第10話 ムーンウルフVS

 登っている最中に、キメラの雄叫びが崖を揺らして私は物凄く驚くというのを数回繰り返した。

 途中手助けがしたくて引き返そうと思ったが、足を引っ張るだけだと自分に言い聞かせて登った。一度南無阿弥陀仏と唱えて崖を上るだけの単純作業で、昇天しそうになったり。

 そんな事をやりながら、なんとかたどり着いた頂上。未だキメラの雄叫びは絶えず。この場だけでなく、森一体を巻き込んだ最悪な雰囲気。

 こんなに切羽詰まった状況は初めてかもしれない。


「やっぱり、のろまじゃないですか」


 こんな状況で笑っていないでくださいよ!

《クレル》は少し高いところに登って、私を見下ろすようにした。そんなに余裕があるのなら、少しくらい応援の言葉をかけてくれたっていいのに。なんて、屁理屈を考えている暇もないことに気づいた。


 まぁ、とりあえず休憩がしたい。はぁー。ガチで疲れたし、怖かったよ。崖上りで命綱なしはきついって。


「今…どんな、感じ?」

「……今、ねぇ。どうなんだろ」


《クレル》が少し間を開けて行ったことに不安を覚え、私はさっきの疲れも忘れ急いで《クレル》と同じ高さの所まで駆け上がった。

 崖から見下ろしてみると、先程私たちがいた所付近が炎の海になっていた。


 グレン達はどこにいるのだろうか。既に倒されて街の方にキメラは進んでいないだろうか。


「ほら、あそこだよ。やっぱりボクは天才だね!」


 呑気な事言ってたら、ここから落として泉にぶち込んでやる。

 

 泉に…………?


 そう言えば、《クレル》って水属性みたいなものでしょ?だったら、キメラが倒せるんじゃない?

 ふぁー!やっぱり私の方が天才だったんだよぉー!

 馬鹿め。こんなことに気づけんとわな!ふはははは!


「《クレル》が泉に入って、大きくなってキメラを取り込めばいいじゃん」


 その場は、沈黙の海に取り憑かれた。まぁ、喋れる人は2人なんですけどね。あはは。

 いい案だと思うけどなぁ。


「出来るけど、やだね。これは、種族の争いだから、他族のボクらが手出しは出来ないんだ。まぁ、やばそうだったら流石に行くけど」


 そんなルールがあるんだ。モンスター界も大変そうだなぁ。

 てか、そしたら助けに行けないじゃん!どうするのさ。見ていろってか?

 てかてか、キメラもほかの種族じゃないか!


「キメラはどうなるのさ!?」

「キメラは、ゴブリンの召喚士が召喚したから認められるんだ」


 そしたら、グレン達が不利になるじゃないか!

 そんなの不利だ……。


「不利ではないかな。だって、召喚士は一日に一体の召喚が可能なだけだから」


 心が読まれているかのように、《クレル》が説明してくれた。


てかてか、一日一回だからってあんなに強いモンスターを出す必要はあるわけ!?


「…まそんなに使える訳では無いのね」


 サラッと流したけど、それなら安心って言う訳でもない。

 キメラは、どんどん森を燃やしていく。

 人の地を勝手に燃やしやがって!

 眺めているだけなんて、こっちの方が心を燃やしてやりたいわ!

 てか、こんな所に伝説級のモンスターがいていいのかよ!?ここから街までどのくらいかは知らないけど、意外と近いんじゃないの?


「ありゃー。今昼だから、ムーンウルフの方が押されてるかなぁ~。でも、だいたい互角だ」

「なんか、能力とか使うの?」

 

 互角ってことは、それなりの能力があるのだろうか。


「有りますよ。氷使いのムーンウルフとか呼ばれてますからね」


 ほぉ~。氷使いとか、なんか格好いい。

 氷って響きがなんか好きだわぁー。


 って、違う違う。そうじゃないって。そんなこと言ってたら、勝ってきたグレンに怒れちゃうよ。


「氷の能力か~。勝てるかな」


 《クレル》が更に不安になるようなことを言った。私が家なんて頼まなければ良かったんだ……

 マイナス思考にこんな状況だとなってしまう。

 

 深呼吸だ、深呼吸。


 これは、私の母の教え。焦っていると、もっと酷くなってしまうから1度深呼吸をして落ち着いて、周りの状況を見極めて行けば必ず物事は上手くいく、と。

 先に旅立った私が唯一、母の物を持ってこれた。


「グレンなら勝てるよ!」


 隣に居る《クレル》は、私を見上げるように見てくる。私は《クレル》を見ずに、下で戦っているグレンを眺める。こんな所で見つめあってる暇なんてないし。

 観戦するだけじゃ、納得は行かないけどこれが弱肉強食の世界だ。種族の争いごとに人間族の私が首を突っ込んじゃダメなんだ。そうゆうしきたりであって、そうゆうルールなのだから。

 シルは今にも飛び降りてしまいそうだ。けど、シルはどの道足に怪我を負っているので、戦いに行っても足でまといになってしまう。それを分かってシルは、思いとどまっているのだろう。

私だって今すぐにでも飛び出して、家を作ろうとしたことを謝罪したい。このキメラの炎でどれだけの儚い命が失われるのだろう。そんな責任を種族の争い事で片付けて良いものだろうか。


