14 ドラゴン族

フェリルの森の奥深く、エルフも寄り付かないさらに奥に、木立のないひらけた場所がある。

デュカスが十歳の頃、ひんぱんに王宮と森を行き来する彼に対してドルスが移動場として指定したのがこの場所だった。


王子ゆえの配慮があるとはいえ、ドラゴン族のみながみな彼の往来を積極的に認めているわけではなく一面として危険があったからだ。


ここは三つの種族のうち二本足で立つタイプの種族が暮らす領域の入り口だった。少年期のデュカスを最も深く受け入れ懇意となった最長老ドルスがこのタイプであるため融通が効き、危険性も少ない。


到着した途端、リヒトの怯えがデュカスに伝わってくる。伝統的にエルフ族とドラゴン族に接点がないからだ。


大樹のわきに、畳んだ翼を背にした巨大な爬虫類が立っている。出迎えてくれたのは旧友といってよいのかは微妙なところだが付き合いの長いケインという名のドラゴンだった。六メートルの高さから声が響いてくる。


「よう。王子の帰還、だな。歓迎するぜ」


その姿は創造主の意向によって洗練され、スマートな外観にまとめられた恐竜を思わせた。畳んでいる翼は広げると十五メートル近くある。彼はドラゴン族におけるスタンダードな種族、二本足で立つタイプのドラゴンである。


「はは。前よりでかくなってないか?」


「まだ成長期なんだ」


このタイプは元の知能が高く、極太の尾の攻撃力と口から吐く火炎、気功波は絶大な威力を誇る。

ケインはちらりとリヒトを見やる。


「そこのエルフは?」


「国連職員のリヒト。臨時の相棒のようなもんだな」


「お目付け役か…… 最長老は知ってるんだろうな?」


「そのはずだ。……ストラトスは?」


てっきりここで待ち受けていると思っていたのだ。


「怪物が現れてからずっとそいつについて調べてるようだな。……あとで来るとは聞いているが、どうだか。あの人、気分屋だから」


「実際のところうまくいってるのかね、ここで」


「つかず離れずというやつだ。向こうも心をひらいてくれてるわけじゃない。難しいさ」


遥か昔、この世界の魔法使いにはドラゴン狩りを生業とする連中が少なくなかった。肉がたいへんに美味であることと滋養強壮に優れるという評判により高値で売れたからである。とりわけ賢者にとっては“法力増強”の効能あらたかと信じられていた。現在でもその血は、生き血であれば不老長寿の効果ありとされている。


ドラゴン族の祖先たちはそうした敵への対抗策として知能を高め、彼らなりの法力を高めてきたという歴史がある。人間族の定説では、魔法使いの魔力は魂に宿りそこから発生する、ということになっているが、物理的には生体エネルギーがその源になっている。


ドラゴン族は自分たちの特徴である“生体エネルギーの途方もない大きさ”に着眼し、ここを鍛え上げれば人間族の魔法力に対抗できうると考え、実行する。そして身に付けたのが防御力である。


実のところそのヒントを与えたのは人間だった。いま持って誰であったかは不明だがその人物はこう教えたのだ。

「魔法力はべつに魔法なしにでも防げる」と。

その通りだった。


むろん、対抗できるだけの潜在力を備えていなければならないという前提があるものの、鍛え上げれば攻撃魔法を弾き返すことができる。たとえ賢者の攻撃魔法であれ、消滅魔法であれ。


一方で蓄積された憎しみ、憎悪まではどうにもならなかった。血族を殺されてきたのだ、彼らは。


そんな彼らにとってデュカスは不思議な存在だった。領地を譲ってくれたダムドの末裔ということとは関係なしに、一部とはいえすんなりとデュカスを受け入れる者がいる。


フェリル住人との共生は理性で認めていても、感情では人間族とのあいだに強固な壁を作っている者が多数を占めるドラゴン社会において、デュカスはかなり特殊な存在だった。


ケインはかつてこの点を最長老に尋ねたことがある。自問しても答えが出なかったからだ。ドルスはこう答えた。


「我らのDNAにこの世界の支配者である賢者会への対抗、というのが刻まれているように……あやつにも運命として刻まれているからだと私は思っている。根源の部分で共通の敵を抱いていると。……ゆえにつらい人生となろう、デュカスには。いにしえの時代に我らに手を差し伸べた人間族がいたように……今度は我らが手を差し伸べる時が来るやもしれん」


