第24話「食後」

「ありがとうございました」


 従業員の声を背に僕は雪森の牡鹿亭を後にする。ひいきにしている店だ、味については満足している筈だが、今日の昼食に関しては味を気にするような余裕は皆無だった。昼飯時の飲食店の前に立ち止まるわけにもいかず、足は外へと動き出していて。


「どうする」


 声には出さずそんな問いを胸の中で自分に投げた。普通に考えれば先ほど僕が知った殺人について離れた場所で昼飯をとっていた僕が知っているのはおかしい。そ知らぬふりをして職場に向かうのがおそらくは正解だろう。ただ、そうした場合事件のことが気になって仕事が手につかないことも容易に想像ができ。


「魔法使いに言い忘れたことがあったので探していた」


 と言う理由で事件現場の方に向かう選択肢も僕にはあるのだろうが、きっちり昼食を食べてから探しに出るというのは不自然にも思える。


「はぁ」


 迷った挙句、嘆息とともに決めたのは職場に戻ることだった。被害者があの僕を嘘つき呼ばわりした人物だったのも何らかの意図があってとは言い切れない。偶然の可能性は残されていたし、何より今は情報も不足している。僕と関係している人物に狙いを絞っていたとか単に無差別に犠牲者を選んでいたとかなら、職場の誰かが狙われることだってあるかもしれないのだ。


「ダンジョンの力を使えば、親しい人が狙われた時、助けられるかもしれない」


 そんな思いも頭の端っこには存在していた。もっとも、僕がダンジョンの主であるとバレてしまう可能性が高い力の行使を行うのかは自分でもまだわからない。とっさに力を使ってしまうか、わが身可愛さに何もしないか。


「あ」


 考え悩んでいても足は進んでいたらしい。声を漏らした時には職場の建物が見え始め、職場近くまで戻ってきていたことに今更ながらに気づかされた。


「あ、れ?」


 ただその建物の入り口近くには見覚えのある人物も立っていた。先ほど雪森の牡鹿亭で会ったばかりだ。加えて事件のことを秘かに知っている僕としては、待っていることへの驚きも殆どない、だが。


「魔法使いの――」


 方が何故ここに、と何も知らないなら驚かなくてはいけない場面だ。


「やあ、また会ったね」


 一目で魔法使いとわかる例の杖を抱えた女魔法使いは僕に気づくと軽く手を挙げた。


「あ、はい。ですけど、どうされたんです?」


 何か用事があったなら、雪森の牡鹿亭で伝えている筈ですよねと僕が続けると、二秒ほど黙った女魔法使いはくるりとこちらに背を向け。


「すまないが、彼を少々借りたい。お願いしてもいいかな?」


 おそらくは職場の中へと尋ねたのだった。

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