第6話 光羲志雄

「寝ちゃったみたいね」

「そうですね。このジャケットを着替えたいんですけど……」

「血生臭いものね。まあ、仕方ないじゃない。我慢しなさい、あんなかっこいい啖呵切ったんだから」


 ふふっと小さく笑う夏美。困ったように自分の銀髪を掻きながらラルアの青髪を悠馬は撫でる。夏美の研究所で寝てしまったのも申し訳ないから起こそうとしたのだが、夏美に止められた。それで放置することになった。

 愛理は未だに号泣している。


「いい加減泣き止め愛理……」

「うぅぅ……。悠馬があんな啖呵を切れるようになるなんてぇ……。また、遠くに行っちゃうよぉっ!」

「どこにもいかないから、頼むから泣き止んでくれ……」

「うえぇ……そういって”エルピス”になっちゃったもん!!」

「いい加減になさい愛理。悠馬が困ってるわよ」

「うぅ……」


 ボロボロと子供のように泣く愛理に二人はあきれ返る。

 普段隊にいるときはずっと気を張っている。その緊張が一気に切れたのかもしれないと二人は放っておくことにした。


「悠馬ぁ!! テメェ俺様のところに顔を出さねぇたぁどう言う了見だ、えぇ!?」


 足音と金属音を交互にならす独特な音を響かせて唐突に登場したのは総督、光羲志雄だった。


「総督! 失礼いたしました。まずこの少女を」

「知ってるわボケ! 冗談だ。テメェの啖呵は聞いたぜ! いい覚悟見せるようになったじゃねぇか!」


 豪快に笑う。長身の男性。存外見かけは若い。

 特徴的なのはスーツの裾から見える片足が機械なことだろう。ESEにより高性能な義手義足があることで、部位欠損していても私生活には問題がなくなった。

 その義足をつける志雄は杖をついて歩いている。


「総督は相変わらず趣味が悪いですね。盗み聞きですか?」


 悠馬が表情を変えずにそういうと志雄は肉食獣のような顔をして、オールバックの自分の髪を撫で付ける。


「ああ? 壁に耳あり障子に目ありってなぁ! どこで誰が聞いてっか分かんねぇんだ気を付けろ。あと、いい加減堅苦しいしゃべりからやめねぇか。肩が凝っちまう」

「え? ああ、いいのか志雄さん?」

「はんっ! 俺がいいっつってんだ! いいに決まってんだろうが!」

「まあ、それじゃあ。志雄さん、仕事はどうしたんだ?」

「テメェの報告待ちの仕事ばっかになったんだよ。雑務は下に投げてきた」

「またか! 志雄さんは下に仕事を投げすぎだと思うぞ」

「うるせぇ! 俺がいなくても回るよう教育してんだよ!」

「志雄さんのは教育じゃなく鍛造かなんかだ! もっと労ってやったほうがいいと思う!」

「テメェの部隊なんてテメェが必要ねぇじゃねぇか! そこんとこどうなんだ!」

「うっ……! 俺の部隊はそれでいいんだよ! 論点をすり替えるな!」

「はいはい! そこまででお願い! ここは研究所よ、あまりはしゃがないで」

「「はい、すみません」」

「よろしい、では話しますね総督」

「テメェのせいで怒られちまったじゃねぇか」

「いや、志雄さんのせいだ」

「ふ・た・り・と・も?」

「「はい、失礼いたしました」」


 夏美の目元に影がかかったような気がして、男二人は正座する。

 今年18歳になる悠馬はまだしも、今年37歳になる志雄はこの対応どうなんだと泣き腫らせた目で見つめる愛理。

 ちなみに夏美は24歳で愛理は18歳だ。


「悠馬はまだしも、総督にはもっとしっかりして欲しいわね。まだ愛理の方がしっかりしてるわよ」

「本郷と立花はしっかりした姉妹だよなぁ!」

「褒めても何も出ないわよ。総督、今回ここにきた話をお願いしますね」


 可憐な笑顔なはずなのに背筋が凍る思いをすることになる志雄。

 その笑顔を見た悠馬は体がピクリとも動かなくなる。

