[(extra)オコジョ] トイレの個室にマンホール <中>
あれは私がお受験を控え、勉強疲れから少しオカしくなっていた頃のお話。
フレンズがお受験? と思うかもしれませんが、私の住まうパークは街が栄え、人とアニマルガールがともに暮らしているんです。
して、私 "オコジョ" はパークのジャパリ女学園への受験を控えていたわけです。
・・・正直、当時あまりいい思い出ないけど。
話を戻しますね。
クリスマスが過ぎ、年を越して間もない日のこと。この日、私はお出かけに誘われたんです。
お相手はキタキツネさんとサーバルさん。
私にお詫びがしたいとのこと。
・・・と言うのもこの二人、前にクリスマスパーティ目的に家へ押し入ってきたことがある。
でもパーティどころか、その日も勉強づけだった私。とうとう集中の線が千切れ...
結局パーティしちゃった。ヤケで
まあ今だから言うと、本当は感謝している。ああして皆で騒ぐのも悪くないなって
ちょっぴりキレちゃったけども。
雪が積もる天気のいい朝。私は白いポシェットを下げ、待ち合わせ場所を目指す。
日差しが雪に反射し、景色や空気はギラギラしていた。
角を左に行くと、20mほど先にサーバルさんの姿が見えた。まだこちらに気づいてないようだった。
その様子に私の中でイタズラ心が芽生え、体制を低く道端に沿ってそろりと向かう──
「わっ オコジョちゃんいつの間にっ!?」
ある程度近づいた辺りで、やっとサーバルさんが気づく。真っ白な景色に溶け込んで分からなかったらしい。してやったり
ふと目線を前へ上げる。すると除雪で積まれた雪の山と、その斜面に何か変なものが
「・・・あれは、何してるんですの」
キタキツネさんの足だった。
なぜか頭からぶっ刺さり、はしたないことにパンツも見えている。
私の声が聞こえたらしく、彼女はとっさに「ぷはっ」と頭を抜く。
「いつ来たのよ、恥ずかしいとこ見られちゃったわ...」
ぶるぶる雪を払ってキタキツネさんが降りてくる。「菜々を驚かす練習してた」とのこと。照れ隠しか??
二人はクリスマスの件をやんわり謝る。私は「もう過ぎたことですし、いいですわ」と口をへの字に答える。
どこかムズ痒い気分でした
私こそ照れ隠し、だったのかも。
まず初詣へ向かった。お二人もまだお参りは済ませていなかったそうで。
着物ではなく、普段通りの格好。
がやがやと混んでて賑やかだった。
「ところで、二人は何をお願いしたので?」
神社のお参りやおみくじを終え、私は何となく気になって尋ねる。
キタキツネさんは言った。
「今年は肉まんも含め、美味しいモノ漁りをしたいと思ってるのよね」
喰らいつくす・・・そう小声でも聞こえた。
この娘、ヤケパーティでもそうだけど、ずいぶん食い意地が張っているようだ。
一方のサーバルさんは──
「...ちょっとごめん、私は内緒っ」
教えてくれなかった。少し浮かない顔のようにも見えた。
でも彼女には彼女の考えがあると思い、しつこくは聞かないでおくことにした。
ちなみに、私はもちろん
「女学園を合格できますように」。
それから3人でデパートへ行くことになり、そのレストランでお昼を済ませる。
スパゲティを食べた。美味しかった。
その後、1階から3階まで各フロアを網羅。映画やゲームコーナー、おやつ食べ歩き。くつ屋さん、きれいな石を売るお店。
中でもゲームコーナーのエアホッケー、これが私にとってドはまりでした。
「わー オコジョちゃん落ち着いてっ!!」
「もう一度付き合いな、次は負けねーし!」
わたくし下手っぴだったけど。
いつの間に買ったのやら、キタキツネさんは白タイ焼きを咥えつつ私をなだめてくる。
「台叩いひゃダメらわよ~」
外出して改めて分かった。然るべき時こそ、思いっきりハメを外すべき。
これは言いワケとかではなく、精神がダメになれば本末転倒ですから。
有意義な時間だった。
だがこれより私は、自分の運命において重大な選択を迫られることになる。
フロアを巡り終え、夕方すぎた頃。
そろそろ1階で買い物してから帰ろうって流れになり、その前にまず私はお手洗いへ行くことに。
お二人はカラフルチョコの
「はやく戻り...なはいよー」
アイスの冷たさに悶えながらキタキツネさんが言う。
一方のサーバルさんは、どこか浮かない顔をしているようだった。はて?
