ホルスト【組曲「惑星」】より【火星、戦争をもたらす者】

蹄鉄と鋼の靴底が地響きを作っていた。


それは遥か遠くから訪れ、近付いてきたと思った次の瞬間には、その地全てを覆い尽くしていた。


覆い尽くした先々で、二塊の声がぶつかっては、遥か遠くから訪れた鉄の軍勢の雄叫びだけが残った。


それを、何度も何度も繰り返す。


鋼を纏う馬に乗った彼は、踏み荒らした畑だった場所で、鎧の間を縫って槍を敵に差し込んだ。


籠もった呻きに槍を引き抜き、倒れてなお息をする敵への感心を捨てて、彼は槍で天を刺し、そして眼前へと指した。


彼の辺りで閧が上がり、一つの塊のような鋼の軍団は槍の先、石造りの城へと咆哮する。


槍を一振りした彼は、彼の兜の飾り毛と同じ形で結い上げたたてがみを揺らす馬首を宥め、彼は騎馬兵、歩兵問わず皆を引き連れて進軍を続ける。




彼は、〝戦争をもたらす者〟。


制服戦争の最前線で戦う彼を、多くの者がそう呼んだ。




足跡に踏み固められた地面の所々、よく耕した後の柔らかい土を蹴り上げて蹄鉄と鋼の靴底は地響きをまた作った。


辿り着いた城壁の前では、待ち構えた敵兵が門前と城壁の上とで剣や槍、弓を構えている。


それに臆する事なく、彼は鉄の軍勢の先頭で馬と共に敵へ猛進した。




寸の間、地響きが酷く遠くなった。




鉄の軍勢が猛進するその中央に居ながら、そんなはずはないのに。


自分の心臓の音が、馬の足音と重なって、それもやはり遠く聞こえた。


矢が数え切れない程に味方に打ち込まれる。


その内一つが彼の甲冑の胸に弾かれ、もう一つが兜に弾かれた。


その音すらも聞こえず、その衝撃がただただ体の中の血を沸き立たせる。


彼の数メートル隣を走っていた兵士が矢に撃たれて倒れたが、それは味方の波の中へと消えた。




そして、敵に雪崩込むと共に急に音が鮮明になった。




爆発するような人や馬の喚きがその地も空も支配し、鉄のぶつかる音が掌から首筋まで響き、人を薙ぎ倒した衝撃が指先から頭の先端まで駆け上がった。


何度も何度も、味方が敵を倒し、敵が味方を倒した。


自分の呼吸の音も心臓の音も聞こえなくて、彼は自分が今、まだ生きているのかどうかさえ分からなかった。


それでも、場上から転落する事なく武器を振るい続けた。


どれ程の時間が経ったのかも分からないし、あとどれ程の時間が必要なのかも分からない。




そんな中、馬に乗る一際目立つ鎧が見えた。




彼はそれに邁進した。


馬上から武器を振るって自ら道を作り、彼を進めようと味方たちも彼の為の道を作った。


そして、彼と敵、互いの軍勢で最も目立つ鎧同士が相対した。


二人はお互い間合いを取るように、少しの間、静かに見詰め合う。


そうすると、また、音が遠くなった。


だが、自分の体の感覚がよく冴える。


指先の血管も、胴体の奥を通る血の流れすらも感じるようだった。


そして、次の瞬間。




猛獣ような叫びが轟々と、ふたつ、響き。




ぶつかった。




何度も、何度も。




そして、勝鬨が上がっていた。


立っていたのは彼で、敵の目を引く鎧は、玩具のように転がっていた。


否、玩具よりずっと、おぞましかった。




勝鬨の中、彼は咆哮する。


そうすると、一層味方は湧き立った。


城に攻め入ってから、長く、一瞬の、出来事だった。

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