 夏美はこの国で唯一志雄に上からものを言える人物だ。技術者というのもあるが、その外交の腕は確かで、日本で最も恐れられている人物でもある。


「あーなんだ、えー、俺様が来たのは他でもねぇ!」

「総督?」

「あ、はい、すみません」


 正座しながらふんぞり返ろうとした志雄だったがそれは夏美に呼ばれて頓挫する。

 研究所の床に正座した男二人は夏美を見上げる。


「総督が来たのはラルアちゃんの処遇をこの場で決めるためよ。私が呼んだわ」

「そういうことだ、悠馬。テメェで切った啖呵だ、テメェが面倒見ろ。いいなぁ! 総督の俺様が決めたことだ、誰にも文句は言わせねぇ!」

「ありがとう、志雄さん。俺が責任を持つ」

「あたりめぇだ! ついでに報告しろ」


 悠馬は志雄にあったことを報告していく。

 志雄は真剣に話を聞いていく。夏美は話を聞きながらESEを調整し始める。


「海龍種……か。なるほどなぁ、相手はリヴァイアサンの可能性がたけぇのか」


 忌々しげにつぶやく志雄。ゆっくりと口を開く。


「俺様は昔リヴァイアサンと戦闘を経験したことがある。あいつは他の”龍王”と比べてもかなり強ぇ。動けばデケェ渦が生まれ、ブレスを使えば海が割れる。……あいつは単体の戦闘能力は”龍王”の中で一番かもしれねぇ」


 難しい顔をする。こんな表情の志雄は珍しい。

 それを聞いた夏美がESEを持って歩いてくる。


「ESEの調整終わったわ。リヴァイアサンは人類への脅威も一番高いと言われてるわね。今のほとんどが海になった時代だと海を住処にしているリヴァイアサンの脅威は別格ね」

「ああ、しかも繁殖力も高い。頭もいいあいつらは組織的行動をしやがる。俺様も苦しめられたもんだ」


 頭を抱える志雄に夏美が肩をすくめる。

 悠馬はラルアを起こさないように注意しながら身じろぎをする。


「海龍種の成龍であの強さだ……。古龍や”龍王”のリヴァイアサンの強さが想像つかない……」

「対”龍”の弾丸も通らなかった……」


 泣き止んだ愛理が会話に参加する。

 銃弾を弾かれた時のことを思い出したのか少し震える。


「そりゃぁそうだろうな。海龍種の鱗は龍種の中でもかなり固いほうだ」

「悠馬としてはどうだったかしら?」

「あいつらの鱗はかなり硬かった。普通の剣だと厳しい。少しでもミスしたら剣が弾かれた」


 顎に手を当てて目を細める。ふと、ジャケットが乾いてガチガチになっていることが気になり始める。


「すまん、着替えたい。あと、ラルアを寝かしつけたいんだが」

「そうね、一旦お開きにしてもう諸々を含めて二時間後に総督の部屋に集合でどうかしら?」

「そうだな、じゃあ悠馬、あとで来い」


 最後まで難しい顔をしつつ出ていく悠馬の大きな背中を見送る。


「ちょっと、私は持っていくものがあるからこれで。ああ、ESEは持って行ってちょうだい」


 ヘッドホン型のESEと狙撃銃型のESEを置いてどこかへ言ってしまう夏美。


「私はちょっと部屋に戻るね。ラルアちゃんをよろしく」


 泣き疲れた顔をした愛理が出て行ってしまう。

 悠馬はそっとラルアの肩をゆすり起こす。


「んぅ……」


 眠そうに瞼をこするラルアの青髪を軽く撫でる。


「おはよう、一回俺の部屋に行こう」

「うん……」


 まだ眠そうにしたラルア。悠馬が立ち上がるとラルアもジャケットを掴みながら立ち上がる。

 ラルアが懐いているようで嬉しくなる。だが、同時に少し困ってしまった。

 慣れないことに若干不安を覚えつつ、この先に思いを馳せる。


(俺、子供の世話できるのかなぁ……)

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