トイレはピンク色の壁に、薄明るい白照明が3つ。清潔な空間と思うなか、心なしかデパート内の音が遠くなったように感じる。
前方の右側に白扉の個室が4つ。手前から2番目は使用中だった。
早歩きで私は奥の個室に入る。
手前の近い方に入らなかった理由は、すぐ隣に誰かいるのが何となくイヤだったから。
毛皮[下着]を素早くズラし、ポシェットを汚さないように腰かける。
(やっべ、ぐぐ 腹いてぇー...)
実は5分ほど前から我慢してた。おやつのアイスが悪かったらしく。
あと、今更ですが私オコジョは、気持ちに余裕がないと口調も乱暴になる。
少しして水を流す音と、直後に扉と遠ざかる足音。手前2番目にいた誰かがコトを済ませたのでしょう。
次の瞬間、足元で「ボボンッ」って振動と水の音がしだす。
素肌のお股ごしに、錆びた色のマンホールが見えた。ちょうど足を置く場所にあって今気づいた
して、違和感を覚えた。この場に似つかわしくないというか。デパートのトイレだし。
お腹が痛い。さすりながら縮こまっていると、ふいに明日からやるべき事が頭によぎりだす。
また勉強づけ、そんな日々...。
泣けてくるまである
──と、その時だった。
「なんだ この声・・・?」
笑い声がどこかからする。不思議なことに、日常の音域とどこか違う感じだった。
小さな子供のカン高い歓声、時折それに混じった話し声 (内容までは分からない)。
個室の外やフロアの方ではなく、もっと近いところ。
分かってしまった
足下のマンホールから、だった。
「・・・そういえば」先ほどキタキツネさんと二人になった際、こんな話を聞いた。
『ねぇオコジョ。このデパートね、過去に近くで土砂くずれがあって、下の階が沈んでしまったそうなの。
それで、何の拍子にかは分からないけど、その地下へ行けちゃうことがあるのよ』
今、地下などない。建て直されて
けどキタキツネさん自身が、そのあり得ないはずの地下に迷い込んだのだという。
何があったかは聞きそびれた。
しかも見つけたらラッキーなのか、あるいはヤバいのかそれすら分からない
笑い声が近づいている。
なぜか頭もボーっとする。眠たい
私が感じているのは <恐怖> ではなかった
☆
かつて私が元種だった頃のことです。
寒い森に、とある "胴なが白イタチ" が暮らしておりました。
この子は冬にエサが取れず、気温の
辛かった。苦しかった。
アニマルガールになる前のことなのに、そういった過去だけは覚えてやがる。
白イタチは雪の中を走り、命からがら吹雪はやり過ごせる場所にたどり着きます。
とある家のヤネ裏だった。
(白イタチは気づいていなかったが)
目先に下り階段が見えた。板でフタされ、隙間から光が漏れていた。
けど、もう身体が動かない
胴ながイタチは、気を失いました。
一日ほど経ってからのこと。
例の階段から "たんたたん" と複数の足音が聞こえ、警戒のため目が覚めた。
誰か上ってくるらしい
けれど白イタチは衰弱で身体が動かず、黙ってそれを待つしかなかった。
フタが静かに開く。
すると顔を覗かせたのはヒトの子供だった。二人の男の子。たぶん兄弟。
『あそこ! 白くて長い・・・何かいるっ』
私のことだろう。
結果から言います。
胴なが白イタチは手厚いお世話を受け、元気になった。
二人は自分のお家のヤネ裏をひみつきちにしていたらしく、偶然にも長イタチを発見。お友達になった
本来イタチは人に懐かない。けども仲良くできた。ひどく衰弱してたからか、はたまた個体によるのか
──そんな記憶がある。
素敵なことに私の記憶力は、人との温かい関わりについても取り留めてくれたらしい。
ですが結局のところ、出会った二人の名前は最後まで分かりませんでした。どう別れたかも思い出せない。
┈┈今日ヤキ鳥だったの。食べるかな??
