第16話 少年

 食事を取った愛理とラルアは買い物を続ける。若干粉っぽい通路を抜け、ある店で買い物をする。悠馬の部屋に届けてもらう手続きをした。その間にラルアにねだられたものを買ってあげたりもした。運んでもらうのはかなり高かったが愛理は引きつった笑顔で承諾。

 目的を果たし帰ろうとする。仲睦まじく手を繋いでいた二人。ふとラルアが愛理の手をわずかに引く。


「ん? どうしたのラルアちゃん」


 優しい笑顔で首を傾げた愛理にラルアがわずかに頬を赤らめて呟く。


「あい、今日は、ありがと」

「いえいえ〜、私こそありがとう。あれで悠馬は驚くといいね!」

「うん……」


 小さくうなずいたラルアに微笑ましい視線を向けて前を見た愛理。ラルアもわずかに顔を上げるのは同時だった。


「おい! ガキテメェ!」


 大きな怒鳴り声が響いてラルアの肩が跳ねる。強く握られる手を意識からわざと外し、愛理は視線を鋭くする。目の前の状況を観察する。ラルアくらいの子供がお店の果物を持って行ったらしい。愛理は厳しい視線を子供の背中に向けるラルアを横目で見て自分の中のスイッチを入れる。


「ラルアちゃん。私は行ってきます。ここで待っていて」


 冷たい声音で有無を言わせない迫力を持つ。しかしラルアは繋いだ手を離さない。逆に強く握り、強い意志を持った目を愛理に向ける。


「あい、あの子を捕まえるの?」

「悪いことをしたらその罰を受ける。それが秩序を守るには必要ですから」


 淡々と、決まっていることを口にするように答える。だが、ラルアは手を離してくれない。さらに強く手を握るラルアに愛理はわずかに動揺する。

 握っている手とは逆の手で手首についているESEを触る。緊張感が場を支配する。


「じゃあ、あいは、正義ってなんだと思う?」


 お互い目をそらさずに見つめ合う。答えに困った愛理は考える。自分の中の正義、それを言わなければラルアは離してくれそうにない。無理矢理離せばいいのかも知れないが、今それをしたら決定的な何かが訪れそうな予感がする。その予感が愛理に考えるという選択をさせた。

 考えた結果、自分でもわからなかった。だが愛理はそれでも答えることを選択する。


「私の中の正義は、法を守り、秩序を守るために行動すること。だと思います」


 何かこぼれ落ちるようなため息が聞こえる。気づくと愛理は視線を下げていたらしい。ため息はラルアの口から溢れたものだった。


「あい、人には、事情がある。あの子、泣きそうだった」

「っ!?」


 愛理の瞳が揺れる。ラルアが強く意見することに、自分の出した正義の答えに、ラルアの観察力に。驚いて、自分がどれに驚いているのか定かではなくなる。

 愛理は首を振って考えを飛ばす。捕まえて事情を聞こうと決め、自分の中のスイッチを切り、繋いでいた手を離す。


「ごめん、私事情聞いてくる!」


 ESEで強化された身体能力で風もかくやという速度で走って行く。ラルアもその後ろを追いかける。追いつく時にはもう子供は愛理に捕まっていた。


「どうして、盗ったりしたの?」

「………………」


 捕まった子供はうつむいて無言を貫く。困り顔の愛理がしゃがみこみ、子供と視点の高さを合わせる。

 言葉を選ぶように視線を彷徨わせた愛理は小首をかしげる。


「何か事情があるの?」

「…………………………」

「それとも、いたずら?」

「違うっ!」


 子供が思わず声を荒げる。ラルアは愛理の斜め後ろから静観する。

 子供がうつむいて何か言おうとするが、口が動くだけで声が出ない。それを辛抱右翼松愛理。やっと子供がかすれた声を出す。


「お、母さんが、倒れて……それで、食べ物が、欲しくて」


 泣きそうな声を聞いた愛理はゆっくりと立ち上がり、子供の頭を撫でる。


「そっか、お店の人に謝りにいこ? お金はお姉ちゃんが払ってあげる。困った時は開拓軍を頼るといいよ」

「え……?」


 涙が浮かぶ目で愛理を見上げる。愛理は早速歩き出しており、背中しか見えなかった。

 ラルアが小さくホッと息をはき、子供を見つめる。


「よかったね……」


 子供もその声が聞こえたのか恥ずかしそうにラルアに視線を向けてから早足で愛理の背中を追う。

 その後ろ姿を見たラルアは緊張でうるさくなった心臓の鼓動を聞いて、これでよかったか考える。答えが出ない考えを頭を振って追い払い二人の背中を追った。


          ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎


「こんな日々を過ごしてましたよ!」


 愛理が楽しそうに手を広げる。それを見た悠馬はわずかに口角をあげる。


「珍しいな、愛理がしっかりと休みを謳歌するなんて」

「まあね! だって、リヴァイアサンはまたくるかもなんでしょ? だったら英気を養わなきゃ!」


 満面の笑みを浮かべる愛理を見て同じ表情をするラルア。その二人を優しい笑顔で見つめる悠馬。そして、難しい顔をした志雄。

 志雄が難しい顔をしていることに気づいた悠馬が顔を向けて声を掛ける。


「志雄さん、どうした?」

「……リヴァイアサンは間違いなくくるだろうな。あいつは執念深い。だが、すぐじゃないような気がする。浅くない傷を与えたからな」

「おい、志雄さん。本郷さんに怒られるぞ」


 起き上がる志雄を止める悠馬。志雄が悠馬を睨見つける。


「悠馬。俺様が行かなきゃリヴァイアサンの話が進まねぇ。違ぇか、あ?」

「そうかもしれない。でも、志雄さんは重症なんだ。それに、本郷さんもそれをわかった上で絶対安静って言ったんだろ? あの人がそんなことも考えていないはずがない」

「うるせぇ、知ったような口聞くんじゃねぇ」

「知ってる。俺は志雄さんに育ててもらった。親のことをよくわかってない子供なんているわけないだろ」

「ああ、そうかい。でも、俺様は行くぞ」

「志雄さん!」


 怒鳴り声をあげた悠馬にラルアが驚く。志雄と悠馬が睨み合い、険悪な空気が流れる。そんな時に病室の扉が勢いよく開いた。


「また騒いでるの!? 何回安静にしててって言ったらわかるのよ!」


 鬼のような形相で病室に入ってきたのは夏美だった。一瞬で病室の空気に気づき、真面目な表情になる。


「今度は何?」

「志雄さんが会議に行かなきゃって言い始めたんだ」

「テメェらには関係ねぇよ。俺様が行かなきゃリヴァイアサンの対策を立てるこすらままならねぇだろ」


 内容を聞いた夏美が呆れたように首を振り、志雄に子供をみる母のような目を向ける。


「なんだ? なんかいいてぇのか?」

「呆れたわ、何も成長してないのね」


 志雄の表情が怒りに染まる。そんなこと御構い無しに夏美が続ける。


「だって、そうでしょ? この都市はあんただけで回ってるわけじゃないのよ? それも自覚できないトップだったら、やめなさい」

「テメェ……」

「他の人たちを信じなさい。それを言ってるのよ。志雄」

「…………チッ」


 盛大に舌打ちをして布団に潜る志雄。唐突な下の名前での呼び捨てに他の三人は面食らう。過去に二人には何かあったと聞いたことがある悠馬と愛理だったが、名前を呼ばれた瞬間、志雄が落ち着きを取り戻したことが二人にとっては驚きだった。

 怜音は一人だけ志雄を止めた夏美に素直に驚いていた。

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