第2話 お屋敷での新生活が始まる
「見て、パパ。
立派な門構えだよ。
ここが新しいお家なんだよね」
「ああ、そうだよ。レイ。
今日からお世話になるお屋敷だよ」
「ごめんね、パパ。
わたしぃが家をこわしちゃったから」
「レイが気にすることないんだよ。
アレは不運な事故みたいなものだからさ」
衣服や日常品で膨れ上がった鞄を肩にかけ、白銀の門を見上げる。
新生活は不安に満ちていたけれど、他に行く当てもない。
ここで暮らすしかないんだ。
それにはまあ、悪いことばかりじゃない。
キレイな女性たちと一つ屋根の下で暮らせるっていうのは、ちょっと心躍りそうなシチュエーションだよな。
湧き上がってきた期待や不安を押し隠すように手のひらの汗をぬぐい。
緊張しきった胸の内を落ち着かせようと深呼吸をする。
今まで住んでいたボロアパートは隕石の落下で半壊し。
住むことができなくなったので、思い切って理沙に相談したところ。
住み込みで働かせてもらえることになった。
ただし一つだけ条件があった。
それが服装の指定だった。
そんなわけで俺は『執事服に赤ブルマを被った』どこからどう見ても変質者としか思えないほど、怪しい格好で着たわけだ。
さらに幼い少女に『パパ』と呼ばせて連れ歩いていたというのに、補導されることなく。
無事にたどり着けたのも、姫川財団の助けがあったからだろう。
正確には、無事ではないが……あまり思い出したくない。
数秒間ジッと立ち尽くして覚悟を決める。
よし、とこぶしを固め。
俺は
「お姉サマからお話しは伺っております」
「さあ、お入りください」
立派な白銀の
四方を広い庭に囲まれたその屋敷は、近所でも有名な『お嬢さま屋敷』と呼ばれている邸宅だ。
だからメイドがいても不思議ではないが、次期当主ともくされる人間が本当にメイド服を着ていたことに驚いた。
初雪のように滑らかな白い肌に、スラリとしたモデル体型。
目測だが百七十cmはあるように思えた。
ひんやり
少し栗色がかった長いストレートの髪を横髪だけやわく後ろで結わえている。
血色のいい唇。
小ぶりの鼻。
研ぎ澄まされたそうな鋭き瞳に、キツイ印象を与える目元。
彼女は淡いピンク色のリップクリームを塗っている以外、化粧はしていないみたいだけど『妹と同い年』とは思えないほど、大人びていた。
理沙から写真を見せてもらったことがあるので、彼女のことは事前に知っていた。
理沙の専属メイド。
他のメイドからは『メイド長』と呼ばれているほどの腕前で、スケジュール管理やら、健康管理やら、着替えの手伝いから送り迎えまで……完璧にこなす頼りになる妹だとか?
理沙から聞いた時は『半信半疑』だったが?
どうやら本当のことをだったみたいだな。
なんちゃってメイドとは、オーラが全然違う。
これが本物か!?
