シューマン【森の情景】より【別れ】

森から抜けて、私はまた一人で立っていた。


森を外から眺め、昨日とはまた違って見えるその木々を見上げる。


入った場所と出た場所が違うのだから当たり前だろう。


それでも、私にはまるで別人のようだった。




入る時は顔も分からぬ神秘的な女性の後ろ姿に似ていたその森は、今は私に顔を向けて微笑んでくれている。




私は彼女の全てを知った訳ではないが、よもや他人とも言えない。


その微笑みに、私もまた微笑んで〝別れ〟を告げた。




とても印象深い森だったが、不思議と寂しさはなかった。


不思議だった。




しかし今になってその理由が見えてくる。


あの森の記憶は時が経った今でもよく覚えていた。


アルバムを捲るように、オルゴールのネジを回すように、簡単な動作であの光景達は奏でられる。


それは小さな物語のように時が経っても私の中で語り継がれているからだ。




美化や誇張も知らぬ間にしているかも知れない。




ただ、古きあの森は私の中で常に美しい。




森の入口での感嘆、待ち伏せる狩人の息、寂しい花の色、気味の悪い場所の影、なつかしい風景の灯り、宿屋での微睡み、予言の鳥の飛翔、狩の歌の勇ましさ。


そして、別れの微笑み。




私はその全てを覚えている。




息を吐く。


この想起は、何度目だろうか。


遠い記憶を目の前に思い出す事は尊さを感じる。


古ぼけ、鮮明な、美しい記憶。




静かに笑う。




椅子に身を任せて揺れながら、暖炉の火を眺めながら、指先でその記憶を愛でた。






そして私は、目を閉じる。

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