「グレンーーー!」


 叫んでも届かないほど遠く離れている。何故か、目からは涙が零れ落ちてくる。

 負けて欲しくない。手助けをしてあげられない悔しさ。もう、誰も失いたくない。私の妹のように。


 置いていかれた、母の悲しみ。

 色々と感情が入り交じってくる。私の心はこれ以上のメモリーがないほど、いっぱいいっぱいだった。


「グレンさーーーーん!」


 《クレル》も、甲高い声で叫んだ。だが、ここからじゃ聞こえないようだ。

 せめて、応援だけでもしたかったのかもしれない。そして、今すぐにでも飛び出したい気持ちを何かしらの形で表したかったのかもしれない。


「クゥーーン!!!」


 一番響いたのはシルの声かもしれない。この中で一番身近にグレンのそばにいたからだ。

 

 それだけ大切な存在。それだけ失いたくない存在なんだね、シル。


 でも、ここに来る前に約束してたでしょ?「俺の活躍を見ていてくれ」って。これは勝てる自信があるから言えるんだよ。


 今回はただ、神に祈っているしかできない。


「頑張ってください……」

 

 既に泣いていて声が、さくて震えて、掠れた声で囁いた。


──グワァァァァッ!


 グレン! 

 グレンの声だと思い急いで、断崖絶壁の所から見下ろす。すると、グレンが腕をキメラの背後から振り下ろしていた。

 グレンの拳はキメラの獅子の頭に直撃した。獅子は倒れるが、尾の蛇がグレンに噛み付いた。


「時期に蛇も倒れる。心配はないよ、くるさん」


 もう時期倒れるからって、噛み付かれて怪我をおったことには変わりないんだから。だからと言ってずっと落ち込んでいる訳にも行かない。

キメラが轟音を立てながら、巨大を地面に叩きつけた。


そう。その行動はグレン達の勝利を表しているものだった。


 はぁー。やっと終わった感じかな?

 

 業火の化身。キメラは、ゴブリンの召喚士の目の前に倒れ付す。ゴブリンはあっけらかんとした表情で膝が震えている。

 キメラは自身の火によって、見えなくなった。その姿は、あまりにも醜かった。私が見てきたもので一番醜く、一番憎い存在となった。

 私やグレンの仲間達は、それを潤った目で見ている。これは種族の戦い。手出しはしてはならない。自然に勝敗が決まって、勝手に決着がついてしまう。


 いつの間にか、太陽が傾いていた。どんだけ長かったんだ。そして、この処理は誰がやると思っているんだ。

 

 キメラが燃やした森の火は、どんどん広がっていくのであった。風に吹かれて飛んでいく火の粉。

 

 こんなのもこの世界にあるんだな。そう思わされた。安心な事ばかりではない。


傾いてきた太陽を数秒眺めていると、何故か不意に我に返った。


今するべきことはなんだ?ここから見下ろすことか?それとも、ここで泣き崩れることか?違う、全て違う。


「グレンのところに行かなきゃ!手当手当!」

「急ぐぞー!」


「クゥーーン!」


 シルは泉に飛び込んだ。この高さから飛び降りるだなんて、どれだけ無くしたくない人なんだ。なんか泣ける。

 そして、それに釣られて《クレル》も泉に飛び込んだ。


「《クレル》までぇぇぇ!?」

「心配しないでぇぇ!くるさんも飛び込むぅぅゥ!」


 ひぇぇぇぇぇえ!無理だよ。分かる?高所恐怖症なんですよ?こんなところから飛び降りたら死んじゃうよ。

 《クレル》が、泉に着地した時には私の体は宙に浮いていた。それと同時進行で、《クレル》の体が大きく膨張していく。


 そうだった。こいつの体が、クッションになるんだ。


「ヒャッフゥゥゥッ!」


 私は怖さによるものなのか、奇声を上げながら《クレル》のぽよぽよした体に受け止められる。


「こ、怖かったぁぁぁぁ……」


 《クレル》の上から眺める森全体は、森と言っていいのかわからないほどに荒れていた。

 こんなに荒らすなんて。こんなにこの神秘的な森を荒らすモンスターを召喚するなんて。

 ゴブリン許すまじ。


「《雨水よ 槍のように 火を打ち消すように 降り注げ》」

 

 《クレル》が唱えた呪文により赤かった森が、焦げた色に変わった。

 雨がまだ振り続ける。雨の粒が夕日に反射して、綺麗に光る。

 終戦みたいな感じにはぴったりの終わり方だ。


「さて、この処理はどうしますか?」

「それは必要ないよ。神様がやってくれるから」


 そういった《クレル》の言っている意味がよくわからなかった。それは直ぐにわかって、私は驚いた。

 

 キメラの死体を中心とした、ツルが伸びていく。

 森が瞬く間に、復元されて行った。


「ドライアド様のおかげだな」


 傷ついた、グレンがよろよろと立ち上がって言った。


「ドライアドって?」


「ドライアド様は、世界樹に宿っている神様だよ」


その神様とやらは、この世界の自然を司る神であり、今となっては神聖なるこの国のシンボルとして称されているらしい。

 ここにはいろんな神様がいるんだと。その神様達が、この世界の平穏を保っているのだと。


 素晴らしい世界だ。


 先程の火の海の暑い風とは打って変わって、そよ風が吹いた。この街で生きていくんだと、この森で生きていくのだと。そう思うと、物凄くわくわくしてきた。


 けど、楽しさの裏には大変な事もあるから。

 胸張ってゼウスに、魔王を倒してきたよ、と報告できるようにしておきたい。


 さて、色々と頑張って生きますよ!

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