっかり彼女の手には魚の骨のみ。ほぼ腹八分といったところか、一応食欲を我慢できる程度に膨れた腹で吐息を溢しながら星空を見上げていたゆうの瞳がちらと三太を見る。

「ああ、何故だろうな」

 しかし三太はそれに気付かず――あるいは気付いていないふりをしているのか――次の魚に指を伸ばす。するとゆうは面白くなさそうな顔をして言った。

「……多分、アンタのせい」

 おい――そして告げられた一言に三太は不満の声を挙げる。

 如何にも心外といった顔をし彼は眉をひそめ、じとりと不服を露わにした双眸でゆうを三太は見た。

「人のせいにするな、俺はお前のやる気を削ぐような真似をした覚えはない。それにお前が戦わぬとそう言うなら俺はそれに従うと言ったはず。そうなれば去るのみ」

 戦に在るべきこそが剣故にと三太は最後ゆうにそう告げ、すると以降は口を噤み黙々と腹を満たして行く。そんな三太を見るゆうの目はいよいよ冷ややかで、まだ何か文句があるのかと三太が一瞥すると彼女はぷいと顔を逸す。

「ふんだ、三太のばか、あほ、まぬけのなすび」

「おい……」

「あーぁ、もう寝ちゃおっかなぁ」

「構わんが、寝るなら服を着ろ」

 あーあ――ことごとく三太の世話を無視してぱたりその場に大の字になって倒れるゆうの退屈そうな溜め息はしかし何処か芝居がかっていた。だが三太がそれに気付く事はない。気付いているが無意味と思って気にしていないのか、兎に角彼はひたすら魚を貪った。

 やがてゆうの文句も軽口も尽きたのか、彼女も黙るようになると沈黙が二人の合間に降り、すると三太の小さな咀嚼や風が鳴らす枝葉の音、虫たちが紡ぐ調べばかりが二人の耳には届くようになるのだった。


 三


 ――翌朝、まだ霧の立ち込める“大和”の地をゆうと三太の大小二人は歩いていた。ゆうの調子は相変わらず変であったが、彼女の“所有物”でしかない三太はそれを気にしたり気を遣う事は無かった。それが彼女をおかしくさせている事にももちろん気付かない。もしかしたらこれは今の彼の立場が云々と言うより、三太と言う一人の男の性質なのかもしれない。

「首を渡して、その後は如何様にする気だ」

 するとゆうの次なる目標を三太は問うた。剣は主の目的など問わないが、とはいえ三太は人間でもある。思いついた事があればそれを口にすることも人間なれば当然。

「美味い飯食って、そんで布団で寝るかなぁ」

 対するゆうは日が昇ったこともあり流石に服を着ていたが、くたびれた甚平羽織の上着のみであった。彼女のその格好だけに留まらぬやる気のまるで見られない返答、そして行き先に三太は表情を崩すことは無かった。

「鬼退治はいいのか」

 そして彼がゆうの頭上から告げると、ゆうはうなじの生え際辺りで結ったくるんと丸まり気味で犬の尻尾のようになっている後ろ髪を揺らし応える。

「考え中ー……別に期日とか無いみたいだし」

「そうか」

 聞いておきながらゆうの返答に素っ気ない相槌しか返さぬ三太に彼女はどうせ見られないからとむすっとした脹れっ面をする。しかし彼女の思った通り三太はそれを知らないらしく、相槌の以後言葉を発することはなかった。

 よもや本当に気にもしないとは。ゆうは三太へと横顔を向け、彼が何事かと目を合わせたところでべっと舌を出しまた前を向いた。当然怪訝そうにする三太であったが、すると頭の後ろで両手を組んだゆうは言う。

「……ま、誰が“日本”の天下を取ろうがあたしたちにかんけーないのと同じようにさ、いつかやるならそのいつかが来るまで適当にしたいことしていようよ」

「人助けとか、か?」

「ふふん、まぁ……そんなとこ」

 突然何を言い出すのかと三太が思っていると、ゆうがまた彼に顔を向けた。そこにあったのはこれまでの何が気に入らないのか仏頂面ではなく、舌先を見せて片目を閉じ微笑んだゆうらしい表情であった。

 人助けとはつまり民草を痛めつけ苦しめる賊なんかを懲らしめ、首を銭に変えること。三太は手にしていた数珠繋ぎの首を持ち上げそれを見ると、そして小さく鼻を鳴らし笑った。

 その時彼が思ったのは、それでゆうが“らしく”笑うのであればそれでも良い――と言うことであった。

 三太は首作りの数珠を肩へと掛けると問う。

「……何を食う」

 するとゆうもにっと不敵に笑い、すれば大きく踏み出した一歩と共に右手の人差し指を彼方へと差し向けて――

「月よりでっかいにぎりめし!」


 終

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