第4話 最弱召喚士、母なる大地の双葉に埋もれる

 しばらくして、曇天から太陽の光が雲間から覗かせた時だった。


「トルエノ、あ、あれ! あの窪みの辺りに、何かの芽が生えてる気がするんだけど……?」

「ほぅ? では成功か?」


 トルエノが言ったように、召喚する時は何かの呪文的なことを唱えながら気持ちを込めれば、上手く行ってくれそうな気がしていただけに、こんなにすぐ上手く行くとは思わなかった。


「どうした? 召喚したのはキサマだろう? 近づいて契りをすればいい」

「え? 契りって毎回交わすものなの?」

「くくっ、最弱なのはスキルだけでは無かったか。我と契ったように、使役すればよかろう」

「トルエノと契った時って……雷に打たれたアレのことだよね。あんな痛いのを毎回して契るなんて、それは許して欲しいなぁ……」

「弱い奴め。我と契った時点で耐性は出来ているはずだ」


 雷に耐性は出来ているかもしれないけど、次は雷じゃないかもしれないし痛いのは勘弁して欲しい。


 それはともかくとして、何を呼び出せたのかは近づいて確かめなければならない。これがワームや言葉の通じない獣であれば、放っておけば勝手にいなくなるはずだ。


 トルエノは俺の後ろで、腕を組みながら様子を見ている。

 

 召喚した奴が襲うことは無いにしても、その場限りになるか、契るかはそいつ次第ということを確かめるつもりなのだろう。


「ライゼル! 早く召喚した獣を確かめろ。それとも、我と二人きりでいたいのか? 我はそれでもよいぞ?」

「い、今見る所だよ」


 二人きりでいいならそうしたいけど、召喚された獣を確かめないと進まない。


「確かこの辺りだったかな?」


 地面の窪みを見つけて近づいたものの、いざ近付くと窪みはすでに無く、平坦な大地が広がっているだけだった。


「おいライゼル! 気を付けろ!」

「え? わっ……!? わわわー!?」


 トルエノに声をかけられたのも束の間、あっという間に地面の中に引きずり込まれていた。落とし穴でもあったのか?


「ん~……いらっしゃぁい! あなたが私の召喚者なのかな?」

「(な、何だ……この温もり……まるで母さんみたいだ……)」

「うふふっ! 私はイビル・ムッターなの。あなたは~?」

「んんんっ!? か、母さんじゃない!? き、君は誰なの?」

「イビルって呼んでね!」


 地面の中に埋まってしまったと思っていたのに、どういうわけか母さんみたいな女性に抱きしめられていた。


 まさかこの女性が召喚した獣ということなのか? 

 

 どう見ても母親にしか見えない女性は、色鮮やかな青色の髪をしていて、優しい雰囲気と何とも甘い香りを漂わせている。


 抱きしめられた時の安心感は、甘い香りに加えてふくよかな体型によるものかもしれない。


「おい、ライゼル。キサマ、いつまで甘えているつもりだ。その獣と早く上に上がれ!」

「う、うん」

「はぁ~い!」


 土の中に埋まっていた俺とイビルは、不機嫌そうなトルエノを刺激しないように地上に戻った。


「……それで、キサマはこの女と契ったのか? いや、女に見えるが……お前は植物妖精だろう?」

「まぁ! 小さな女の子なのによくご存じなのね! うふふっ、偉いエライ」

「キサマ、何をする! やめろ!」


 頭を撫でるムッターを見る限り、親子にしか見えないけど彼女はどんな力を持っているのだろうか。


「ところで、イビルは何系の獣なのかな? この子……トルエノは雷の女王みたいなんだけど」

「私はトルエノちゃんの言う通り、植物妖精マンドレイクなの。光さえ浴びていれば、無敵なの! うふふっ!」

「光? それって光合成かな……と、とにかく俺はライゼル。イビルと契りを結びたいんだけど」

「あれぇ? すでに契ったはずだよぉ?」


 そういえば召喚した獣……と言っていいのか分からないけど、契ったからと言って俺自身が強くなったような実感は得られていない気がする。


 召喚するスキルは0のままで固定されているし、他のスキルだって……えっ!? 耐性スキルが500?


