第13話「名前」

「『メアリー・カベニー』ねぇ……そういえば、一度だけこの名前を聞いたことがあったな」


 紹介状に記されていた名を見て、店主が呟く。それを聞いて僕があっと声を漏らしそうになったのは、魔法使いの名前をよく確認していなかったことに今更気が付いたからだ。ダンジョン・マスターとしては魔法使いと言う職種の相手とあまり関わり合いになりたくない。無意識のうちにそう思って、受け取った紹介状の名をよく確認しなかった、ただそれだけのことだが。


「ほ、本当に」

「ああ。ラヴボンって街は知ってるな? あそこで起きた不可解な行方不明事件を解決した魔法使い様がそんな名前だった筈だ。もっとも、単独じゃなくてもう一人の魔法使い様と協力してってことだったから、相当厄介な事件だったんだろうさ。で、もう一人は『ショージィ・ミミアリー』って男の魔法使い様だ」

「へぇ、男女で協力してたんですか……ん?」


 そういえば、あの魔法使いは飲食店の場所を訪ねてきたが、ひょっとしたら誰かとの待ち合わせ場所を探していたのではないだろうか、例えばその協力者と落ち合うため、とか。


「どうしたんだい?」

「いえ、その魔法使い様のことなので口にしてもいいものなのかが、ちょっと」


 僕の推測が当たっていたとすると、みだりに口にするのは拙い。事件の捜査何課だったとしたら情報が洩れて邪魔をしてしまうこともありうるのだから。


「あ……ああそういうことか。なら確かに聞いたこちらが悪かったな」

「いえ」

「うん? どういうことで?」


 一人嘘と決めつけた男性だけが付いていけていないようだったが、店長の方が信用してくれたなら、ひとまずどうでもいいことだ。それより問題は、あの金髪の女魔法使いが何故この街に来たかということになる。事件の調査だとしたら、それは何か。前のダンジョンコアの持ち主を追ってきたというのは先代がダンジョンの力を使わずコアを所持していただけであることを鑑みれば考えにくく、先代が襲撃されて殺された件について調べようというには初動が早すぎる。


「ええと、僕はこれで失礼しても?」

「ああ。注文書は受け取ったし、遅刻の証明についても見せてもらったからね」

「店長、私よりこんなヤツのことを」


 不満なのか店長の言にもう一人の男性が噛みついていたが、流石にこれ以上付き合うつもりもない。店長の方が許可をくれたのをいいことに僕は失礼しますと頭を下げてその場を離れた。


「ふぅ」


 ただの届け物なのに妙に疲れた、けど。


「気を付けた方がいいのかも」


 確かに先代のコア所有者の事件で駆け付けたにしては早いが、コアを狙った組織の方を追いかけていてこの街に来たなら、あのタイミングでここに居ても不思議はないのだ。病院のダンジョン化を除けば、こっちはまだおせじにもダンジョンとは言えない細い通路を伸ばすくらいのことしかできてないというのに。

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