宙の墓荒らし

@Kageroh441

第1話 KAGARIBI-303

「トントントン・ツーツーツー・トントントン」


 単調な電子音がラジオから流れている。

 SOS、モールス信号である。


「ファン、仕事だ。」


 発信源の大まかな座標を特定し、航行システムに打ち込む。


「モールス使ってるのは第1期でしょ?いいの?」


 灰皿にタバコを押し付けながら、横の女が気怠そうにシートベルトを締めた。

 二十過ぎたばかりなのに酒タバコはやるし、身だしなみは気にしない、と言って顔は美人かと聞かれるとそうでもない実に残念な子だ。


「行ってみなきゃ分からんだろ。」


 そう言って俺もシートベルトで体を固定し、レバーを手前に引く。

 デブリ防止用のシールドが展開され、『メイ-フライ』が軽く軋み出す。


 ーーシュォッーー


 フロントガラスから見える景色が一瞬真っ白に染まり、見慣れた星の海に戻った。


「...... これは酷いね、乗員も即死でしょうね。」


 前後真っ二つに折れたαアルファ級宇宙船が、目前に広がる闇の中を、ゆっくりと漂っていた。

 剥がれかけた表面塗装には白い長方形の中央に赤い丸のついた、何かのロゴが写っている。


「第1期のワープシステムは不安定だからな。逆に考えれば食料と水はまだ残ってる筈だ。」


 救難信号を受信しても、真面目に助けに行くお人好しは珍しい。

 そもそも検出される頃には、大体その船の乗員は死に絶えている。

 俺はそんな船を漁って生計を立てる、連邦で言う『レックレイダー』である。


「どうせドッキング弁の規格が合わない、アンカーで繋げてくれ。」


 そう言ってロッカーから取り出した宇宙服を身に纏いエアロックに向かうと、ガシンという音と共に船体が少し揺れた。


「固定した、いってらっしゃい。」


「ああ。」


 ヘルメット内の通信機に返事をすると、俺はアンカーを伝い、断裂部からα級の船内に乗り込んだ。


 機器の破片や他の残骸を掻き分けながら、手すりを伝って船内を探索し始める。

 第1期の船は磁力靴マグネティックシューズに対応していないものが多く、その代わりに通路に手すりがつけられているのだ。


「船首部は電源が生きてたな... 見たところ四、五百年前の骨董品だ。」


「感心してないで早くして、それと悪いニュースが一つ。ここ管轄外ノータッチ。」


 連邦不干渉宙域 通称『管轄外ノータッチ』 海賊や密輸業者が横行するレッドゾーンである。自殺志願者以外にとって長居するメリットは皆無な場所だ。


「... 10分くれ。なるべく早く済ませる。」


 そう言って俺は船尾を目指して移動する。

 長期運用可能な船の中でも最小のα級の構造はシンプルなものが多く、船尾付近にリアクターと貯蔵室を配置する場合が多いのだ。


 ーーパキッーー


 枯れ枝のような物がヘルメットに当たる。

 見覚えのあるものだ。というより基本船内になければおかしいものだ。


「気の毒に......」


 まだ幼い子供とそれを抱える女性、気が遠くなるような月日をこの金属の棺桶の中で過ごして体内から水分は抜け出し、二人は既にミイラ化していた。


「ホトケさんね、けど今回は弔う暇がないよ。」


「そうだな......」


 気を取り直して船尾に向かうと、電源が切れて半開きになった倉庫に入り込み、ヘッドライトをつける。


「この船の持ち主...... 相当準備が良かったんだろうな。」


 ヘッドライトに照らされたのはダンボールの山。それに印刷されている見たことの無い文字の下には、小さく『保存食』や『水』、『応急用酸素』と書いてあった。


「これは大した収穫だぞ、しかも水と食料の方はサウザンツだ!」


 サウザンツとは、消費期限1000年を保証する食品に付けられるマーク、我々の業界の永遠の味方である。

 何せそれ以外の食物を見つけても干からびているか腐っているかのどちらかなのだから。


「どれどれ......」


 ダンボールを開けてみると、やはり見たことの無い字の下に、小さく「サバのミソ煮」と書いてある。

 サバという食材の煮物らしいがどんなものか見当もつかない。


「兎に角これでクラッカーともおさらばだ。ファン、サブアンカーを出してくれ。」


 貨物用ネットにありったけのダンボールを詰め、俺は意気揚々と出口の方に向かって動き始めた。


「えっと... ボード?」


 電波状況が悪いのか、何故かファンの声が少し震えて聞こえた。


「悪いニュース、追加して良い?」


「なんだ、もう海賊がきたのか?」


「その......アンカーの打ち所が悪かったみたいでね?」


 嫌な予感がした。そういえば倉庫付近は探索したのにリアクター室が見当たらなかった。


「あー 爆ぜるのか。」


 そう言いながら俺は食糧を満載したネットを手離し、サブアンカーを目指した。

 ファンの口調からして最初に打ったアンカーがリアクターに当たったのだろう。

 そして最悪なのは第1期の船の殆どは核リアクターを採用しているということ。


「推定何秒だ?」


「持って40秒、いや、30!」


 まさか船の真ん中にリアクターを設置する輩がいるとは流石のファンも予想しなかったのだろう。


「くそっ こういう時だけは役にたたねぇな!」


 宇宙服には姿勢制御、推進用のスラスターが取り付けられているが、最近はかなり動きが悪い。

 まあ、面倒臭がって整備を怠っていた自分のせいなのだが。


「あと15秒!」


 直線に伸びる通路の先にサブアンカーが見えている。覚悟を決めるしかない、死ぬ前に絶対サバってのをを食べてやる!


「10秒カウントしたらサブアンカーを収納しろ、いいな?それと同時にメインアンカーは切り離せ。」


「わ 分かった!」


 片手に握った鯖缶を腹部のポケットに突っ込み、俺は大きく息を吸い込んだ。


 ーーピシッ プシューッーー


 ヘルメットに繋がる酸素供給管を引っこ抜いて、それを自分の背後に向ける。

 圧縮された空気が推進力となり、かなりのスピードを出しながら俺は辛うじてサブアンカーにしがみつく事が出来た。


 ーー ッーー


 間一髪で船のシールド内に入り込むと、臨界に達したリアクターは閃光を放ちながら爆散した。

 あれだけの爆発を起こしながら、一切の音が伝わってこない。宇宙だから当然と言えよう。


 ーーピシュッーー


 供給管を付け直し、何度も深呼吸する。かなり酸素を無駄にしたが、命には変えられない。


「ボード、生きてる?」


「ああ、お陰様で。ところでファン、お前サバって食べ物聞いたことあるか?」


 飛散したα級の残骸がシールドに当たっていく中、俺は興味深いものがシールドに張り付いているのが見えた。


「サバ?夕飯サパーじゃなくて?」


 張り付いていたものを取ってみると、その表紙には航海日誌と書かれていた。

 中身を確認してみると、喜ばしいことに公用語表記だった。


「夕飯の缶詰って何だよ。というか早くエアロック開けてくれ。空気が足りない。」


「はいはい おかえり。」


 日誌を片手にエアロック内に入ると、俺は大きな溜息をついて床にへばりついた。


 ..................

 ............

 ......


 管轄内宙域に戻った船の中。宇宙服をロッカーに押し込むと、俺は操縦席にドカっと座って大きなあくびをした。

 そしたら隣で缶詰を弄っているファンが話しかけてきた。


「これ、開けたらナプキンって事ないよね?」


「今回は大丈夫だ。非常食って書いてあるダンボールだったし、サウザンツマークが付くのは食品だけだ。」


 ふーん、と言いながらもファンは缶を弄り続けている。

 この前漁ってきた缶を開けたらナプキンやらコンドームやらが出てきてブチギレそうになったのを思い出したのだろう。

 気を取り直して、俺は偶然入手した船の持ち主であろう人物の日誌を開いた。




 日誌をどう書くか分からないから、日記感覚で書いていくとする。

 私はこの船の船長だ。

 先日、20年かけて貯金したレジットでこの船、「KA-303型」を購入した。

 今朝、上司のルイスに辞表を叩きつけた時のことを思い出すと笑いが止まらない。あのキョトンとした顔は一生忘れないだろう。


 ちなみにこの星洲重工せいしゅうじゅうこう産のα型は最新鋭機でワープ機能まで付いている。40光分もかかる木星まで何と10秒で着くらしい。光が40分進む距離を10秒で、だ。全く科学に進歩には脱帽だよ。

 今から妻の家族がいる木星圏へ挨拶がてらワープしてみようと思う。娘の早苗は母方の祖父母と初対面だが、二人とも優しい人だからすぐ打ち解けるだろう。


 これからの人生が楽しみで仕方がない。20年間働き続けて遂に夢を叶えたんだ。

 この船は私の希望のともしび、これからは『KAGARIBI』号と呼ぶことにしよう。

 しかし売り手が親切で本当に良かった、市場価格の1/2でおまけに物資まで付けてくれるとは...

 妻は怪しいとか言っていたけど、杞憂に違いない。ワープに成功すれば彼女だって認めてくれる筈だ。


 張り切って沢山書いたが続きは木星に着いてから書くことにする。


 2/11/2207 船長 田辺 清介




 日誌はここで終わっていた。

 見たところ初ワープで船体が真っ二つになってそれ以来800年も宇宙を漂い続けたのだろう。


「本人はともかく同行していた妻子が気の毒ね。」


 横から覗き込んできたファンが鼻で笑った。


「目の前のシールドに張り付いたんだ。読んでもらいたかったんだろうな、タナベ キヨスケという人間を誰かに覚えていて欲しかったんだろう。」


「何よ、急にブルー入っちゃって。 早く食べようよ、クラッカー持ってきたからさ。」


 ーーペリリーー


 ーーモグモグーー


 ーーボリボリーー


「......」


 ーーモシャモシャーー


「......」


 ーーゴクンーー


「クラッカーには...... 合わないね。」


「......そうだな。」








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