 耐性スキルは防御よりの力になるのは理解しているけど、もしかして体が頑丈になったのだろうか。


「ト、トルエノ! 何か耐性スキルがすごく上がっているよ? 元は30くらいしか無かったのに……」

「……ということは、イビルとやらの言う通り、すでに契りが済んでいるのだろうな。耐性というのは、恐らくマンドレイクが毒を持つ植物だからなのだと思うが……」

「毒? で、でも、抱きしめられた時にはそんな苦しさは感じられなかったよ?」

「そこまで我が知っているとでも?」

「ご、ごめん! とにかく、耐性スキルが上がったってことは、イビルといても危ない目には冒されないってことだと思うんだ。もしかして契りは、抱きしめられた時にされていたのかもしれない」

「うふふっ! きっとそうだよ~」


 何にしても、特に痛みを伴うような契りにはならなかったみたいで安心出来た。トルエノの言う通り、初めに痛みを味わったから、それも含めて耐性が付いたんだ。


「ライゼル……夜に気を付けることだ」

「え、何故?」

「植物妖精は光を浴びている昼間は大人しく、従順だ。だが、光の無い夜は――」

「うふふっ! トルエノちゃん、可愛い~!」

「……くくっ、獣と痛みの無い契りは無いと思え。我は手は貸さぬぞ。ライゼルだけで耐えて見せろ」

「へ?」


 気になることを言われたものの、イビルを加えた俺たちは、別の村か町を探し求めてあぜ道をひたすら歩くことにした。


 村を出る前に、合成士アサレアが密かに持たせてくれた臭い袋と一緒に、水とパンを渡されていたことが幸いし、俺は空腹から難を逃れることが出来ていた。


「お水をありがとう~ライゼルちゃん!」

「い、いや」

「我は無用だ。人間が口にするモノなど不要。それよりも、ライゼルは夜に備えることだ」

「あ、そっか。野宿になるよね」


 今まで村を出て歩いたことが無い俺にとって、大した距離でなくても他の村への道のりは遠いものだった。

 

 それに加えて、子供の姿をした召喚獣であるトルエノと、母のような姿のイビルを連れ歩くだけでも、かなりの負担を強いられていた。


「……ライゼル、夜はキサマの想像よりも厳しいことになるはずだ。だがその為の耐性が付いたとすれば、耐えられるだろう。イビルの毒に耐えて見せろ! 我は毒に関しては手は貸さぬぞ」

「え? 毒?」


 辺りはすっかりと日を落とし、薄暗くなっている。暗くなる前に村にたどり着くことが出来なかったために、仕方なく野宿をすることになった。


 トルエノが言う毒とは、植物妖精であるイビルの力のことだろうか。


「ライゼルちゃん、なぁに?」

「な、何でもないよ」

「と、とにかく、朝が来るまで眠ってていいからね」

「うふふ、ありがと~」


 今のところ、トルエノが言うイビルの毒を感じる気配は無い。それとも、夜が更けた時に痛みを伴う毒を出してしまうのだろうか。


 そうしてすっかりと夜になり、闇が深まった時にその時が訪れた。


「最弱召喚士ライゼル、いつまで寝ているの?」

「うーん……あれ、もう朝かな?」

「あなた、言えば誰かが起こして来る……そうお思い?」

「ええっ!? 君はイビルだよね? 違う妖精じゃないよね……?」

「あらあら~まぁまぁ! 元々弱すぎなライゼルのオツムさんがいっそう悪くなりすぎたのね」


 どういうわけか、昼間のおっとりした姿とは打って変わって、厳しい口調と毒を吐く女性に変わってしまっていた。


 まさか、毒に耐えろってそういう意味? てっきり毒に侵されて、体のあちこちが痛み出すものだとばかり思っていたのに、この毒……毒舌は想定外だった。 


「あなた、トルエノに痛いのは嫌だと泣きついたのぉ? ふふ、まさか痛くて泣き出せば、誰かが慰めてくれる……そんな涙はおねしょをするくらい恥ずかしいもの」

「う、あぁ……」

「召喚された私たちに任せて、これから楽をしようとお考えなら、その足を私の為に使わなければ道が無駄となるものなの」

「あ、足……」

「うふふ……酸素を無駄に吐き出すライゼルは、お早く眠ることね」

「う、うん。お、おやすみ」


 まさか夜が来るたびに毒舌に悩まされるんじゃないよね? 

 

 トルエノの言う痛みを伴う契りは、体の痛みだけではなく、心が痛くなることも含まれていたみたいだ。


 これからは野宿を避けて、明かりのある村にたどり着くようにしなければいけないことを、自分の心の中で密かに誓いを立てた。

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