第29話 それで? ボクにどんなメリットが?

「マタイー! また勝手に飛び出して! って、ダメだよ、その人は食べ物じゃないから!」


 猫を追ってくるアレックスくんの姿が遠くに見えた。


 ……助かった。

 銃は家に隠してあるままだし、仮に持ってたとしても猫に対して発砲はかなり抵抗がある。


「マタイの非礼をお詫びします。……って、誰かと思えばカイじゃないですか!」

「その子……ええと、モンスターとかじゃないよね? 人食ったりしないよな?」

「ええまぁ……場合によってはないとも言えませんが……」


 番犬ならぬ番猫なのだろうか。

 にしたって怖い。


「マタイは当家に代々使えてくれている子なんですよ。少なくともカイがボクに危害を加えない限りは無害な子です」

「使い魔的な?」

「使い魔というのが正しいかは分かりませんが、心霊魔術研究の一環として何代にも渡り記憶の継承実験に付き合ってもらっています。……翼が生えたのは少々やり過ぎてしまった気はしないでもないですが……」

「さらっと恐ろしいこと言った!? 猫を実験台に使うのダメゼッタイ!」

「大丈夫ですよ! マタイは忘れっぽいから、ちょっと飛べる上に長生きしてるぐらいにしか思ってないはず……!」


 今、貴族スマイルにちょっと黒いものが見えた気がするんですが。


「すりすり」、猫はアレックスくんの足元でじゃれつく。


 ま、まぁ……羽根付き猫は凄く懐いてるみたいだし大丈夫……なのか……?


「それで、カイはどのようなご要件でこちらへ?」

「……折り行って、アレックスくんに頼みがあってきた」

「……黒髪の件ですか?」


 鋭い。さすが貴族(略して『さすきぞ』)。


「ボクからもちょうど話したいことがあります。どうぞ中へ、お茶にでもしましょう」


 案内された屋敷の中は、薬草のような、薬品のような香りが満ちていた。

 使用人とかが、むしろ居ないことの方に違和感を感じてしまう。

 この広さの屋敷に一人で住むのは世捨て人か余程の変わり者かと想像されるが、住んでるのはこの物腰の柔らかい少年である。

 実は人間嫌いなのかな、アレックスくん。


 ……いや待て、あの改造猫の事もあるし、この人って結構MADだったりする……?


 彼は応接間に俺を案内すると、高級そうなティーポットとカップをテーブルに用意した。


「どうぞ」、と促されるままに俺は琥珀色の液体に口を付ける。


「苦っ!?」


 何このコーヒーかビールの苦味えぐ味の部分だけ煮詰めたような液体!?

 ブラックコーヒーギリギリ飲めるレベルの俺にはハードルが高い。人によってはむしろ好きな人が居そうだが、ドクペの件といいこの世界の飲み物嗜好が偏ってないか。


「あれ、お気に召しませんでしたか?」

「うん! 庶民舌の俺には意外とハードル高かった!」


 目に薄っすらと涙が滲んでいる。

 眼の前の貴族は表情一つ変えずにカップを口に運んでいる。


「さて、カイが言ったとおり、ルーサー大臣の身体から見つかった銃弾には螺旋系の溝が見つかりました……」

「……それで、信じてくれるか? 俺の推理のこと?」

「火薬の痕跡も見つかったことで、カイの言う『未知の技術を用いた銃』仮説は信じざるを得ないでしょう」


 『異世界の銃』仮説、とは言ってくれないあたり、言葉に気をつけているのが分かる。


「今回の件、犯人逮捕に黒髪の協力を得ることができた、そこでと言ってはなんなのだが……」


 切り出すのが難しい。


「取り引きですか?」

「見返りがあってしかるべきかと」


 だめだ、こっち側に切れるカードが無い。


「それで? ボクにどのようなメリットが?」


 そうだよな。アレックスくんにとってはなんの特にもならない話だ。むしろ損ばかりする。勝手なこっちの都合の押し付けにしか過ぎない。

 ……それはよく分かっている、だが。


「正直に白状する。アレックスくんは一つも得をしない。俺らに都合がいいたけだ。身の危険だってあるのかもしれない、君を誘うのはむしが良すぎるとは自分でも思う……のだが! ……頼れないんだよ、君しか……」


 見の危険で言えば、何せ大臣の死が発端なぐらいだ。


「……もっとも、それを言ったら、もっと無関係なのは異世界人であるカイの方でしたね」


 返ってきた言葉からは棘が消えていた。


「キミのそういう正直なところが好きです。それに、カイ一人だと危なっかしくて見ていられませんよ」


 つくづく俺という人間は周りに借りばかり作っていくな……。


「エルドリッチの後をボクなんかが引き継げるかは分かりませんが……。それで、何か策は?」

「策、ね……」


 差別意識を無くす方法?

 その基本は理解と、融和だったはずだ。たぶん。


「地道に身近な人間から受け入れてもらえるよう務めるしかないような気がする……」

「正直なところ、ボク自身がカイの事を異物として認識していたことは否定できません。けど、もちろん今は違う……」

「髪の色ってだけだもんな」

「いえ、それにも増してカイはカイですから、非常にユニークな人物かと」


 そんなに変わってますかね、俺。


「ところで、一つボクへの見返りが欲しいのですが」

「俺にできることならなんでも」

「それでは……」


 と、少年は超近距離まで顔を近づけてきた。


「カイの記憶を、見せてください」


 ……突然、意味が分からないことを言われた。


 ちょっ、近い近い。

 目を合わせないで恥ずかしいから。

 あと髪からいい匂いがする。


 離れようとすると同時に、俺は自分の身体が異常に重だるく、いや、むしろ痺れているような感覚に気付く。

 もしかして、このMAD貴族……。

 ……一服盛りやがった……?

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