【シンデレラ】猫灰だらけ

「そこ、ホコリがついてるわよ。やり直し」

「はーい……」


 あの晩、ねーさんたちよりも遅れて家にたどり着いた私は、言いつけを破った罰としていつも以上にこき使われている。もう1週間も経つのに。やっぱり家出したほうがマシだったなと思う。

「雑巾がけが終わったら次は足のマッサージよ。舞踏会で踊り続けてパンパンなんだから」


 上のねーさんの機嫌も1週間ずっと悪いままだった。それは、舞踏会に突然現れたどこぞの姫が王子の相手役をかっさらってしまったからだ。その姫が私だっていうことに、ねーさんたちはまったく気がついていなかった。

「王子様ときたらあの正体不明の姫君のことばかり気に入ってしまって。姫が片方落としたガラスの靴を頼りに探し回っているそうよ。まったく、アホらしいわ。足のサイズなんてそんなにあてになるもんじゃないのに」

 長椅子に腰かけたねーさんが突き出した長い脚を見て、たしかにそうだなと思う。

「だいたい、素性のしれない女なんてろくなものじゃないわ。顔がいいだけの抜け目ない女が、何かずるい手を使って来た可能性だって十分あるじゃないたたたっ! ちょっと、あんた力入れすぎ!」

「あ、ごめんなさい」

 私は上のねーさんのかかとをすごい力で指圧していた。

「お姉さまばかりずるいわ。灰かぶり、次はあたしの番よ」

「はい。どうぞ」

 今度は下のねーさんが長椅子に座り足を投げ出す。

「お姉さまの言うこと、けっこう当たっている気がするわ。あの靴だってきっと気を引くためにわざと落としていったのよ。それにあの姫、何度も王子様の足を踏んづけていたわ。あたし、見たのよいったぁ! 灰かぶり、もっと加減してよ!」

 私は下のねーさんのつま先をくの字に曲げているところだった。このくらいで痛がるなんて、柔軟性が欠けているんじゃないの?


 そこへ、お城の使いの人がやってきた。ねーさんたちがガラスの靴を試す番が来たのだ。かーさんは得意げに2人の娘を呼んだ。2人とも小さくてきれいな足をしているので、自信があるんだな。でもって、マッサージのおかげでむくみも取れているだろうし。

 使いの人はコホンと咳払いして、いくつか注意事項を伝えた。

「いいですか、無理に履こうとしてはいけませんよ。ナイフでかかとやつま先を切り落とすのもなしです。そんなことしたってすぐにバレますからね。そしてそのあと血だらけの靴を洗うこちらの気にもなってみてください。まったくどうしてこんなことしなくちゃならんのか、ブツブツ……では、どなたから始めましょうか?」

 まずは上のねーさんが靴を履く。

 見事にすっぽりとおさまった。

「やったわ! あたしが女王よ!」

 ねーさんが叫んでも使いの人は冷静で、次に下のねーさんに履くようにすすめる。

 下のねーさんの足も、見事にすっぽりとおさまった。

「やったわ! あたしこそ本物の女王よ!」

 上のねーさんとしたのねーさんはバチバチと火花を散らしている。

 そばにいた私は、思わずくすりと笑ってしまった。

 すると使いの人は私のほうを見て、「次はあなたの番です」と言った。

「ちょっと、その子は舞踏会にも行ってないし、いつも薄汚い格好をしてるのよ。やったって意味ないわ!」

 おかーさんがつばを飛ばしながら抗議した。

「若い女性は誰も等しく試すようにとの指示ですから」

 促されて、私は靴を履いた。当然、ぴたりと足にはまった。

 使用人は満足げにうなずく。

 おかーさんとねーさんたちがきっつい目で私をにらんでいる。

「では次に、この3名様の中で、ハイカブリというあだ名の方はいらっしゃいますか?」

 使い人は落ち着き払って問いかける。

「は、灰かぶり、ですって!?」

「そんな名前のやつ、ひとりしかいないわよ!」

 おかーさんが私を指さす。

「ご覧の通り、灰をかぶった汚い娘ですよ」

「たしかに、灰まみれですな」

「いったいなぜそんな……あっ、まさか」

 使用人は私の前にひざまずいた。

「あなたが本物のかの姫君でございますね。お城までご案内いたします。王子様があなたの本当の名前を知りたがっておられますよ」

「えっ、えーと……」

 私はひどい顔をした3人を見回す。

「こんなの間違ってるわ!」

「そうよ! あんたなんかただの使用人のくせに!」

 私はにっこりと使用人に微笑みかけた。

「バレてしまっては仕方がない。喜んで嫁がせていただきますわ」

 いろいろな罵り声が飛んできたが、まるでそよ風のようだった。

「おほほ、ごめんあそばせ」

 高笑いってこんなにも気持ちのいいものだったのね。



 おーじと再会したとき、私はまだ汚い服を着ていた。

「ああ、君だ!! やっと会えたよ!!」

 おーじは私を一目見るなり、あのキラキラした目になった。

「こんな格好でもわかるの?」

「わかるさ。かわいい目と鼻と口がついてるからね。見間違えようがない!」

「もう察してると思うけど、本当は私、育ちのいいお姫様じゃないわよ」

「そんなことは関係ない! あの晩出会ったとき、君しかいないと思ったんだ!」

「まあまあ、それはそれは」

 どうしましょう。笑いが止まらないわ。

「一生幸せにしてくださる?」

「もちろん。あきれるぐらい幸せにしてあげるよ! でもまずは、君の名前を教えてくれないか?」

 私はうなずいて、おかーさんがつけてくれた本当の名前を口にする。

「ほーらね」とおかーさんの声がする。「やってみないとわからないって言ったでしょう?」

「ほんと、そうね」

 私がつぶやくと、おーじが不思議そうに「え?」と聞き返す。

「なんでもない。ただの空耳よ」

 ネコ灰だらけ~♪というご機嫌な鼻歌が風に流れていった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 シンデレラはガラスの靴で有名ですが、こちらはペロー版に出てくるモチーフです。グリム版だと黄金の靴が出てきます。義姉たちがかかとやつま先を切り落として靴を履こうとするのはグリム版のモチーフです。今回はグリムとペローをミックスさせて作りました。世界中に類話があるので、比べてみるのも面白そうです。


 そして、これが短編集の最終話になります。フォークロア大好きなのでまた似たような趣旨のお話をかくことはあるかもしれませんが、一度区切りをつけることにしました。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。願わくはまたどこかでお会いしましょう!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お菓子の家をかじりたい。 文月みつか @natsu73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