15 ドラゴン族の返事

ややあってデュカスは返答した。

「向こうの世界、ノウエルに多くの魔法界からの侵入者があります。その線からではないですかね? アウトローが多いので。というか基本、アウトローしか来ませんので」


ソミュラスの線かな、とは思ったが彼は別のことを語ることにしたのだ。ベリルの話からすればフェリル王子のことはソミュラス政府機関のなかで常識に近いらしい。


「有名なのか?」


「まあ王族が島流しにあってるわけで、そこは興味を持たれやすいところです」


例えば国連職員にとって移民局勤務は閑職である。


「エルフが意外なほど多いというのは聞いていたが……」


「たいていは諜報員ですからね。その線かも知れないです。……俺のことはネガな評判ですか?」


「そうだな。暗黒王子がネガということなら」


デュカスが小さく笑い、みなが笑った。

朗らかな瞬間であった。

みながポジティブに楽しむ称号である。フェリル国民のなかにも同じ感覚の持ち主は少なくない。この点はドラゴン族と人間族がわりと共有している認識だった。


「さて、みんなに見せたいものがあるんだ」


デュカスはプリンシパン軍に頼んでいた物を取り出した。官給品の折り畳み式携帯電話である。昨日の対カイオン戦を自動記録した動画を編集したデータが入っている。軍人が胸元に常時装備しているボディカメラによるものだ。


いくつかの角度からの動画がまとめられてあり万人が参考にできる出来映えである。右手に携帯を持ち、左手を伸ばし宙空にかざすデュカス。

音もなく横三×縦二メートルほどの半透明の板が宙空に現れる。戦闘で防御に用いるフィールドだった。薄く青い色が付けられてあるのでみなに認識できる物体である。


「フィールドにはいろいろ使い道があるんだ」


デュカスは人差し指から青く光るラインを出すとケーブルのようにしてフィールドと携帯をつなぎ、携帯を操作して準備を始める。

すぐに待ち受け画面がフィールド全面に映し出された。


これは水晶に映像を映す魔法の応用だった。位置の高さ調整を済ませると彼はデータフォルダのなかから動画を選び、カイオン戦をクリック。

戦闘の上映が始まった。


──


初めてカイオンの姿を目にする三名はかつてデュカスの訓練パートナーだった。デュカスの実力のほどは充分に理解している。


その三名が映像とはいえ打ちのめされていた。怪物は直撃を食らっているのだ。にもかかわらず僅かによろめいただけで平然としている。

言葉を失っている三名をいたわるようにドルスは静かに述べる。


「正直なところ私の想像を越えておった」


「俺もです」とデュカス。


「……確かにこいつはすげえ」とミゲイル。


「あの耐久力は半端ないな。純粋なパワー勝負なら俺たちでも苦しい」とマックス。


「すげえが……、デュカスから逃げおおせたというのがすげえな。本気で始末しにかかってるわけだから」そうミゲイルはつづけた。


「そうなんだ。ショックだったね」


ドルスが言った。

「映像には映っとらんが、物理的な威力のあるオーラを放っとるよ。ダムドを弾いたのはたぶんこれだ」


「怪物って呼び名に文句があったんだがこれじゃ認めるしかないな」と、消沈した声のミゲイル。


彼は特徴として体の各部から強力な光線を放てるのだが、カイオンに対し効きそうではない。


ケインが努めて冷静な口調で尋ねた。

「で、お前の感触としてはあいつに弱点はありそうか?」


「あるはずだ。やつの慎重さには理由があるはずだよ。人間ベースなのは間違いないんだから相手の中身は人間ということ。ならどこかに弱点はある」


「お前のことを研究済みじゃないか。向こうが情報持ちってのはつらいな」とミゲイル。


「うん。でも相手が慎重ならこちらには時間があるってことでもある。だからこうして頼みにも来れる……最長老、俺が殺されたらフェリル軍に協力してやってください。リクサスが窓口になりますから」


返事にはしばしの沈黙があった。

「気持ちとしては応えてやりたく思う……私個人はな。だが即答はできん。その時にならないとわからん」


「そこは一族としての合意がいるからな」とケイン。


マックス、ミゲイルの戦闘種ふたりは顔を見合わせている。


「みなの意見を聞いてまとめる必要がある」とマックス。


「俺も即答はできない。すまん。事が大きすぎる」

ミゲイルは伏せ目がちにそう言う。


「いや、謝ることはない。とうぜんだ。人間族の危機なんだから」


マックスが言った。

「肝心な時に手助けしてやれん感じだが……どうにもな」


デュカスはここにいる全員と交流があり、互いに通じるものがあるとはいえ、それは一部の例に過ぎない。ドルスが三種族をまとめているといってもあくまでドラゴン族の利益に基づくものだ。


背後から声がした。


「デルバックには賢者会、フェリルにはドラゴン族……この点プリンシパンは軍のみでセキュリティが甘い。そこを狙われたな」


ストラトスであった。六二になる元賢者はしかし溌剌としている。


「お久しぶりです」とデュカス。


師匠は賢者ではないのでフェリル軍の黒い官給品一式を纏っているが足元だけはサンダルだった。ジャケットは前を開けだらしなく着ている。


「取り逃がしはまずかったな。相手にまだスイッチが入っていない絶好の機会だったのだが」


「その通りです」


「といっても俺にはどうにもならん。言うはやすしでな。打開策を提示できるわけでもなし」


「それは俺の仕事です」


「……飯をおごって貰えるか? 長らく外食をしておらんのだ」


「もちろんいいですよ。……えっとそこにいるエルフは……」


「知っておる。これまで協会からいろいろと聞かされてきた」


「そうだったんですか」


「俺は彼を魔法使いとすることには反対を述べてきてる」


「リスクから?」


「エルフには向いていない。成功例はあっても一般魔法の分野に限られてる。それは自然な例なんで放っておいても完成するさ。人為的に鍛えたところでそもそも環境がそれを求めてない」


デュカスは返す言葉がなかった。


「……森のパスタ屋がまだあるのでしたら、そこへ行きますか」


「うむ」


リヒトが口をはさむ。

「そこ人間族の区域じゃないですか」


「そうだよ。王宮じゃないからいいんじゃないかな」


「また。なんでそう都合よくゆるくするんです?」


ミゲイルがケインに尋ねた。

「誰?」


「国連職員なんだと」


へえ、と戦闘種のふたりが声をそろえて言った。



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