第15話 お子様ランチ

「あ、あい……。ゆう、を、驚かせる、ってどうするの……?」


 ラルアが透き通った海のような美しい目で愛理を見上げながら問う。

 セミロングの茶髪を可愛らしく揺らしながら、可愛らしい笑みを顔に浮かべる。


「ラルアちゃんって一人とかだとはっきり話すでしょ? それを普段からできるようにする練習をしよう!」

「えっ……!?」


 碧眼を見開いたラルアが愛理の宝石のような茶色い目を見つめる。

 満足そうに笑った愛理が大きな胸を強調するように張り、ラルアちゃんを驚かせたりと見下ろす。


「ひっ……!」


 短い悲鳴をあげて離れようとするラルアを必死に止める。


「まって! ごめん! 許してっ。別にとって食べたりしないから!」

「で、でもあい、今怖い顔……」

「私が悪かったから許してぇ! でもね、でもね! 無理にとは言わないけど、ぎこちないのなくなったら悠馬は驚くし、何より喜ぶと思うんだ!」


 子供のように無邪気な笑顔でそういう愛理。実際に子供の外見をしているラルアが真面目な顔になって頷く。


(やっぱり、みんな気になるんだ……)


 顔に一切出さないが、地味なショックを受ける。

 自分の燦々と輝く美しい青髪で目元を隠しながらちらりと周りを見る。周りを歩く人々は視線にわずかな哀愁、嫌悪を浮かべてラルアの横を通り過ぎていく。

 それに気付いた愛理がラルアの視線を遮るように目の前に出る。


「はっきり話す練習、私と少しずつしていこ?」


 顔をずいっと前に出してきた愛理。半歩ほど身を引いたラルアが頷くのだった。


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「自殺願望者にエルピスと同様の力を持つものがいるって、本当なの?」

「ええ、恐らくは。ただの自殺願望者の集まりならとてもとても楽なのですがね」


 夏美と達也が顔を合わせている。

 真っ白な病院の一室。カーテンが締め切られており薄暗い。

 白衣を纏った夏美が平均的な胸の前で腕組みをしながらメガネをかけ直す。


「いいから根拠を話しなさい」

「怖いですよ。少し前に中国の都市が”龍王”に潰されたのは覚えていますか?」

「ええ、バハムートよね?」


 常識でしょといった顔で首をかしげる夏美に、達也は険しい顔をする。


「……その時に”龍の刻印”が現れたことが確認されています」


 重苦しい声を出した達也。彼の黒目を覗き込んで真偽を確かめようとする夏美。

 静寂が支配し、張り詰めた空気が支配する。


「中国にもエルピスはいるわよね?」

「はい、しかも二人も。なのに滅んだのです。跡形もなく、完璧に滅ぼされています。確認されている状況は一人のエルピスがいたのにも関わらず、です。

 生還したエルピス曰く『私と互角に戦える人物が敵組織にはいた』だそうです。

 中国側へ事実確認をしなければいけないですが、嘘をつく理由がないですから。十中八九本当でしょう」

「嘘をつく理由がないのはなぜ?」

「当然でしょう? 中国は今も《傲慢》の”龍王”バハムートが狙い。日本は《色欲》の”龍王”八岐大蛇が狙っています。そこで情報を共有せず、危険因子を放っておく理由がありません。ましてや、人類の希望を担うエルピスですよ?」


 なるほどと、言われて思い出す。中国も今脅威になるバハムートがおり、日本の八岐大蛇は富士山に居座っている。八岐大蛇を止める要でもある日本を中国が潰そうとすることはない。

 そのことに気づいた夏美の表情を見た達也が口を開く。


「そういうことです。中国が日本を潰すということは、自分たちの首を締めるということと同義なんです」

「……総督と悠馬を交えて話した方が良さそうね」


 二人は頷く。


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「すごいっ……!」

「すごいよね! 色々あるんだよ!」


 あらゆる人が通る一階を通り抜ける。


「こ、これは、何?」


 ラルアが透明な板に挟まれた黒い階段のようなものの前でおろおろとしだす。


「エスカレーター初めて見る? ここに乗ると勝手に階段が動いて上に行けたんだって、今は電気をそこまで使えないから動いてないけどね」

「え、すかれー、たー……」


 動かないエスカレーターを怯えながら登っていく。


「わぁ……、ひ、人が、いっぱい……」


 動かないエスカレーターを登った先は広々としている。老朽化によりかなりの部分使えなくなっている。そのせいで立ち入り禁止の看板があちこちに立てられていたりする。残ったスペースを席にし、憩いの場になっていた。壁側や立ち入り禁止の看板の周りには飲食、洋服、雑貨などの店が並んでいる。

