聖槍召喚の廃教会

 せつなれい

 二人の補習内容は、随分と昔に廃村となった場所に巣食う名もなき神の討伐。

 本当はミーリの軍が預かった仕事だったのだが、難易度的にも丁度いいし、自分が行けば問題ないだろうと学園長にミーリが直々に持ち込み、必要最低限の助力しかしないという条件の元、今回の補習が決定したのである。

 近くの街から徒歩での道のり。切がいるため多めの休憩を挟みながら、木漏れ日の差し込む、青々としたまだ若い木の葉が芽吹く森を抜けると、人口百人にも満たない小さな村がある。

 村に入ると、ミーリに村人が集まって来た。

「ミーリ様!」

「英雄、ミーリ様だ!」

「はいはい、落ち着いて落ち着いて。順番にね」

 双子やユーリは押し退けられて、突然の英雄の来訪に村人全員が興奮した様子で群がる。

 写真撮影やサインを求められ、順に応じる父の姿は慣れたものだし、子供達にとっても見慣れた光景だ。今更驚くこともない。

 だが少し、この村の人達はただ英雄の登場に歓喜しているのとは違っていた。

 写真やサインを求めているのは小さな子供や若い人達で、年上の人達は握手すると何度も何度も、ミーリが困ってしまうくらいにお礼を述べていた。

 雰囲気からして、この村をミーリが救ったというところだろうが、それにしたって凄い熱量。その理由を、零は村の名前と共に思い出した。

「……そっか。ロンゴミアント、ここで召喚されたんだ」

「正確には、ここよりもっと奥にある、前の村の廃教会でね」

 いつの間にか、ロンゴミアントが側に居て訂正してきた。

 先程までミーリの側に居たはずだが、抜け出した瞬間がわからなかった。彼女の紫髪は花のような香りがするから、普段はすぐ気付くのだが。

「前あった場所は完全に燃えちゃったから、みんなここに移り住んだのよ」

「確か、悪魔の群れが押し寄せてきたのを、パパが全滅させたんだっけ」

「そ。で、そのとき私が召喚された。そんな私が、今じゃ彼にとって常勝の槍ですもの。村としても、鼻が高かったのでしょうね。そのときも、村人のほとんどが助かったし」

 話には聞いていたけれど、零も実際には見たことがない。

 聖槍ロンゴミアント――不死殺しの死後流血ロンギヌスの槍。炎の中で描かれた血塗れの陣。彼女が召喚された廃教会。

 当時のミーリが召喚詠唱を省き、高位の礼装を召喚できた例から未だ現存しており、霊脈の所在や霊力濃度など、召喚に適した条件があるのかなどの研究と実験が度々行われているらしい。

 三女の清浄きよめも、このときの資料から召喚術式を勉強しているとか言っていた気がするが、零も切も見たときはまったく理解できなかったのを憶えている。

「それで……あの、今回退治する相手というのは、この村に?」

「いいや? 場所はまさに、ロンゴミアント様が召喚された廃村の方さ」

 切の質問に、ロンゴミアントに代わってユーリが答える。

「どこぞのお偉いさんの考え通り、霊力に満ちた霊脈でもあるのかないのか。廃村の方に名もない神様が居座ったらしい。種類としては、和国で物の怪って言われてる類ね。そういう意味じゃあ名前はあるかもだけど、大した奴じゃあないよ」

「なら、ユーリ先輩一人で充分なんじゃ……」

ってこ、と。そうでなきゃ、ミーリさんのところに話が行くこともないでしょ?」

 ユーリの言う通りだ。

 対神学園では、対神軍が扱うまでもない、学生でも充分対処可能と判断された神や悪魔の討伐依頼が送られ、許可を得た生徒はそれらの報酬で生計を立てたり、単位を取ったりしている。

 逆に言えば、生徒らでは力不足と判断された物件を対神軍や、ミーリの預かる女神を討つ軍シントロフォスが扱うわけで、この物件は元々ミーリのところに来たもの。つまりは、そういうことなのだ。

「だから君達にして欲しいのは、俺のサポート。ミーリさんはあくまで、補習を見届ける立会人扱い。まぁ、さすがに最悪の事態になるより前には入ってくれるだろうけれどね」

 その点に関しては心配していない。

 むしろ、ミーリがより早い段階で見切りを付けてしまわないかという点の方が心配だ。

 我が子可愛さで、助太刀どころかたった一人で解決されてしまっては、補習の意味がない。

 ただ、軍に依頼されるような相手に自分なんかがどこまでやれるか、不安な部分も大きいが。

「零、大丈夫?」

「……うん。ありがと、切にぃ」

 と、返された笑顔で若干安堵した様子の切の側に、空を裂いて現れる。

 透明な質の白髪の下、透き通った桃色の虹彩が二人を見据える。白を基調とした和装を着飾り、かんざしについた鈴を鳴らす少女の名は――誰も知らない。

 両親が学生だった時代のラグナロク学園長の武装で、二〇年前の戦争の際に突然譲り受けたと聞いているけれど、両親共々、双子は彼女が喋っているところを見たことがなかった。

