第38話 嫗の昔話 ― 真話・赫夜姫伝 ―

 おうなは瞳を閉じ、ゆっくりと語り出す―――


 今は昔、貧しい寒村にひとりの娘が住んでいた。

 竹生たけおしげやしろを守る老夫婦の養女として育ったその娘は、雪のように白い肌に濡烏ぬれがらす色の髪と鳶色をした瞳を持っており、誰もがため息を忘れるほどの美しい娘だった。

 さらにその娘の歌声はさやか水の如く人々をうるおし、舞う神楽は病に伏せる者を癒すとまでわれ、その存在は暗い夜道を照らす月明かりとまで喩えられて、人知れず彼女は『赫夜かぐや巫女みこ』と呼ばれるようになっていた。


 その娘が十と五つを迎える頃になると、その美しさと不思議な力の評判は近隣諸国にまで知れ渡るようになり、時の権力者や豪族までもが竹生たけおしげる社を訪れるようになっていた。そしてその多くが、当然のように彼女との婚姻を申し出るようになったのだが、『赫夜かぐや巫女みこ』は、たとえ一生掛けても使いきれぬような金子きんすを積まれようとも、贈り物である煌びやかな着物を載せた牛車が谷の向こうまで列を成すほど並ぶのを見ても、決して首を縦に振る事はなかった。

 そんな巫女の頑なとも取れる態度に業を煮やした貴族のひとりが密偵を用い、首を縦に振らぬ理由を調べ上げたところ、驚くべき事が分かった。実は娘の先祖は大罪を犯しており、巫女はその罪を償う為、十七じゅうしちになる前に先祖が盗み出した宝物である枝・玉・貝・衣・鉢の五つを見つけ出し、故郷に持ち返らねばならないと言うのだ。しかも、その宝を見つける旅にもうすぐ旅立つとも。

 

 その話は瞬く間に世間に広まり、多くの男性が肩を落とし、巫女の事を諦めはじめたのだが、それでも尚『赫夜かぐや巫女みこ』を深く愛し続ける男性が五人いた。


 ひとりはその女子おなごとも見紛う容姿と朗らかな人柄から『魅宿し者』と称えられていた公家、阿部家が長子、阿部有良衣朝あべのありよしよりとも

 ふたりめは『豪運宿し者』の通り名で知られ、代々朝廷に仕える官吏を数多く生み出した名門・多治嶋家のひとり息子、多治嶋鉢則真人たじまはちのりまれと

 三人目は、豪商・藤原家が嫡子、藤原比々枝ふじわらのひびえ。父と共に多くの土地を商いで廻った彼の知識見聞は広く『叡智宿し者』とまで呼ばれていた。

 もうひとりは、武人で名高い大伴家の末息子、大伴玉司長家おおとものたまつかさながいえ。名家に生まれたにも関わらず、奢らない彼の元には老若男女が常に集っていたこともあり、「縁宿りし者」との字があった。

 最後のひとりは巫女と同じ村に住む浪人の息子、石上貝宝いしがみばいほう。武家に生まれながらも唄やお踊りに秀でたものを持っていた彼は巫女と同じ歳という事もあり、古くから親交があった。


 彼ら五人は巫女の態度の変化から故郷に旅立つ日が近い事を悟り、一合に会し、『巫女を助け、宝物ほうもつ探しの旅を助けよう』との結論に達し、それぞれが信じる神と巫女に誓いを立てた。

 そんな誓いを立てた直後、巫女と彼女の持つ不思議な能力ちからに邪な想いを抱いたある豪族が『赫夜かぐや巫女みこ』を我が物にせんと兵を起こす。五人は急ぎ巫女と共に旅立ちの準備を終えると、五つの宝物を探しつつ、共に彼女の故郷である富士の麓にある『浅間』という集落を目指す事となった。

 度重なる豪族追手との戦い、五つの宝物を手に入れるための試練、妖魔とも幽鬼とも知れぬ一段との遭遇、そして、相次ぐ暴風や地震といった天変地異。五人は互いの知恵と力を併せ、それらを幾つも乗り越えて行く。そして、旅も終盤となるころには巫女と五人の男性の絆はより深いものとなっていった。


 数多の艱難辛苦を乗り越え、五つの宝物を手に入れた一行は、全員が満身創痍となりながらも、巫女の生まれ故郷の一歩手前の村まで辿り着く。だが、その村は度重なる天変地異で疫病と飢餓が酷く、村は壊滅寸前という酷い有様だった。巫女と五人の男性は村人を救うべく奔走し、村にも回復の兆しが見られはじめたのだが、運悪い事に豪族の追手が目前に迫り、ついには村を囲まれる事態に陥ってしまう。

 しかも、彼らは幽鬼にでも取り憑かれたのか、地震で大地が大きく揺れようとも引き返す気配すら見せず、気味の悪い笑みを見せながら、自軍唯一の退路である大橋までも燃やしてしまう。

 いよいよその豪族が村の入口にまで迫り、一行も巫女を幽鬼に取りつかれた豪族に差し出すか、全員で滅ぶかの選択をしなければならない状況に陥る中、ある夜、巫女が一計を案じる。


 私の故郷から援軍を呼びましょう――― と。


 だが、巫女が生まれ故郷から応援を呼ぶには、月の力を借りなくてはならず、また月の力を借りるには巫女が舞を踊る必要があると言うのだった。しかも、その舞を行うには一時いっときほどの時間が必要だとも……

 つまりは、たった五人で一万は下らない豪族の軍勢をその間、相手にしなければならない。むろん、それは五人にとっては死を意味するも同然だった。


 だが、五人は巫女と村人を護る為、その案に乗り、それぞれが巫女に想いを伝えた後、大軍の前へと躍り出る。折しも、大地が大きく揺れ、富士の山までもが赤く染まる天変地異も始まり、世は地獄の様相となる。


 一方、巫女は五人を想い涙を流しながらも、五つの宝物を身に纏い、彼女にとってもこの地で最後となる舞『赫夜の舞』を踊りはじめる。

 長時間善戦を続けていた五人だったが、五対一万では、さすがに多勢に無勢、時間と共に疲労を背負い、ついには倒れ、今、まさにとどめとばかりに刃が振り下ろされようとした次の瞬間、赤く染まっていた富士の山の頂きから月に向かい一本の光の柱が立つ。それは、巫女の舞が完遂された瞬間でもあった。

 その月に向かいし、一本の柱からは刀も弓も効かぬ兵が幾人も降り立ち、瞬く間に豪族の軍を滅ぼしてしまう。また、月と繋がった光の柱は赤く染まる富士を元の色に戻す。


 そのあまりの力から巫女の舞が彼女の生命をしたものである事を察した五人は、慌てて彼女が舞を捧げていた場所へと急ぐ。

 五人が駆け付けた場所は、少し前までは唯の湖だったのだが、今は天も地も一面が青に覆われた空間となっており、巫女はそこにひとり霞のような薄ぼんやりとした姿となりながらも五人を笑顔で迎えた。

 そこで巫女は五人に対して感謝の言葉と共に、自身が天に浮かぶ月の世界の人間である事を打ち明ける。また、赫夜の舞は月の力で大地の怒りを鎮める舞である事と、月の宝物の力を地球で使った自分はもうじき月の世界の罰により消滅してしまうとも。


 命を救われたのは自分たちだった事を知った五人は生涯巫女の傍らにあり続ける事を誓い、巫女もまた、その想いに感謝しその証として、五人に自身が身に着けていた月の力が宿りし品を贈ると青い空間の中で、その姿を消してしまった―――




 ――― 嫗はそこでゆっくりと瞳を開いた。







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