第4話 呪う人形

 春日は惨劇の惨状を思い出し、体を震わせて爪を噛み始めた。九龍頭と井筒警部は大広間に向かい、もう既に席に着いている住人を目の前にし、頭を下げた。


「此度は……」


 井筒警部は一礼する。部屋にいるのは美しい40歳前後の女性、鼻の高い日本人離れした顔の若い女性、えらの張ったきつそうな顔をした男。


「えっと、お名前を伺いたいのですが」

「ちょっと待て、春日、どういうことなんだ?」


 えらの張った男が胴間声という言葉がぴったりの濁声で訊いた。春日はびくりと体を震わせてその男に何かを言おうとした。それを遮るように口を開いたのは九龍頭だった。


「まぁまぁ、僕から説明致しますよ。春日さんは少し落ち着いていらして下さいな」

「と言うか、あんた誰だよ」


 些か口調が汚い。余程甘やかされて育ったのか、若い頃にぐれていたのか。多分前者であろう。


「こちらは警視庁の井筒警部。私は九龍頭と申します。警部の付き添いでして」

「九龍頭?妙ちきりんな名前だな。なぁ姉さん」


 姉さんと呼ばれた若めの女性が何も言わず頭を下げた。


「こちとら美沙絵さんと温泉旅行中だったというのに、訳の分からない電話で呼び戻されたのよ?いい迷惑だわよ」

「朝香さん、それは……」


 何も言わずに年長の女性に目を向け、言葉を遮る朝香。恐らく彼女が薬師寺暢彦の後妻である薬師寺美沙絵だろう。


「ご存知の通り、この別荘で薬師寺暢彦氏が亡くなられました。それもこの自分の部屋でしかも鍵が掛かった密室で焼死体として」

「なんだよ警部さん、俺達疑われてるのか?」


 井筒警部の言葉を遮ったこの胴間声が薬師寺暢彦の息子の薬師寺和馬だろう。不機嫌にむっつりとした顔で言う。


「俺も姉さんも美沙絵さんも、親父が死んだその日はこの別荘にはいなかったんだぜ?容疑者ならその2人のどっちかじゃねぇのか?」


 登美子と春日はかっと目を見開いた。九龍頭は組んでいた腕を解いて右手を挙げた。


「春日さん、本当にこのお三方はこの別荘にはいらっしゃらなかった?」

「えぇ、それは間違いありません」

「ほらな、俺らには不在証明アリバイってもんがあるんだよ」

「しかしながら、我々には旦那様を手に掛ける理由など……」


 美沙絵がカタカタと震えだした。


「まさか、あの磁器人形は本当に……?」

「あ?なんだそりゃ」

「黒柳紫苑の遺作の磁器人形ですわ。あの人形が……」

「実にナンセンスな話だわ」


 朝香が小馬鹿にするように言った。


「そのナントカっていう奴が作った磁器人形が、お父様を殺したって?巫山戯るのも大概になさってくれないかしら?」

「あぁ、その、宜しいですか?」


 九龍頭が手刀を切りながら言う。


「その黒柳紫苑っていう磁器人形作家さんについて、何方かご存知ありませんか?」

「いや、その話ならば私が……」


 入り口からもう1人の客人が入ってきた。井筒警部が呼んだ関係者の1人である美術商の中迫である。彼が薬師寺に黒柳紫苑の磁器人形を売ったのだ。


「黒柳紫苑は、日本の西洋磁器人形作家の先駆けであると言われている方でした。しかしながら非業な死を遂げられた。今からもう30年程前になりましょうか……」

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