第3話 最弱召喚士、雷の片鱗にびびる

「ええい、いい加減に離せ! 降ろせー!」

「わぁっ、暴れないでー」

「ふん、ライゼルだからこそ大人しく従っているのだぞ? 少しは我を優しく扱え」

「も、もうちょっとだから」

 

 羽根をばたつかせるトルエノは、やはり華奢ということもあってかとても軽く、力の無い俺でも抱えて走るのは簡単だった。


 出来る限り村から離れたくてあぜ道をひたすら走って来ただけに、ようやく落ち着いてトルエノと話が出来そうだ。


「そ、そろそろ降ろすよ」

「それほどまでに我と離れがたかったということか。くくっ、悪くないな……我が元に戻ったあかつきには、たっぷりと甘えさせてやるとするか」


 トルエノの本当の姿は俺よりも大人な女性ということらしい。姿こそ子供に変わっているけど、口調が変わらないのはそのせいかもしれない。


「ライゼル、キサマの低級ぶりは我がこの身で味わったが、そのことで何故あのノミはライゼルに敵対していた? スキルはおろか、力ですら弱いキサマではあらがえないと知ってのことか?」

「うん……俺はまだ19歳で、召喚士たちの中でも若輩者でもあるし、スキルもあってないようなものだったんだ。そのせいでギルドからも追い出されたし、低級な獣しか呼べない俺は認められないんだよ」

「スキルか……では何故我を呼べた? 我を呼んだ時のスキルを覚えているか?」


 魔法士と違って、召喚士は異界もしくは自然界から精霊や獣を呼び出すことで、自らのスキルを高めることが出来る特殊な召喚魔術。


 それがどういうわけか、俺だけは生まれつき不遇なのかスキルは上げる気配を見せなかった。それどころか、召喚するたびにスキルは下がり続けた。


 召喚スキルが無くても、簡単な精霊魔法や生命スキルを使って動くことは可能なはずだったのに、召喚スキルが減ると同時に、他のスキルも並行して下がっていた。


 今回のことに関しては召喚スキルは0になり、生命スキルだけが増え続けていることに気づいた。


 生命スキルが高ければ傷の治りも早いし、低ければ傷跡も消えないままになる。


 体力だとか気力にも密接に関わって来るので、増えることはいいことだと思う。


「え、えと、0のままだよ。だから、このスキルで召喚してもワームも出てくれないと思うよ」

「下限スキルの覚醒をした……か? だとすれば、この先の召喚も我同様クラスが出ることになるが……」

「よ、よく分からないんだけど、召喚スキル以外は上がり続けているみたいなんだ。強くなっている実感は得られていないけどね」

「――くくっ、我を呼ぶだけの何かがライゼルにあるか……」


 最弱な召喚士に呼ばれたはずなのに、本来の姿が悪魔だとされるトルエノは満足げに微笑んでいる。


「こ、これからどうしようか? トルエノはどこに行きたいかな?」

「我に聞くのか? 仮にも我の主はライゼルだ。キサマが行きたい所に行け!」

「え? うーん……村から追い出されたのは仕方が無いことなんだけど、どうすればいいのか考えていなかったよ」

「キサマはスキルどころか、意志そのものも弱いのか。あのノミより強くなりたいとは思わんのか?」

「それは、でも……スキルが――」


『くそっ! 弱者ライゼル! どこに隠れていやがる。俺から逃げたつもりだろうが、そう簡単に逃げられるとでも思ってんのか? 弱い奴が走って逃げようが、所詮は限界があんだよ! てめえのスキルと同じようにな! 出て来やがれ!』


