第15話 深層へ
「そうだ、美沙絵さん、この際なのでお訊きしたいことがまだあるんですが」
九龍頭は人懐っこい笑顔を美沙絵に向けると、ころりと軽やかな声色で訊いた。
「私でよければ……」
「亡くなられた多岐子さんと、ご面識は?」
「恥ずかしながら、全く……」
「ご主人から、お話は?」
ティーポットから新しい紅茶を注ぐ美沙絵。少し沈んだような憂いを帯びた声で答える。
「えぇ、それはありますわ。しかし、私から言うのはよくないとは思いますが、あまり、いい話は伺えませんでした」
「と、言いますと?」
「罰が当たったのかもなと」
「罰が?」
美沙絵は椅子に腰を下ろすと、カップを摘まみ、紅茶を口に運んだ。
「多岐子さんが亡くなられたのは急性の心不全だったんですが、朝香さんも仰ってたの。あまりに急すぎた。ひょっとしたら、父が殺したんじゃないかしらって、でも、そんな事はないんじゃないかしら」
美沙絵はクスリと笑った。
「多岐子さんを亡くされてから、あの人はまるで抜け殻のようでした。ああは言いながらも、愛していらしたのよ」
九龍頭は深く頷いた。夫婦のことは、やはり当の夫婦しか判らない。今となっては、2人ともこの世には居ないが……
「あ、話は前後しますが、勿論ご主人の薬師寺先生も黒柳紫苑の事は……?」
「えぇ、しかしあの人は本当にあの人形の価値が解っていたのか……何せ見栄っ張りな方でしたから」
話を終えると、九龍頭は美沙絵と共に部屋から出て行った。
「お紅茶、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「あら、またいつでも淹れて差し上げますわよ」
九龍頭は井筒警部の部屋に向かう。ドアをノックすると、中から嗄れたような声がし、ほどなくして井筒警部が中から出て来た。
「先生?」
「井筒警部、少しお調べ戴きたい事がありまして……」
井筒警部は首を傾げた。九龍頭はいつもに増して真面目な表情で話しはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます