第28話 元引きこもりは引きこもる②

 私、三雲茉莉は迷宮を攻略し、重力魔法の基礎を学んだ。

 昨日からずっと練習していたおかげで、重力魔法はほとんど完成した。

 才能なんて関係なく何でもできるこの世界は本当に素晴らしい……のかな?

 いや、才能がなくてもいいのは英雄召喚された人たちだけでした。

 私がどんどん強くなっていくのも英雄召喚の時の特典だったり……。

 そんなことないと嬉しいんだけど、十中八九特典だと思う。それ以外に理由が思いつかないし。


「それにしてもここ、快適だなぁ……」


 今私が居るのは迷宮の最下層の小さな部屋。まぁ宝部屋? 宝物庫? どっちが合ってるかな? よくわかんないけど。

 私はここに引きこもっている。今日はまだ二日目。可能ならばあと一ヶ月は居座りたい。食事は雪姫たちがもってきてくれるし、寝る場所だってある。私はここで魔法を練習するだけ。


「楽園じゃないか」


 楽園ユートピアはここに或ったんだ……!

 思わず涙ぐむ私。でも、このくらい迷宮でアランたちとはぐれてしまって一ヶ月は経過しているはずだ。そろそろ陽の光を浴びたい。いや、浴びなくても別に死にはしないんだけど……。


 ――そんなことよりも読書読書。

 私はこの部屋にある全ての本を読もうとしている。

 重力魔法について描いてある本、魔人族のことについて書いてある本、魔法陣の書き方など、様々なことが記されている。

 楽園ユートピアと言っても過言ではないだろう。と言うかまんまユートピアだわ。

 

 不意に私のある筈のない左腕が痛みだす。

 幻肢痛と言うやつだ。

 思わず私は右手で左の方のあたりを抑える。


「――っ! あーあ、本が閉じちゃった。さっきのページ探すの面倒だなぁ……」


 悔やんでも仕方ない。痛いものは痛いんだ。どうすることもできない。

 余裕ぶってたあの日の自分を殴り飛ばしてやりたい。時空間を自由に移動できる魔法を獲得できたら注意しておこう。


「それにしても、またさっき読んでたページ開くの面倒だよ……」


 そんなことをブツブツ言いながら私は読書を再開する。




 〜約三時間後〜 


 「んん〜〜〜……」


 私はあの分厚い本を読み終わった。【智慧者】を使用してもこのスピード。どれだけ分厚いんだよって。軽く三十センチはありそうだよ。ちなみにこれで三冊目。

 まだまだこの部屋には本が置いてある。

 ざっと20冊くらいかな?

 しかもことごとくが三十センチ超え……。

 面白くないものは本当に面白くないが、たまに当たりはある。

 魔法の威力を上げる方法や、魔力の効率の良い集め方なんかが書いてあったりする。

 

 本閉じちゃったし、またさっきのページ探すの面倒だし、気分転換に重力魔法の練習でもしようかな。


 私はつい先程まで読んでいた本をセッティングし、読んでいた本に書かれていたとおりに魔力を練る。

 すると、気のせいかもしれないが、魔力が集まるスピードが増した気がした。

 魔力を練る、と言っても、一秒にも満たない程の時間なので、あまり変わりはないかもしれないが、中級魔法を発動するときには素早く魔力を練られるようになるだけでもだいぶ変わってくるので、良い収穫だったと私は思う。


 私は本へと魔力を送り、真上に引っ張り上げるようなイメージで魔力を当てる。


 ――あがった。


 よし。

 このまま維持するようなイメージで魔力を送る。

  

 ――10秒……。


 ――20秒……。


 ――30秒。


 さすが私。こんなに維持できるようになるなんて……。練習したかいがあったよ。


 私は本を中に浮かせて維持させたまま、移動させる作業に入る。


 動かす、というよりは『スライドさせる』動作に近いと思う。私はゆっくり、恐る恐る本を動かしていく。


「――あっ……」 


 本が落ちてしまった。

 今のはなにが駄目だったんだろう。

 集中力は足りてたと思うし……。


 ――あっ、遅すぎたんだ。


 本を動かすスピードが遅すぎて落ちてしまったのか。

 たしかに、思い返してみれば私はさっき、ゆっくりと本を動かしていた気がする。


「難しいなぁ……」


 思わずそう呟いてしまう。

 難しいと思いながらも、わたしの心には『楽しい』という感情が同時に感じられた。

 表現しにくいこの気持ちは何なのだろう。凄くモヤモヤする。


 私はその後、少しずつ調整を加えながら重力魔法を習得しようとした。


 ――失敗、修正、チャレンジ、失敗、修正、チャレンジ……。


 何度も試した。

 しかし、何処かを修正するたびに他の何処かに修正が必要となり、なかなか成功しない。


 一度……一度だけ、成功すればあとは簡単なはずなんだけどね……。

 その一度が出来ない。『なに』が足りないのかがわからない。


 例えるならばせっかくスタート地点に立てたのに、走り始めることが出来ないような気持ちだと思う。


 ――いやそんなこと私の人生では一度もなかったんだけど……。


 このまま悩んでも埒が明かない。

 私は諦めて、読書を再開する。


「さっきのページを探すところからか……」


 嫌になる。何か挟むものを作りたい。今度モントにちょうどいいものがないか聞いてみようかな?