┈┈良かった、食べてる!おいしい?
┈┈すっかり元気になったね、良かったぁ
┈┈また明日も遊ぼーねっ!!
┈─ 私に向けた声と言葉がよみがえる。
そう、マンホールからする幼い声は、まさにあの時のそれだった。
今私が感じているのは <恐怖> ではない
白くて甘い <懐かしさ>。
私は思った。
足元のマンホールを開ければ、あり得ないはずの地下へ行け、何もかも楽にれなるんじゃないだろうか
ふっと頭が空っぽになった。
フタから足を退けようとお股を開く
が、脱いだ下着が両足首に絡んでて失敗。
イラつく
──と、次の瞬間だった。
「オコジョちゃんっ!」
心臓が飛び出そうになった。
サーバルさんの声と、同時にノックの激しい連打音。
「全然戻ってこないから、ヤバいかもと思って様子見に来たのだけど」
キタキツネさんも来ている。
お二人の声が聞こえた際、私の何かが醒めた。さっきまでの判断がひどく疑わしく思えた。
──何もかもが楽に?
──マンホールから響く幼い二人の声?
念のため、今の状況をお二人に説明した (もちろんまだ戸は開けず)。
トイレの個室 マンホール 聞こえる声。
下へ行きたい 等。
もちろん、それに対し返って来たのは納得や同意などではなかった。
「マンホールは開けちゃダメっ!! おトイレが済んだら、ソレに足を置いたまま出てきてっ
これからも私たちがついてるから」
寄り添う、サーバルさんの声。
「まだ下へ行きたいとか考えているんなら、ドア飛び越えてでもアンタを止める。
いい? その先に、ロクなものはない」
行かせまい、キタキツネさんの声。
私は先ほどまで、現実から逃げて楽になっちゃいたいと考えていた
だって、辛いんですもの。
だけど強く引き止めてくれる方がいる。揺らいじゃった。
もうお腹の痛みも退いていた。
私もコトを済ませ、もう少し頑張ってみることにした。お二人に従い、トイレの個室を出る。
さよなら 私のふるいおもいで。
のちに分かった事ですが──
常に <辛い気持ち> が続いていると、別のナニかや場所に遭遇しやすいのだという。
精神が、この世の "境目" へ寄るから。
あれから日を置き、また二人と会話の機会が取れた。今回は飼育員の菜々さまのお家にて、お茶の席に招待してもらったんです。
「ごめんね、ちょっと明日のお仕事で足りない物があってさ、私は買い物行かなきゃ。
三人で遠慮なくゆっくりしててね」
菜々さまは、私オコジョと入れ替わりになる形で出かけてしまった。
3人でいる間、頃合いを見て口を開く。
「あれから少々気になっていたのですが、サーバルさん」
「んっ な~に??」大きな耳をピンと立て、彼女はこっちに振り向く。
「デパートの件ですが、サーバルさんはあそこについて何か知っていたので?」
彼女の指示は、今思えば妙に的確だった。
まあ私も長い時間トイレに籠ってたらしく、心配で様子を見に来るって行動までは分かる...。
けど、サーバルさんは首を横に振る。
「ううん知らなかった。私あそこ使ったことなかったし。それとほんとは、私も地下を見つけたい側なのっ」
「・・・アンタ、前わたし言ったわよね。あの場所すごくヤバいのよ!?」
キタキツネさんが呆れている。
彼女が地下から無事に帰れたのは、ある出会いがあったからだという。
サーバルさんも多分それ目的でしょう。
と、ここで一つ疑問に思った。
ならばサーバルさんも、マンホールを開けたい側だったのでは。
すると彼女は「もう、大丈夫かな」と小さく呟き、"ある物" を差し出す。
