悪役令嬢は人工琥珀を作りたい

私が剣の稽古をするヴォルグ様を描いている間、私とヴォルグ様は一言も話さなかった。

というか描いていたらいつの間にかかなりの時間が経っていたようで、私がヴォルグ様を書き終えた時にはリエン様とお父様が私を呼びに戻ってきていた。

帰りの馬車に乗り込む時、ヴォルグ様は見送りには来てはくれたものの、外方を向かれてしまった。稽古の邪魔をしてしまったからだろうか。ごめんよ。




帰り道に通った森の木々が樹液でキラキラとしていて綺麗だった。私はそれを見て琥珀のことを思い出した。この国ではまだ琥珀は主流ではなさそうだし、ハンナのメイド服計画のスカーフを留めるオリジナルブローチにはうってつけかもしれない。

琥珀は樹液が地面に落ち、土の中で長い年月を経て石化したものだ。

私は成長促進魔法を使えば人工的に琥珀が作れるのではないかと思いついたのである。

成長促進魔法は庭師さんがよく使っていたためある程度は知っているのですぐに使うことはできると思うが、私は魔法初心者だ。そこで私は念には念を入れて魔法の教科書を読んでからにしようと思い、自宅の図書室から魔導教本を数冊借りてきている。

魔法の教科書は魔導書かと思いきや魔導教本だった。

魔導教本は文字通り教本で、前世で学校で使ったような数学の教科書や参考書のように魔法の使い方や効果、応用が書かれているものだ。

対して魔導書は名前の通り書物ではあるが魔道具で、一般には出回っておらず、遺跡や迷宮でたまに発見されるくらいのもののため、魔導士の中では魔導書を持つことがステータスとなっているらしい。

私は魔導教本を開くと成長関係の魔法のページを探した。

成長関係の魔法は基礎中の基礎のようで序盤のページにあった。

どうやら成長促進魔法は植物限定でしか成長促進の効果はないようで、人間やそれ以外の動物にかける場合はゲームでいう強化バフのような効果になるらしい。

庭師さん達は無詠唱で使っていたが、一応ちゃんとした詠唱文があるようだ。



「ぱにゃにゃんだー」



ぱにゃにゃんだー。うん。ぱにゃにゃんだー。

私の見間違いではない。ローゼンシュヴァリエ王国の公用語のローズ語で書いてはあるがたしかにぱにゃにゃんだーと書いてある。

ちなみに自分にかける場合の詠唱文は“ぱにゃにゃん”だと書いてあった。

完全にラオス語である。

日本語に直すと“ぱにゃにゃんだー”はがんばれ、“ぱにゃにゃん”はがんばるだ。

たしかに成長促進魔法らしい意味合いではあるがもう少しかっこいいものにならなかったのだろうか。

まだ基礎魔法だから良いとして上級の攻撃魔法はもっとかっこよくファンタジーなものであることを期待しておこう。

私は練習がてら部屋の観葉植物に成長促進魔法をかけてみることにした。

教本によると対象に手をかざして詠唱する事で発動するとのことだ。魔法の扱いになれると詠唱も手をかざすのも必要なくなるらしい。

私は魔法初心者のため教本の通りにやることにする。



「ぱ、ぱにゃにゃんだー」



私が試しに詠唱してみると観葉植物が小刻みに揺れ、バキバキと音を立てながら急成長し、ほっそりした観葉植物らしい木から幹が太くなり、枝が伸び、森にありそうな立派な背の低い木に変わった。

天井が高い家でよかった。



「お嬢様?!」



音に驚いてかハンナと護衛の人が勢いよく扉を開けた。



「あ、えーと、その…成長促進魔法がここまで効くとは思わなくて…」



ハンナ達は私が怪我をしていないのを確認するとすぐに元観葉植物を庭に運び出すようにと冷静に指示を伝達していった。

元観葉植物を運び出すために人が集まり、さあ運び出すぞというときに誰かがぶつけてしまったのか太い枝が一本折れた。

ハンナが慌てて箒とちりとりを持ってきて木屑を片付けようとするが、折れた根元から木屑の上に向かってなにやら黄色い液体が垂れてきていた。



「待って。折れたところから出てる液体が欲しいの」



私は棚からガラスの花瓶を取ると木の折れたところから染み出す樹液を溜めた。

この木の樹液は蜜のようにゆるい液体で量もかなり多く出るようだ。花瓶が満杯になりそうなときに誰かが気をきかせて木に布を巻いて樹液を止めた。

ごめん、顔と名前と役職覚えてなくて。


元観葉植物の木が運び出され、部屋には私だけが残ると、私は再び机に向かった。

樹液入り花瓶は教本の隣に置き、教本の続きを読む。

成長促進魔法が成功したのでその応用が知りたいのだ。

応用には回復や変形があった。

変形は文字通り物を変形させるもので植物や物にしか効果がないが硬い石や金属なども簡単に変形させることができる便利な応用魔法だった。動物に効果があれば歳をとって曲がった腰を直したり女性のO脚を直したりと役に立つと思ったのだが残念だ。

変形は応用のため、詠唱文が無く、考えるな感じろというような解説が書かれていた。

変形の関連に錬金空間作成の魔法についてが書かれていた。これを覚えると空中で変形ができるようになるらしく、変形させる物の全体を見ることができて便利とのことだ。

便利ならば是非使ってみたいと思い、私は錬金空間作成の魔法のページを開いた。

錬金空間は錬金術に使う器具を使わなくても錬金術を使うことができる空間で固体液体気体の全てを完全に閉じ込めることができる空間だという。

これを使えば憧れの、手のひらの上に何かを生み出す魔法が使えるというわけだ。



「悠久なる時よ今ここにひとときの美しき歪みを与え給え」



透明な膜が空中に現れた。

私はこういうものを待っていたのだよ。いや、でも今ここに以降が少しダサい。

変形はまだ試していないが、成長促進魔法も錬金空間作成も難なくできたため人工琥珀が作れそうな気がしてきた。

琥珀が作れたら変形で整形してみよう。

私は花瓶に入った樹液を少し錬金空間に注いだ。



「ぱにゃにゃんだー!」



すると錬金空間に注がれた樹液が固まりだした。

樹液が完全に硬化したのを確かめると私は変形させようと試みる。

教本曰く、物体と会話することができれば粘土のように自由に形を変えることができるようになるという。全くわからん。

私は一旦錬金空間から硬化した樹液を取り出すと触ったり叩いたりしてみた。

大きさはアーモンドの粒より一回り二回り大きいくらいで琥珀色をしていて硬い。人工琥珀はちゃんと作れているようだ。

どうやって琥珀コレと会話しろっていうんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宮廷画家は悪役令嬢 鉛野謐木 @GifT_undeR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