 何か良い方法は無いのか、という期待が少しあった。

『なにか』が私の重力魔法には足りない。その『なにか』が見つかれば、と思ったのだ。

 私は人間とは思えないほどの速度で本を読み進める。私が早いんじゃなくて、周りには早く見えるってことだよ。ちなみに、めくるスピードではなく、めくるペースが早いってこと。語彙力なくてごめんね。

 時々、重力魔法に着いて書かれているページがあるが、応用編ばかりで、なかなか『なにか』は見つからない。


 ――もしかしたら見落としているかもしれない……。


 そんな考えが頭をよぎるが、それだけはないと思いたい。願っている。


 私は、ユニークスキル【並列演算】で、二冊の本を同時に読み進めようとして――気づいた。左手がない。そう、無いのだ。無くなってしまったのだ。


 左手がないのって結構辛い。

 右手じゃなかっただけマシだと思いたい。

 モントは、


「魔術師は利き腕を失うと、魔力を上手く扱えなくなり魔術師として生きていけなくなってしまうんですよ」


 と言っていた。そう考えると、左腕一本で済んでよかったのかもしれないと思えてくる。

 もし私の危険予知が無かったら、発動しなかったら確実に死んでいたのだから、左腕一本ですんでよかったと思えてきた。更に自分は、恐怖心にとらわれなかったというのだから、わたしの心は結構強くなったのかもしれない。

 

 ――自分の思考が怖い。本当に私は三雲茉莉なのか……。


 私は寒気を覚えた。炎熱操作で、周囲(と言っても半径1メートルなのだが)の温度を少し上げる。本当に私なのか、って私大丈夫かな……。久しぶりに引きこもって頭がおかしくなっちゃったとか……? 脳みそが茹で上がっておかしくなったなんて洒落にならない。


 それだけは避けたい。

 せっかくこの迷宮を攻略できたのに、少し引きこもっただけで頭がパーになるなんて日本に帰ったら私はみんなの笑い者じゃないか。


 ――私、友達いないんだった。


 自分で思って悲しくなった。自ら自身の地雷を踏みに行ってしまうほどに私は疲れているのだろうか。

 そう思って私はこの世界に来てからの出来事を振り返る。


 まず転移させられた。それも強制的に。たしか召喚者は……クリフだ。キース・クリストフだっけ。


 しかも次の日には学園に送られた。強制的に。そこではアラン……えっと……。あぁ、思い出した。アラン・フォードだ。アランと出会った。ちなみに会話らしき会話はほとんどしていない。


 体力テストを行った。その時の水晶は今でも私は使用している。


 何日かして私は赤坂さん……赤坂花乃さんだっけ――日本からの転移者、まぁ先輩? に会い、【解析鑑定】で私の【持続力】、【忍耐力】について調べてもらった。


 そして実技の授業で迷宮へ行った。その迷宮で私は置いて行かれてしまい、一人になった。


 この迷宮ではいろんなスキルや魔法を獲得した。


 モントとも仲間になった。そしてまた私ははぐれた。つまり……一人になってしまった。


 雪姫と胡桃ちゃんも仲間になった。仲間と言うよりは妹に近いかもしれないと思った。


 そして武器を作った。紫陽花あじさいと夕焼けだ。


 そして雪姫たちとなんとかモントに再開できた。


 その後は、クラゲの魔物や蚯蚓の魔物、魔人族や機械人形。いろんなやつと戦闘した。


 更に、あまり思い出したくはないけど……黒光りするヤツ――Gもみた。その後気を失ってしまったんだけどね。


 そして最後に空間喰いとの最終決戦。


 ――そこで左腕を失った。


 それでもなんとか雪姫、胡桃ちゃん、そしてモントと協力して、空間喰いを倒すことが出来た。


 そして――迷宮ダンジョン攻略クリアした。


 なんとかここまで来ることが出来た。大変だった。



 ここまで考えて私は思った。


「散々じゃないですか!!」


 思うだけでは抑えきれずに叫んでしまった。失礼。


 でも、よく狂わなかった、と私は自分を褒めた。


 疲れるのも当然だ。むしろ今までこうならなかったのが異常なのだ。自分を異常っていう言葉で表すのって……うん……。


 ――思考停止。


 そしてまた読書を再開する。


 引きこもりは基本的に夜行性なのだ。

 今までがおかしかったのだ。今までまともな迷宮生活を送っていた私を褒めてほしい。誰かしら褒めてくれてもいいと思うんだけどなぁ……。



 ――引きこもりの夜は長いんだ。



 私は明かりの弱い薄暗い部屋で本を読み続けた。


 部屋には、ページをめくる音だけが静かに響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る