 父のミーリが勝手に、無口のムゥちゃんと呼んでいたから、そのままみんなでムゥと呼んでいるけれど、果たしてその名が正しいのかどうかもわからない。

 が、彼女もその名前で反応するし、呼ばれると不愛想な顔も嬉しそうに見える時がある。

 そして今は母、空虚うつろの手元を離れ、新たな持ち主――切と契約を交わしていた。

「ムゥ、ありがとう。状況はどうだった?」

 切が問うても、彼女は言葉を返さない。

 代わりにこれ以上なく達筆で、逆に読みづらくさえある文字が列を作った手書きのメモが渡されるだけだ。

 一人標的がいる廃村へ、現状把握のため先に走っていたムゥのメモは、実に事細かく詳細が記述されていて、とてもわかりやすくまとまっている。

 荒野家の四兄妹が、彼女のメモからノート作りを学んだほどだ。

「どうだって?」

 ユーリはメモを覗こうとしない。というか、覗けないのだ。

 何せムゥは、荒野家の人間以外に自分のメモを見られることを極端に嫌がる。

 母曰く、恥ずかしがっているとのことだが、だからといってメモを覗こうとした瞬間にどこからともなく斬りかかられては困る。

 ユーリは一度経験していたので、もう二度と覗くまいと決めていた。

「まだ廃教会をねぐらにして、棲みついてるみたいです。数は、大きいのが一体。小さいのが三体。小さいのが一体ずつ交代で見張りしている、と。姿形はまるで虫のようながら、悪魔の気配――」

「悪魔、ねぇ……」

 軍への依頼では、名もなき神とあった。依頼を出す者が間違えたとしても、軍へ依頼される段階で最低限の調査は行われている。その段階で、ある程度の種類は把握できているはずだ。

 だが、ムゥの感知能力の高さは知っている。数日前なら記憶違いもあるかもしれないが、今さっき見てきたものに記憶違いはあるまい。

 薄々とだが、零も素人なりにこの依頼の奇妙さに勘付いてきた。

「ま、とりあえずは行くしかないからさ。道中作戦でも立てながら、のんびり行こうよ。切くんも息が切れたら大変でしょ?」

「はい。お手数をお掛けして、すみません。ユーリ先輩。僕らの補習なのに」

「いいのいいの。気にしないで。俺も少しはね、役に立ちたいから」

 ユーリの一瞥の先で、ロンゴミアントは微笑を湛えている。

 コンマ数秒のアイコンタクトが交わされたような気がしたものの、切は捉えきることが出来ず、零に関してはまったく気付いていなかった。

 と、切は思い出したように側にある小さな頭に手を伸ばす。

「ありがとう、ムゥ。僕の体が弱いから、いつもこんなことさせてごめんよ」

 ムゥが前もって現場を偵察するのは、病弱な切が少しでも楽できるようにするためであることを、切本人は知っている。

 二人の間に会話が成されたのかは知らないものの、二人しか知らないやり取りがあった様子。

 契約も誰も知らない間にされていたし、ムゥには切に対して何か特別な感情があるのかもしれない。

 彼女の胸の内が聞けることはなく、想像の域を出ることもないのだが、切とムゥを並べて見ていると、どうしても父とロンゴミアントの像が重なって見えてしまって、零はそう感じざるを得なかった。

「あなたにも出来るわ。きっと」

「え――」

 つい、言葉を失ってしまう。

 たった今、心の中を巡った一言一句を読み取られたかと思ったからだ。

 実際、ロンゴミアントは父の心が読めるというけれど、父限定の話だと聞いていたから、驚かされた。

「心なんて読まなくてもわかるわ。顔に書いてあるもの」

 と、さりげなくまた読まれる。

「いつか私を握って女神を倒す。それがあなたの目標だったわね。でも、私じゃなくてもいいし、私なんかよりずっといいパートナーと会えるかもしれない。女神なんて、復活するかどうかもわからないんだから」

「でも……」

「女神信仰団体ってのが出てきたし、心配になるのはわかるけれど、一生杞憂して過ごすなんて疲れるだけよ? もう少し肩の力を抜きなさい。だけど、想像力は武器よ。私達武装にはない、あなた達人間だけの武器。だから、想像することを忘れちゃいけないわ。だから、私や女神っていう固定観念に振り回されてたら、もったいないわよ」

 そう言って、ロンゴミアントはいつまで経っても散らない人混みを掻き分け、ミーリを助け出しに行ってしまった。

 確かに女神が復活するのは、可能性の話だ。しかも自分が生きている間に復活するかどうかもわからないし、無能と言われる自分がなんとか出来るとも思えない。

 それに、自分がただ父とロンゴミアントのような人と武装を超えた関係性に憧れて、彼女とパートナーになりたいと思っていることも否定し切れない。

 自分は生まれ以て相棒のいる双子だけれど、兄にはもう、ムゥという素敵な相棒がいる。

 だから憧れてしまうのだ。

 唯一無二。そんな言葉が似合うような、どんな逆境にも共に立ち向かってくれる、最高のパートナーを。

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