「
写真で見るよりもずっとカワイイなぁ。
それにメイド服もめっちゃくっちゃ似合ってるし。
まるで本物メイドさんみたいだね、パパ」
「おば……この失礼な子ね。
名を名乗りなさい」
「あっ!? ごめんなさい。まなみおねえちゃん。
自己紹介がまだったね。
わたしぃは『
「噂以上の変態ね!? こんな幼い子に『パパ』って呼ばせているなんて」
「パパっていうのは、まあ……そう……父親みたいな存在ってことだよ。
理沙から話は聞いていると思うけど。
この子は親戚の子で、紆余曲折あって今は俺が面倒を見ているんだよ、真愛美ちゃん」
「はあ! いきなり馴れ馴れしいわね。死ね!?」
その視線は敵意いっぱいで、どうにもとんがった感じだ。
さらに近寄りがたい雰囲気と殺気のようなものを振りまいていたが、そんなことで挫ける俺ではない。
理沙が放つ殺気に比べれば……どうってことはない。
「気の強いところは、やっぱり姉妹だな。
俺と理沙が結婚したら、義理の兄妹になるわけじゃない。
だから、俺のことは『おにいちゃん』って呼んでいいぜ、真愛美ちゃん」
「だから、気安く名前で呼ばれないで!? 変態、死ね。
それに、妾は反対だから。
絶対に認めてあげないんだから、ふん。
あと妾が敬愛するお姉サマに、よからぬことをしたらタダじゃおかないわよ。
クロネコ」
「それが俺に対する呼び名か」
「ええ、貴方に相応しい呼び方でしょう、ふふふ。
でも、あの時の男がお姉サマと付き合うことになるとは、世のなか何が起きるかわからないものね」
思い出し笑いする真愛美ちゃん。
この横暴な感じは間違いなく、あの時の女だ。
アレは俺がまだ『中学生』だった頃の話だ。
例によって例のごとく木村に頼まれ、年末恒例イベントであるエロゲーの深夜販売で『アキバ』に行った帰りのできごとだ。
「俺こと好きなんだろう。そうなんだろう。
早くホテルに行こうぜ」
「いい加減にしてください。
あんなの男をその気にさせるリップサービスに決まってるじゃない」
「いまさら恥ずかしがることないだろう。
もっと素直になれよ」
「ちょっと、ヤメテくださいよ。きゃあっ!?」
それを見た俺は派手な金髪の男を殴り飛ばし、メイド服を着た少女の左手を掴んで走り出していた。
近くの公園まで逃げてくるとメイド少女は、いきなり俺の手を振り払い。
「……お礼なんて絶対に言ってあげないんだから、この偽善者。
どうせアンタも妾の身体が目当て何でしょう。
男なんてみんな不潔よ。
下半身でしか物を考えられないなんて、サイテー」
問い詰めてくる少女の目はまだ赤いが、彼女は泣いていた様子をまったく見せなかった。
物思いにふけていると、丘の上から響いてきた
友好の証とてして『イギリス』の偉い人から贈られたという時計塔が、午前12時を差している。
「なんで、あんなことをしていたんだ。
お金に困っているようには見えないけど」
「お姉サマが妾のことを子ども扱いするからよ」
「だからグレて、夜遊びをしてみたのか?
可愛らしいところもあるんだな」
「ほんとうにしょうもなくて、子供っぽい理由でしょ」
「まったくだ」
「そんなに大きな声で笑うことないじゃないですか。
本当に失礼極まりない男ですね」
「でもまあ~~~うん。安心した。
理沙が言ってた通り、口はめっちゃくっちゃ悪いが『根はいいヤツ』みたいだな」
「そうだねぇ、パパ。
まなみおねえちゃんは『ツンデレ』さんなんだね。
はやくデレたところがみたいな。
ツンツンしているまなみおねえちゃんもカワイイけどね」
「うるさい、うるさい、うるさいわね。
妾はお姉サマの頼みだから『教育係りを引き受けた』だけで、馴れ合うつもりは、もうとうありません。
そのことをくれぐれも忘れないようにしてくださいね」
とっても偉そうで素っ気ないが、真愛美ちゃんは頬どころか耳まで赤くなっていた。
そして彼女はぷいとそっぽを向いて、先に歩き出す。
真愛美ちゃんの後ろを追いかけるように、俺とレイも丘を上り始める。
「ところで、赤ブルマを着用する意味って何だ?
ただの嫌がらせって、わけじゃないんだろう」
「ええ、そうよ。
端的に言えば『猫に鈴をつける』のと同じ理由よ。
一目で変態だってわかるでしょ。
被害を最小限に抑えるための配慮よ、感謝しなさい。ふふふ」
「真愛美ちゃんが俺のこと嫌いなのはよくわかった」
「別に……キライ……じゃないわよ」
「ん? 何か言った」
屋敷に近づくにつれ、大きくなる
「なんでもないわよ」
「やっぱりまなみおねえちゃんはツンデレさんだ。
もっと素直になればいいのに。
まなみおねえちゃんも、パパのことが好きなんでしょ」
「うっさい」
「きゃあっ!? まなみおねえちゃんが怒った」
「なんでそんなに嬉しそうなの」
「それはひみつよ」
二人はそのまま屋敷の方へと駆けていてしまう。
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