 バルコニーもまだ使えるようで席が並んでいる。よく見ると席にはメニューが置いてあり、レストランのように注文ができるようだ。


「まずは、ご飯食べよ?」

「…………うん」


 握られていた手を握り返し頷く。

 二人はバルコニーに出る。その一番端にある周りに誰もいない席に陣取る。

 話し合いなどで使われる席だ。

 ラルアは席に着くなり


「い、いっぱい……」


 写真と一緒に書かれたメニューを見ながら目をまん丸にする。

 食い入るようにメニューを見つめているラルアを微笑ましく見つめる愛理。


「ラルアちゃんは食べ物は何が好き?」

「……わ、わかんない。ち、知識、では知ってる……」

「? 食べ物を?」

「そう、教え、てもらった。わたしは、粘土みたいな、ものを、食べてた」

「……それ以外に食べ物を食べたことある?」


 首を横に振るラルアに痛烈な面持ちをする愛理。ほぼ無味で科学的な匂いがする栄養食。作るのは比較的簡単らしく、それ一本で二日分の栄養が取れる。軍でもたまに支給されては文句を言われるほどひどいものだ。食べ物は貴重だが、それでも食べたくないのは、食感が粘土だからだ。ぬちゃっとするあの食感は誰もが抵抗ある食感だ。

 そして栄養が取れるといっても万能ではない。数種類あり、それを順々に食べていけばある程どもんだいはないだろう。それをしようと思うものはいない。栄養食は食への楽しみを奪うだけではなく、低血圧、低血糖になる副作用があるからだ。

 そんなものを食べ続けてきたラルアに食の楽しさを教えようと、愛理は心に決めた。


「じゃぁ……このお子様ランチを食べよう!」

「お、お子様、ランチ……?」


 愛理は遠くにいた店員を手振りで呼んでお子様ランチと自分用に魚の塩焼きを頼む。魚の塩焼きは安くてうまい、食べ飽きた感はあるが腹も膨れる優れものだと愛理は思っている。


 ラルアがそわそわしながらお子様ランチを待つ間も話がはずむ。


「悠馬はね、昔は全然笑わなくって。無愛想だったんだ。でも、失敗したりすると表情変わらないまま真っ赤になったりして。それを総督がお腹抱えて笑うんだ」


 こんな話をして大いに笑う愛理にだんだんと笑顔が増えるラルア。

 ふと、ラルアが愛理を見て口を開く。


「あい、はどうして最初、怖かったの?」

「あやー……悠馬に銃向けたことだよね?」ラルアが頷くのを書くにして愛理は苦笑を浮かべる。「あれはね、なんていうか。仕事? みたいな感じで、切り替え。……人の命を奪うことはあるから。その逃げ道……。私って弱いんだ」


 あやー、はは……。と自嘲気味に笑う。愛理を見つめていたラルアがぐっと拳に力を込める。


「あい、あいは弱くない。強い。人を殺す、覚悟がある。わ、わたしは、覚悟が……ない」


 言葉に詰まるがはっきりと言い切ったラルアに目を見開く。


「ラルアちゃんにそれを言われちゃうのかー……。全く同じことを夏美にも言われたことがあるよ。でも、私は私を認められないんだ……。こればっかりは自分で時間をかけて答えを出すしかないってわかってるんだけどね」

「そういうところが、あいの強いところ。だから、自信持って」


 いつもはうつむいてあまりじっくりとは見れない、澄み切った碧眼が愛理を射抜く。その気迫に若干愛理が押される。

 その時バルコニーの扉が開いて料理を持った店員がくる。愛理は料理を置いていく店員さんに会釈しながら心からホッとする。

 こういう時にどういっていいかわからないことに悩んでしまう。もっとスムーズに言葉が出てくればいいのにと自分に悪態を吐く。


「あ、あい……こ、これは何?」

「……それはお子様ランチ。そのご飯は炒飯っていう料理で。真ん中の楕円形の黒っぽいのはハンバーグ。横の赤い麺がナポリタン。端っこにある黄色いやつがスクランブルエッッグ。そしてそして、一緒に出てきたのがゼリー! なんとか昔の製法をもとに再現したものなんだって!」

「ぜりー……?」

「そう! まま、食べてみてよ!」


 そういって愛理も自分の魚の塩焼きに手を出す。

 実はお子様ランチが一番高く、1万円——一応この時代でもお金はあるが、昔のように紙ではない。いびつな形の硬貨が使われている——もする。愛理の月の給料の3分の1にあたるが貯金もしてるし今日は大奮発ということで大盤振る舞いである。

 そのあとは食べながら泣き始めるラルアに焦る愛理をみて店員が急いでやってきた、なんていうこともあったりしたが、ラルアはものすごく喜んで、次は愛理に食べさせたいと無邪気な笑顔を見せていた。

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