「えっ? あの声はオリアン!? ここまで追いかけて来たってこと?」

「やれやれ、やはりノミはいつまでもまとわりついて来るか」


 考えるよりも行動を優先させることが多いオリアンは、ルジェクやイゴルに比べると、強さもスキルも突出しているわけじゃなく、ハッキリ言えば頭が弱い。


 俺のことを追って来たけど、後先考えずに追って来たのは、武闘派なだけに当然なのかもしれない。


「とりあえず、トルエノはどこかに隠れて――」

「ノミごとき下等生物、我が臆するはずがなかろう。それよりもライゼル! キサマは召喚の準備をしとけ!」

「え?」


「おい、何をごちゃごちゃと言ってやがんだ! くそったれが! ガキはガキらしくその辺で怯えながら震えて泣いとけ!」


 からかい途中で逃げられたのが相当頭に来ていたのか、オリアンは獰猛な獣でもあるグリズリーを複数群呼び出し始めた。


 とてもじゃないけど勝てる見込みはなく、自分ではどうすることも出来ない。


 何より、呼び出したオリアンの言うことを聞かずに突進してくる。このままでは逃げることもままならない。


「だ、駄目だ……トルエノ! に、逃げてっ!」

「くくっ……」


 口角を上げて微笑みを見せたトルエノの全身からは、今まで感じたことの無い強力な雷の衝撃波が出ていて、近づいて声をかけることが出来ない。


 トルエノを呼び出した時よりも空は曇天となっていて、辺り一帯の景色が歪みを見せている気さえした。


 地面を這った雷の放出は、オリアンの全身に達し、その場から動く事の出来ない衝撃を与えている。


「な、何だぁ!? ぐ、ま、また動けねえってのか!?」


『……消えろ、ノミ』


 羽根を広げたトルエノの辺り一帯は、まるで空間を歪めるかのような衝撃波を出し、周りの木々は根こそぎ切り裂かれ、目に見える地面は形を成すことが出来なくなっていた。


「うあああああ!? お、落ちる……!? じ、地面に飲み込まれて行くだと……く、くそが!」


 それまで強気な態度で俺を威圧していたオリアンだったのに、一転して命乞いを始めた。ずっと俺を苛めて来た姿が見る影もない。


「た、助け、助けてくれえぇぇ! ライゼルゥゥ……! オ、オレが悪かったから、だからこのガキを! そ、そうだ、俺から他の二人にお願いしてやるからっ!」

「ノミめ! 我が主の為に滅せ!」

「ひぃっ!? い、嫌だぁぁ……! あぁぁぁぁ」


 雷の衝撃により、視界に映る光景とオリアンが立っていた辺りは、大地の崩壊によって召喚されたグリズリーもろとも全てをのみ込んでいた。


「あぁ……そ、そんな……」


 でたらめな雷の力で大地を歪め、動きを封じたオリアンとグリズリーの姿は見る影も無くなっていた。


「ノミと獣を焼くのは簡単だが、我は焦げた臭いが嫌いだ。ライゼルにとってもこの方が良かろう?」

「地面が裂けて落ちて行った?」

「くくっそうだ。姿を消すに我の雷を使うのは無駄というもの」

「そ、そっか。オリアンが……」

「悲しいか?」

「あんな情けない姿は初めて見たよ。トルエノの力がこんなにすごいだなんて……俺、何も出来なくて」

「キサマには役目がある。大地に向けて召喚をしてみるがいい!」

「まさか大地の主でも呼べと?」


 スキルは未だに0のまま、上がる気配を見せない。


 自分の脳裏に浮かぶ数値がこんなにも驚きに欠けるなんて、言いようのない悲壮感が漂うばかりだ。


 本来自分のスキルの値はギルドで聞かされるものであって、自分自身で確認出来るものではない。


 それが何故か俺だけはギルドを通さずとも見えていて、しかも明らかに下がり続けているのだから、やりきれなかった。


 果たして家系によるものなのか、それともスキルが下がることで何かの意味があるのかなんて、それを教えてくれる人はいないのが現状だったりする。


「何を呼ぶかはライゼル次第だ。だが、我の見込みではスキルが覚醒した以上、とんでもない奴を呼べるものと見ている。とにかく、大地目がけて手をかざせ!」

「わ、分かったよ」


 地面もろとものみ込まれて行ったオリアンと獣の姿は無く、気にする必要は無い。それよりも、スキルが0の状態で果たして何を呼べるのかが問題だ。


「んんんー! で、出ろ……」

「……ライゼル、キサマ。何か唱えのげんは無いのか? 召喚とは使役する者なのだろう? 言も無しに手をかざすだけでは、意思を持たない獣程度しか呼べぬのではないのか」

「そ、そんな、まさか……」

「若輩にして弱者だったのは間違い無かったか? 我はライゼルが出来る男と見込んでいるのだぞ? もし出来たら、羽根を好きなだけ撫でさせてやってもよいぞ!」

「そ、それは」


 よくよく思い出すと、精霊召喚をしていたイゴルは何かの呟きを唱えていた気がする。


 そういうことに関しては教わったことが無かっただけに、手をかざすだけだとばかり思っていた。

 

「……何でもよいぞ、我を呼び出したように呼べ!」

「そ、そんなこと言ったって……」


 魔力が尽きたらどうなるのかを試しただけに過ぎないし、魔物除けの臭いを付けていただけのことで今となっては、偶然で呼べたとしか思えない。


「え、えーと……大地に根付く数多の精霊よ、今ここに! とか?」

「くくっ、我に聞くな。だが、適当であろうと意思が伝われば、その内現れるだろう」

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