第38話 対峙

「ちょっと……」と、俺は男に情けない声をかける。

「ちょっと……お時間よろしいですか?」


 ……職務質問みたいになってしまっていた。


 男は俺の顔を見つめ、次にシーラに目をやった時に明らかに何かに気づいたような表情をした。


「あの時のガキじゃねぇか」

「ああそうだとも! この韋駄天のレオンハート様から逃げおおせるとはなかなかの俊足だと褒めてやる、この犯罪者!」


 威勢良く吠えかけるのは我らが探偵王にして自称の騎士団長だ。


「おい! シーラ……」

 下手に強気に出るのはマズい。相手をあまり刺激するのは得策ではない。


「さぁ! いますぐ自首するのだこの市民の敵! 聖刻騎士団団長のシーラ・レオンハート三世様がお前の腐りきった悪心を叩き切ってやろう!」


 ああもう! このコムスメはまた自分に酔ってやがる!


「けっ! テメーのようなガキに何ができるんだっての! ええおらおい!」


 と、突然男は小型のナイフを手にした。

 どこに隠し持っていた?

 だが、幸いにしてから、予想通り銃は……手にしていなさそうである。


 薄く切れ味の尖そうな切っ先が昼光の中、鮮やかなほどに輝く。


 男はナイフをシーラへと突きつける。彼がほんの数歩進めばナイフはシーラの胸元に食い込むことだろう。


「危ない! シーラ下がって!」


 銃よりはマシだが……ナイフだって十分人を殺せる凶器だ。


 ……あの騎士団長の時と違い、今回は俺が道化になったところであまり効果はなさそうだ。

 こうリアルに身内の人間が危険な状態に陥るにあたり、ついに俺の指先は……


 腰に突っ込まれた魔法銃を引き出すに至る。


 魔法銃とセットで隠し持った包みから銃弾を取り出す、慌てて取り落した弾が足元に散乱した。

 焦りに震える指で銃の頭へと弾丸の一つを装填させると、俺はそれを男に向けて構えた。


 動くな、とでも言うべきか?

 ホント、したくもない荒事慣れだ。

 いや、全く慣れてすらいない。

 脅しのつもりだが何を言ったらいいのかさえままならない。


「とりあえず……! それ以上こっちに近寄るなっ……!」


 シーラの身体がこちらへ引き返すのを確認する。


「ヒュウ、やるね、色オトコ」


 向こうはといえば、ニヤついた笑みを浮かべながら一向に動じてはいない様だった。


「んで? そのオモチャで俺をどうしようっていうのかなぁ?」

「分かるだろ、武器を捨てて手を頭の後ろで組みやがれ」


 自分の声が震えているのが分かる。


「ああん? やれやれ……と……」


 襲撃犯の男は膝を付き、ナイフを持った手を頭部に回す。


「アサクラ、危ない!」

「…………っ!?」


 そこから、驚くほど慣れた手付きで男はナイフを投擲した。

 同時にシーラが俺の腰に飛びつく。


 更に、同刻、俺の手に握られた魔法銃が火を吹いた。


 男が投げたナイフは俺の左肩を掠めて飛んでいく。

 皮膚の下を2、3センチ切り裂かれた痛みが走った。


 そのまま、俺とシーラは重なりながらその場に倒れた。


 確認する。

 こちらの放った銃弾は標的を大きく逸れて、カスリもしていない。


「アサクラ……!?」

 と、青い顔をしたシーラが俺を庇う。

「かすり傷だ……」

 ……別に強がってなどいない。

 今は俺の腕なんかよりも大切な事がある。

 その事は彼女に伝わったのか、シーラは声を張り上げる。


「かかれぇ! クロカミィィィ!!!」


 その声は宿屋裏手にいたクロカミの第2部隊にまで声は届いたのだろう。

 幾つもの足音が近付いてくる。


「チッ……、メンドウくせーな……!」


 襲撃犯はこの場から逃れようとする。

 シーラはというと、服の端を裂くと、その切れ端で俺の傷口を固く縛った。


「大丈夫か、アサクラ……?」

「すまん……迂闊だったよ……」


 怪我の程度としてはそこまで深刻なものでは無さそうだ。

 問題は、一般人である俺が魔法銃を無理やりぶっ放した事による、魔力不足なる設定があるのかは知らんが、謎の疲労感が全身を襲っている事のほうだ。


 正直立ち上がるのが辛い。

 発砲に及んでおいて相手にカスリもしなかったのは、慣れていないにしても余りにも格好がつかなかった。


 ……全く、ヒーローなんて俺には向いていない。

 ……それに比べてシーラの、なんとヒーロー然とした事だろう……。


「迂闊だったのはアタシも一緒さ。

 それより……、フフッ……」


 状況に不釣り合いな笑みをシーラは浮かべる。

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