第14話「帰路」

「とりあえず、戻ろう」


 届け物を終えた報告はしないといけないし、そもそも僕が石畳に沈む羽目になったのも注文書を届けるという仕事の途中、大まかな定義で言うと僕はまだ仕事中なのだ。そういう意味であの金髪の女魔法使いを案内した件はともかく、病院に寄った件の方は少しだけ後ろ暗くもあるが。


「さてと」


 そうなってくるとどの道を通って帰るかという問題が発生する。届け先を出て暫く進んだ僕の視界に入ってくるのは、街を流れる小さな川とそこにかかる橋、橋から続く道の左右に並ぶいくつかの商店。川は周囲の地面と比べるとかなり低いところを流れていて、まるで谷川のよう。だからこそ川沿いにも堤防などなく民家や商家が並び、建物を挟んで川に並走するように走った道が、橋から伸びた道と交わって交差点を作っている。


「あ」


 それを見て思わず声を漏らしたのは、僕がダンジョンを伸ばしつつ歩いてきていたからだ。足元に地面がないということは、橋を渡り始めたところで選択を強いられる。橋をダンジョンの一部とするか、川底を迂回させるかだ。


「橋、橋かぁ」


 その川が洪水を起こして橋を押し流したなんて話はとんと聞いたことがないが、そもそも橋は人工物だ。経年劣化で壊れたり壊れる前に修復したりかけ直すことだってあるだろう。その時、ダンジョンの一部になっていたらどうなるだろうか。


「拙いよなぁ」


 そんな出そうになった声を呑み込んだ。これに関しては病院も同じことが言えるが、ダンジョンが自分を保護しようと修復や解体などの工員の干渉を阻んだりした場合、一発でそこに何かよくわからない力が働いているとわかってしまう。ダンジョンになってることが露見すれば、あの女魔法使いのような力ある人材が調査に派遣されてくかもしれず。

 結果として病院の方も改修工事などが何時されるかどうかをある程度見張っておく必要が出てきてしまった。ダンジョンマスターであるためには力を得る場所は絶対不可欠。見張るつもりなら、おいおい病院近くに立ち寄る口実を考えなくてはいけない。


「はぁ」


 嘆息して僕は橋へと向かう、ダンジョンは川底の下を通らせるつもりで。通路を伸ばすのに消費する力が増えてしまうが、仕方ない。僕が橋を渡る、つまり行きと道を変えた一番の理由はコアの前の持ち主の殺害されたあの路地裏に再び足を踏み入れない為だ。


「直線距離ではあっちのほうが断然近いんだけど」


 もどかしさに、つい独り言が口をついて出る。届け先に遅刻したのだから、帰るのも遅くなる。魔法使いの紹介状があるし、先の届け先とは違って仕事場の人達とは面識があるし、疑われることはないと思う。警戒を緩めるつもりはないが、帰ることが叶えば一時とは言えいつもの日常が戻ってくる、橋を渡り終え左に曲がる僕はそんな風に思っていた。

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