ケインはこのとき、内心では(そうですかね?)と思ったのだが口には出さなかった。自身を振り返るとデュカスとの関係のなかに何ら利得のようなものはなかったからだ。


「これからもよろしく」


「ああ。行こう、最長老がお待ちだ」


最長老ドルスが体を横たえる部屋は洞窟の内部を切りひらきドーム型の部屋を構築している。内装は殆どなく全体的に岩肌むき出しである。


これは要望が上がるその都度にフェリル政府が協力して改築を繰り返してきたものだ。掘削に関しては軍人による攻撃魔法が使われ、細部の仕上げは修復系魔法士によるものである。


テニスコート八面ほどの広さがあり、彼らは高さ六~八メートルくらいあるので天井の高さもゆとりを持たせて二○メートル近い。一方、部屋の端にはストラトスが設置したモニターなどのAV機器や彼用の家具が見える。ここに棲んでいるわけではないがよく滞在しているということだろう。


待っていたのは最長老だけではなかった。四つ足タイプと人型タイプの種族もこの場にいた。

ふたりともナチュラルボーンの戦闘種だ。黒を基調とし、全体的にとげとげしい凶悪な外観をしている。


「あれ。久しぶりミゲイル、マックス」


「帰って来たっていうから顔見とこうと思ってな」とマックス。


彼は人型タイプで最小限の翼と尾を持ち、人間と同じ格闘術が使える。


「俺たちはお前が戦いに来たって聞くだけで体がうずうずするのよ。じっとしてられない。許可があれば俺たちが出向きたいところだ。フェリルに来てれば問答無用で出てるぜ」


そう言うミゲイルは四つ足タイプで体の倍ある鎧のような大翼と長い尾を持ち、それ自体が強力な武器である。


どちらも戦闘力はずば抜けているが歳若く役職にはない。それぞれの属する種族に長老がおり、年功序列の社会のなかで彼らはストレスを溜め込みがちだった。


「人間族の問題だからね。そのセリフ賢者会に聞かせたいね」


「汚いな、やつらは。こういう時に戦わずして何が最高権力機関かね」とミゲイル。


デュカスは体を横にずらし、でかい図体の奥に構える老ドラゴンに声をかける。


「どうも最長老。師匠がお世話に……」


その声はすぐさまさえぎられた。

「そういうのはよい。……どうだ、あの怪物は倒せそうか?」


齢二○○を越えると云われる最長老ドルス。遠目から老齢はよくわからない。目を凝らして見て、頭部のしわが目立つくらいである。ケインと同じく体を青黒いうろこで覆われていて、このうろこが角度によっては光沢を放つのでどこかしら神々しく感じられる。彼には動物界の賢者と呼ばれるにふさわしい威厳と圧力があった。


「打開策が見つからないと難しいです」


「あの外観はいかにも我らの血が使われているようで気分がわるい」


「まああれは単に外観だけかもしれませんし」


ドルスは千里眼が使えるので怪物カイオンの姿はもちろんデュカスとの戦いも彼は目にしている。


「それはそれとして気になることがあってな……」


「はい」


「魔法界というもののいずれにもドラゴンが存在する、というのは周知のことだが、世界の境界を越えて意識のネットワークが繋がっているのは知っているか?」


「聞いたことはあります。リーダー同志でテレパスのように交信ができると」


元をたどればその能力が知能の発達に大きく寄与したとされている。


「そこまで明確な交信ではない……例えるなら明瞭な夢、のような感覚で一応の交流ができる。

……で、いくつかの世界のドラゴン族のあいだでな……奇妙なことに、お前の名が広まっているのだ。私は秘匿すべき事柄だと思っておるからお前のことに触れたことはない……なぜなのか、思いあたることはないか?」




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