思わず私は息をのんだ。
それは細く畳まれた、小さな紙。
「これ、おみくじだわよね」
キタキツネさんが怪訝そうに言う。
三人で初詣へ行った際に引いたもの。表記されていたのは "大凶"。
「私ね、コレ引いて中身開いたとき、変な寒気がしたのっ。
と言うか、もう見て分かると思うけど・・・」
まず、かいつまんで内容を述べると──
"自分の見ていないところで、大切な者が不幸に遭い、それこそが貴方の大凶"
──というものだった。
確かにあの状況と酷似してる。
サーバルさんが時々浮かない顔してたのも、ソレの不吉さと警戒心からとのこと。
しかし、先ほど私が息をのんだのは大凶の内容に対して、ではなかった。
見せられた紙の "状態"
茶色く 焼け焦げていたのです。
なんと、私のトイレを待っている間にこうなっていたのだと言う。
「アイス食べていると、急にソワソワしたの。まさかと思って尻ポケットから出したら、こうなってたんだっ...」
サーバルさんが目線を落とす。
「とりあえず・・・サーバルのお尻もろとも焼けなくてよかったわね」
キタキツネさんが苦笑いで言う。ウケ狙いなのだろうけど、顔が引きつっていた。
「やめてよ怖いっ でも、確かに紙が熱いとかはなかったんだよね」
後になって思うけど、よく彼女も不吉を予感したものだ。正直、おみくじの内容とかアテにならないのに。
あるいは元動物なだけあって <危険> に対しては敏感なのかも。
「それにしても、なぜ急にあんな事が起きたのでしょう・・・」私は考え込む。
すると、テーブルにもたれて伸び~したままキタキツネさんが言った
「んなの考えてもキリないわよ。アニマルガールだって、なぜ存在して、どこから来る──とかハッキリ分かる?
何も得られず気持ち良くないことに答えを求めても、時間と体力の無駄だわよー」
「でもオコジョちゃんっていつも頑張ってたし、神様が不幸を避けさせてくれたのかもしれないねっ」
照れたようにサーバルさんも話す。どうも彼女はおみくじを不吉なものというより、魔除けに見ているらしい。
この娘たちの、こういう楽観的な部分が本当に羨ましい。
かたや私は勉強づけで、頭が凝り固まっていたのかも。フレンズとしてこれ如何に。
難しい話はそろそろ──と思った辺りで、お二人も焦れたように口を開く。
「ねぇ~もう菜々も帰ってくるだろうし、パーティ始めちゃいましょ。今回は招待って形なんだし」
「そだね、とにかくオコジョちゃん合格おめでと!これで正しくお祝いできるねっ」
これからは、もう少し気持ちに余裕を持たせることにいたします。
ですが──
あれからふと考えることがある。
もしあの時、私がマンホールを開けていたらどうなっていたのだろう。
当時のわたくしは追い詰められ、精神がこの世と違う境目側へ寄っていた。
つたない予想ではありますが──
アッチ側というのは常に甘い餌をぶら下げ、此方を誘惑し狙っているのかもしれない。
次またお受験にも似た催しがあった際、白く甘い誘惑に勝てるか不安です。
どうか、貴方は打ち勝ってください。
祈っております
胴なが白イタチのアニマルガール
オコジョより。
けもの ノ くろかーたー @kurokata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。けもの ノの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます