タロー・ウラシマの日常

@dekai3

電気信号が魅せる愛に変わらぬ欲情を

ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ


 卓上に置かれたタイマーから聞き慣れた電子音が流れ、110分だけの快楽に浸れる時間の終わりを告げる。


『シャワーのお時間ですね。さ、あちらへ』


 自分に背を預けるような形で座っていた嬢はそのままの体勢で首だけを振り返り、唇に触れるか触れないかの瀬戸際で囁いて移動を促す。

 見た目よりも重い体重を気遣ってこちらに完全に倒れ掛かる事はしないが、それでも肌は密着しているという絶妙な匙加減が素晴らしい。

 だが、自分はそんな気遣いをしてくれる嬢の言葉を聞きながらも腹部を擦る手を止めず、拒否と継続を示すように中指と薬指の腹でスリットを優しくなぞる。


「まだいいじゃないか。二戦しただけじゃ物足りないんだよ」


 110分中に手で一回、足で一回。次はこの固くなだらかな腹の上で果てたいと思っていたところだ。

 この丸みを帯びながらも先鋭的な腹部はカタログを見たときから気になっていた。このまま終わりにするのは勿体無い。


『ダメですよ時間ですから。延長は出来ないって最初に言いましたよ?』


 嬢はこちらの手を優しく握り、抱擁から抜け出そうと体を捩る。

 そんな事を言われても自分の下半身は三戦目の用意が整っており、そうそう簡単には納まってくれない。ようやく予約が出来た人気嬢をこんな中途半端で手放してたまる物か。


「シャワーはいいからさ、ほら、もう少しだけ付き合ってよ」


 そう言って嬢に握られた手を振り解い…振り解……あれ?


『オ客様ノ拒否行動ハ当店ノ禁止事項“女ノ子ノ嫌ガル事ヲシナイデ下サイ”ヲ違反シカカッテオリマス。コレ以上拒否行動ヲサレルヨウデストオ客様トシテ相応シク無イ者ト判断サセテ頂キマスガヨロシイデショウカ?』


 急に嬢が首をぐるんと回してこちらを向き、虚ろな目をしながら機械的な口の動きで合成音声を発して警告をする。

 そして肘部分からは手錠にしか見えないわっか状の機器が飛び出し、嬢の手で固定されていて動かないこちらの腕に嵌めようとゆっくり押し付けてくる。


「わかった!分かった!行く!シャワー行く!ちょっとした冗談だから!シャワー行くから!!」


 流石に警察に突き出されることは無いだろうが風俗でのトラブルはマズイので必死に謝る。出禁程度ならマシだが怖いお兄さん達に囲まれるのだけはダメだ。いや出禁もマズイ。そもそもこういうお店でマークされるのがマズイ。


『なんだ冗談ですか。びっくりしちゃいましたよ』


 自分の必死の謝罪に嬢は虚ろな目を止め、先ほどまでのように自然な笑顔になって朗らかに喋る。

 それでも首は後ろを向いたままだし、手錠は仕舞われてはいるが腕は掴まれて固定されたままだし、よく見たら下半身も覆い被さる様にこちらの脚を押さえつけている。


『もう、ダメですよ。私だったから良かったですけれど、中には冗談を理解できない娘もいますからね?』


 嬢は『ね?』の部分で小首を傾げる仕草をするのだが、首が後ろを向いたままなので見た目が怖い。

 というか、もしも他の嬢だったらあのまま店員に突き出されていた可能性があるのか…迂闊な事は言えないな。


『じゃあ、シャワーへ行きましょうか。ちょっと時間が経ってしまいましたので簡単に流すだけになりますよ?』

「あ、ああ、大丈夫…うん…」


 ようやく腕と足を解放され、嬢はこちらに首を向けたままシャワー室へ向かう。

 その異様さと先ほどの驚きでこちらの下半身はすっかり納まってしまい、シャワー室から工芸品の様に整った尻と太股がこちらを向いているというのに全く熱くならない。

 流石にあれは驚いた。いくらガイノイドだからと言って急に機械的にならないで欲しい。

 そして嬢はこの時代でもまだ現役で使われている凹型のイスにタオルを敷いてシャワーをかけると、『いいですよ~』と自分を呼んだ。




※ ※ ※




ピンポンパンポンポンポーン♪ ポンポンパンポンピンピン♪


「ありがとうございました!またお越しくださいませっ!」


 これまた聞きなれたドアの開閉チャイムとボーイの見送りの声を聞き流しながら店から出て、少し離れた路地で電子タバコを吸う。


「あー、良かったけど怖かったな」


 そして口で感想を呟きながら、頭ではどうして未だにタイマーはあの電子音なのだろうとか、部屋の作りもいつまでも同じなのだろうとか、風俗嬢はガイノイドなのにボーイは生身の男なのだろうとかを考える。

 タイマーや部屋はわざわざ変える必要が無いからかもしれないが、こんな世界なんだからボーイも女の子とかアンドロイドでもいいし、どうせなら自分を雇ってくれればいい。機械とはいえかわいい女の子に囲まれるのは絶対に楽しい。あ、でも遊郭では受付がオーナーのおばあさんだったりするか。まあ、遊郭なんてけど。


「ッフゥー………帰る前に店寄ってくか」


 『幻の果実・マンゴー味』と書かれているのに全くマンゴーの味のしない水蒸気を吐き出しながら、繁華街の風俗エリアから中心部へと足を向ける。




 自分の名前はタロー・ウラシマ。

 本名は別にあるが、この名前に反応する人間を見極めるためと、反応した人間には一発でこちらの置かれた状況を説明出来るのでこう名乗っている。

 分かる人は本当にこれだけで分かるだろう。そう、自分はこの時代から何百年も前に産まれた人間だ。

 自分が覚えている限りでは世界はこんなにも荒れていなく、ロボットはまだあんなに人間っぽくなく、人間も生身ばかりで、何よりビル群が遺跡扱いなんてされちゃいなかった。

 どうも長く眠っている間に世界が戦争によって一度滅んだらしく、その後に一部だけ復興に成功してこうして街の体裁を取り繕っている。

 昔は異世界転生系のWEB小説が流行って漫画化やアニメ化した事があったが、まさか自分が似たような目に会うとはな。

 ただ、これは現実なので転生系お決まりの特典やステータス画面の表示や無限ポケットやスキルレベルなんて存在しない。せいぜい遺跡から出土する遺物の使い道がある程度分かるってだけで、その知識を利用してリサイクル屋で下働きをさせてもらっている。

 極たまに自分で遺跡に潜ることもあるが、全身生身かつ運動が苦手なので浅層のみ探索している。

 まあ、リサイクル屋で重宝されているので無理に遺跡に潜る必要は無い。こうして風俗に行く程度の金も貰えているんだし。


「いらっしゃ~い。って、なんだタローじゃないか。今日休みでしょ?どしたの?」


 勤め先に着くと店長が店番をしていた。いつもなら店の奥で選別した遺物に囲まれてよだれを垂らしているというのに珍しい。


「ええ、ちょっと近くまで来たもので様子を見に」


 流石に風俗帰りとは言えないのでお茶を濁す。

 ここは遺物専門リサイクルショップ『ライスウォーリアーズ』。

 この年齢不詳の付け耳をした黒いノースリーブ和服の女性(に見えるが確実に義体ユーザーで本当の姿や性別は分からない)の店長が経営する、この商店街でも老舗(少なくとも80年はやっているらしい)のリサイクル屋だ。

 従業員は自分の他にも数名居るので、こうして店長がわざわざ店先に立っているのは本当に珍しい。


「そうかいそうかい。で、アカリちゃんは気持ち良かった?」

「へぁ!?」


 店の真ん中に置かれている来客用ティーサーバーで冷たい緑茶を紙コップに注いでいると、どうしてだか先程までお相手して貰っていたガイノイド風俗のアカリちゃんの名前を言われ、変な声が出た。

 驚いてお茶を零しながらも振り返ると店長は丸渕メガネの奥でニマニマと目を細めて笑っていて、これだけ見ると悪戯好きな女子大生か何かに見える。だが、女子大生は他人の風俗の感想なんか聞いてこない。多分。

 勿論『アカリ』というのは源氏名なので本名では無いだろうし、他の店の嬢にも使われている可能性もあるので名前が一致したのは偶然という可能性はある。

 しかし、そもそも風俗帰りという事がどうして分かった?もしかしてボディーソープの匂いとか?匂いを消すためにもフレーバーの強い電子タバコを吸いながら来たんだが。


『アカリさんなら店長がオーナーですよ』

「おお、アカリ嬢を買われたのですか?羨ましい。いつも予約で完売なのに」


 ここは誤魔化すべきかそれとも正直に話すべきかを考えていると、外から大量の遺物の乗った台車を押す背の低いアンドロイドと女ハンターが入ってくる。

 アンドロイドの方はこの店の店員でもあるダイランドー。ああ見えて馬力がとても高く、力仕事以外にも警備も兼ねている。

 恐らく駐車場まであの女ハンターが獲って来た遺物を取りに行っていたので店内に店長しか居なかったのだろう。他の奴等は出張買取か?

 女ハンターの方は何度か見かけた事はある。接客した事はまだ無いが。


「店長がオーナー?店長って風俗店の経営もしていたんですか?」


 とりあえず休みとはいえ何もしないのは悪いので、大量の遺物を置ける様に査定カウンターの小物を隅に寄せる。そしてアカリさんを買ったことは否定も肯定もせずに話を反らす。


「へ、あたし?あたしが風俗店の経営?あーっはっは!そりゃあいいね。面白い!面白いよタロー」


 それを聞くと店長は付け耳をピンと伸ばしてからケラケラと笑い出し、背を大きくのけ反らしながら机をバンバンと叩く。

 どうでもいいけどその格好で座ったままそうするとパンツ丸見えですよ。どうもパンツじゃなくて前貼りっぽいですけど。


「ごめんごめん、タローはブランフの田舎から来たばかりだったね。じゃあ、ああいう店のシステムは知らないか」

「システム?ちゃんとお金は払いましたよ?」

「ああ、そっちじゃない。働いている女の子達の方。あー、笑いすぎて涙出てきた」


 店長がメガネを外しながら袖で瞼を拭う。涙を流せるとか高性能な義体だな。

 この時代の事を何も知らない自分はとりあえず田舎から出てきたばかりの人間という事にしてあり、ここから少し東北の山間部出身としてある。

 今のあそこがどうなっているかは知らないが、あの辺りで産まれたのは本当だ。この時代でも田舎扱いなのはほっとするような悲しいような。


「ほう、ブランフですか、私もですよ。田舎という事は北の方ですか?」


 ダイランドーが遺物を仮査定している間が手持ち無沙汰なのか、女ハンターがこちらの会話に反応する。

 余り詳しく聞かれてもボロが出るので、こういう時は毎回、


「いや、東の方なんですけれど、家族や親戚とトラブルがあって出てきたので、詳しくはちょっと…」

「あ、すみません。そういう事ですか」

「いえいえ、自分が悪い事なので」


 という感じで誤魔化している。

 この女ハンター。ハンターをしているのに言葉使いや態度が上品だな。もしかして良い所生まれか?


「そうそう、タローは本当に色々知らない秘境から来たみたい。前文明の事だけは詳しいから余程封鎖的な場所で育ったんでしょ。私が拾ってやらなかったらどうなっていた事やら」

「どうせ田舎者ですよ。店長には拾って貰って感謝してますけど」

「うむ、それで良い。感謝しなさい」


 店長そう言うとまたケラケラと笑い出す。この人は本当に人生が楽しそうだ。


「それで、システムってなんの事ですか?」

「ああ、これはタローだけじゃなくて知らない人は知らない事が多いんだけど、ああいう店の商品は誰の所有物だと思う?」

「商品て、まあ、商品ですけれど」


 風俗嬢を『商品』と呼ばれると違和感を覚えるのだが、アンドロイドなので人権は無いから間違っちゃいない。

 基本的にアンドロイドは所有者オーナーの所持する物であり、携帯電話やパソコンが人型をしているだけと思った方がいい。


「ふむ、店の所有物では無いのですか?」


 いつの間にか隣に立っていた女ハンターが答える。自分もそう思う。そして割りとぐいぐい入ってくるなこの人。

 自分の価値観ではこういう風俗の話は男同士でする物で女性を交えるのはセクハラになるという認識だが、この時代ではそっち方面の話は男女共に食事や睡眠と代わらない程度の物とされている。

 というのも、人間の数が少ないからと性病の心配が無いという事で性産業は大部分をアンドロイドが占めていて、それにより女向けの風俗も結構な数があるからだ。

 この時代では女性も気軽に風俗に通う様になっており、ニーズによってはスカやふたなりなんかのニッチな性癖や、巨大化や箱化や人外みたいなハードな性癖でも気軽に楽しめる様になっているらしい。

 まあ、自分は機械が相手ってだけでかなりの違和感を覚えるぐらいにはノーマルな性癖だ。アンドロイドは匂いも自由なので良い匂いしかしなかったのが少し不満だったけど。


「いやいや、店が所有する事はほぼ無いの。そもそもアンドロイドの所持と登録は個人じゃないと出来ない。店その物が所有者というのはまず無理なのね」

「ならば、その店の店員や店長ですか?」

「最初の頃はそうだったんだけどねぇ…」


 そこで店長は少し言葉を濁しながらダイランドーへ視線を動かす。

 流石にこの形態のダイランドーは少女型なので性産業には向かないだろう。そもそも表情固定だし。


「同じ人間が所有するアンドロイドは個性が無くなるのよ」

「個性…ですか?」


 ああ、なるほど。それは風俗嬢としてはダメだ。


「あいつらは余程定期的に個別の命令を与えてやらないと、それぞれで情報共有をして効率的に同じ行動をする様になる。そうなると誰を指名しても同じ受け答えや同じプレイをしちゃうのよね。そんな店に何回も通う?」

「それは…そうですね。数回行けば飽きると思います」

 

 飲食店なんかの店員ならば問題無いのだろうが、風俗嬢が誰を選んでも同じ対応というのはダメだ。

 店の方針としてある程度の方向性は定めていても、この嬢はこのプレイが得意とか、この嬢は話が上手いとか、そういった違いがあるからこそオキニが産まれる。

 きっとアンドロイド達は客の好みのプレイや話の内容なんかも共有して効率化してしまうのだろう。下手すると外見も揃え出すかもしれない。


「だから、今ではああいう店は差別化を計るために一般の所有者オーナーからアンドロイドをレンタルして働かせているの。ある程度の情報を共有しても所有者オーナーが違えば個性は変わるし、所有者オーナーによってカスタマイズの方向性も違うでしょ?ま、出稼ぎみたいなものね」

「それで店長がアカリさんの所有者オーナーなのだと」

「そうそう、あたしは自分である程度弄れるから。他の店にもいくつか出向させてるよ」


 なるほど。今の風俗店はそういう仕組みなのか。

 でも、そうなると店長が先ほどまでアカリさんを買っていた事を知っているのはもしかして、


「店長、そういうのって覗きは契約違反なんじゃないんですか?」

「あ、バレた?そうだよ、誰も守っちゃいないけど契約違反」


 店長はにししと笑いながら自分の言葉を肯定し丸メガネを外す。あれはタダの丸メガネでは無く小型モニターであり、あの付け耳も無線ブースター付きの外付け電脳だ。

 恐らく、あれを使って他人のワンタイム情事を覗き見しているのだろう。なんて悪趣味な。


「え、それはどういう?」


 女ハンターはなんの事か分かっていないらしい。電子関係に疎いか、そもそも察しが悪いのか。


「あんたがショタ風俗でドリンクサーバープレイをしすぎて借金を作ってハンターに成らざるを得なくなった事も知っているって事」

「ちょ、ちょっと店長!何故それを!!いや、違います、そんな事は無くてですね!!少し通っただけで借金なんか…」


 女ハンターは急に声を大きくしてこちらへ言い訳をしだす。

 いやまあ、他人の性癖をとやかくは言わないが、ショタ風俗でドリンクサーバープレイはちょっと…そして言い訳はそっちか…


『仮査定が終わりました。確認をお願いします。本査定をされる物はリストに印をお願いします。』

「は、はい!査定ですね!査定です!」


 丁度良いタイミングで機械による自動の仮査定が終わり、ダイランドーが女ハンターを呼ぶ。

 遺物は基本的に一点物というのは少なく、だいたいが量産品なのでまずは機械で凡その判定する。

 中には自動査定出来ないような水物、一部のマニアにしか価値の無い物、量産品ではあるが出回る数が少ない物、滅多に見つからないが高級な一点物等があり、そういう物やしっかりとした値段を付けて欲しい物を選んでもらって本査定を行う。

 この自動査定はあくまでも最低価格を査定するだけなので状態なんかは加味されない。なので、本査定を行うことで値段が上がる物は多い。


「そうですね、この記録端末と背嚢は状態が良いので本査定をお願いします。プラスチック類や鉄クズ類はこの金額なら買取をお願いせずにこちらで引き取りますね」

『かしこまりました。記録端末が三つ、背嚢が一つですね。査定料は買取金額からの差引きでよろしいですか?』

「ええ、お願いします」


 記録端末は物によっては部品だけでなくデータにも価値が付く場合があるので、念のために本査定にかけるのは正しい。

 ここではデータが生きているかどうかの検査しか行わないが、場所によってはゲータの買取を行っている店もあるし、個人で特定のデータを欲しがっている人も居る。

 データは研究内容や地図なんか以外に漫画や小説も結構な需要があり、特に店長は所謂ライトノベルのデータを集めるのを趣味としていて店とは別に個人で買取を行っている。

 中にはそういった書籍データ専門のハンターも居るらしく、富裕層のお抱えになる事も珍しく無いとか。


『では、差引きで1斗5763抄ですね』

「6000抄でいいよ」

『分かりました店長。では1斗6000抄になります』

「小物でも思ったより良い額になりましたね。査定後の金額も楽しみです」


 ダイランドーが遺物の買取金額から査定料を引いた金額を電卓で提示し、それに店長が区切りの良い額になる様に色を付ける。

 自動査定だけで1.6斗は中々良い額だ。そこそこの贅沢が出来る。

 日用品の数が多いので恐らく生活区だった場所の探索をしてきたのだろう。いくつか質の良い物が含まれているので高級住宅エリアだな。これはもしかするともしかするかもしれない…

 

 ちなみに、この『抄』や『斗』という金額の単位は昔に使われていた米の単位の名称と同じで、10抄で1勺、10勺で1合、10合で1升、10升で1斗となる。抄と升が混ざるのと細かく分けるのが面倒なので、主に抄と斗だけが使われている。

 だいたい100抄の1合で1食分の金額だと思えば良い。風俗は時間と内容にも依るが1000抄~1斗ぐらいだな。

 これはこの街の名前の元になったトミタという大企業が復興の際に自社の工場を全て田んぼにして社員を養った頃の名残りらしく、当時のトミタが米を通貨として扱っていた事が由来らしい。

 流石に今は行政が金券を発行しているが、田舎の方では未だに米の支払いが可能な場所もあるとか。


「店長、いいですか?」

「ん、ああ。私もしているし、査定後なら構わないよ」


 拒否される事は無いだろうが一応店長に確認を取り、査定カウンター上の女ハンターが引き取ると言ったプラスチック類や鉄クズ類を覗き込む。

 パッと見た限りでは何の部品か分からないような物が多く、大半が劣化して崩れたり熱で溶けてしまったりしている。こんな状態でも専門のスクラップ買取業者ならばkgいくらで買い取ってくれるので全くの無駄にはならない。

 しかし、こういったクズの中には造形が不十分で素材もいまいちだがマニアからは垂唾物の遺物もあったりする。そしてそれは往々にしてこういう高級住宅の子供部屋にある場合が多く……やっぱりあった。

 見ただけで分かる。バラバラにはなっているがどれだけ年代が経っても基本の形状は変わらない。あのランドセルが黒だからもしやと思ったがビンゴだ。


「すみません。こちらのプラスチック類のクズ山ですが、自分が買い取ってもいいですか?相場の1.5倍は出すので」

「これですか?査定済みなので良いと言えば良いですが…」


 女ハンターは自分が出した提案の返答を言い淀む。

 まあ、普通はそうだろう。クズにしか見えない物をわざわざ買い取るというのは裏があると言っているような物だ。

 だが、正真正銘これはクズでしかない。富裕層の人間ならば趣味で集めているかもしれないが、今の時代の技術ならばもっと良い物が作れる。今の所はこれを集めている人間は自分ぐらいしか見ない。


「安心しな。査定はちゃんと相場でしてるよ。それはあたしの小説集めと同じでその子の趣味さね」


 ありがたい事に店長が助け舟を出してくれた。

 助け舟は嬉しいが見た目女子大生から子供扱いされるのはちょっと反応に困る。確かに店長からしたらそこらの人間は全員年下かもしれないが。


「ええ、どれがどれとは言いませんが、この中に自分が集めている物があります。自分以外にはゴミ同然なので他では相場通りの値段しかしないはずです」

「それならば、まあ…」


 よしっ!

 心の中でグっとガッツポーズをし、ウエストポーチから財布を取り出す。

 ポケットやハンドバッグに財布を入れておくのが危険なのはこの時代でも同じだ。

 どれだけ文明が発達しようが衰退しようが他人の持ち物を盗む奴は居る。なので、生身の人間はこうして二重三重に鍵を付けた体に付けるタイプのポーチを使う事が多い。

 義体ユーザーやアンドロイドは体内に仕舞っているらしい。掌とか、胸の中とか。


「1.5倍だと、今の相場がだいたい…」

『1kgで112抄です。こちらは820gあります。』

「ありがとうダイランドー。それなら区切りよく135抄でどうですか?」


 昔から計算は得意だったのでこれぐらいならば暗算で出せる。

 学校が富裕層相手にしか存在しないこの時代では電脳無しで計算が出来るのは珍しいらしく、生身だと分かると驚かれることが多い。

 この女ハンターもすらっと計算したのを見て目を大きくして驚いた後、細目になってこちらをじーっと見つめる。

 見ただけでは電脳の有る無しは分からない筈だが、何か気になる点でもあるのだろうか。


「分かりました。良いでしょう」

「では、ぴったりあるので確認を…」

「お金は結構です。替わりに食事でもどうですか?」

「へぁ!?」


 財布からお札を出す体制のまま、思わずまた変な声が出た。


「勿論、食事代はこちらが払います。良い肉を出す店を知っていますよ」

「お~、タローちゃん人気じゃ~ん。ご指名だよ~?」

『店長、当店は指名制度はありません』


 待て待て待て待て、いやいやいやいや。

 確かにこの時代の性は奔放だが、まさか女性からナンパされるとは。あ、いや、ナンパは男性からなので女性からのお誘いは逆ナン?でもこの場合はナンパでいいのか?そもそも逆って付くのもおかしいよな?英語だとピックアップだっけか?確かにこの女ハンターなら自分を軽々と持ち上げられそうだ。というか店長は義体だしダイランドーはアンドロイドだし、もしかして一番非力なのは自分?もしかしてやばい?


「し、暫くは間に合っているので…」


 とりあえず店の客なので直球で断るのも悪いかと思い、言葉を濁しつつ遠まわしに断る。

 こういうのはもうちょっと段階を踏んでからにして欲しい。金で買う風俗嬢ならまだしも、これからも顔を合わせるだろう相手とホイホイ寝るのは嫌だ。


「そうですか。ならば次の休みはいつですか?食事が嫌ならば観劇や旅行でもいいですよ」


 グイグイ来るな、おい。何がそんなにこの女ハンターの琴線に触れたんだ。

 これは流石に強く断っても良いだろうと店長にちらりと目線を向けると、店長はまたもにししと笑っていて手元の端末を弄っている。

 そしてダイランドーは本査定を依頼された物を専用の箱に入れていて、こっちの助けには入ってくれない。まあ、最初から期待はしていないけど。


「ん~、タローの休みなら四日後と十一日後だけど、空けるなら三日後とで連休にしてあげようか?」

「ちょっと店長!」

「是非!」


 是非じゃない。

 待った待った。なんで店長が乗り気なんですか。パワハラですか?労基が黙っちゃいませんよ?

 労働基準法なんて物は廃れて久しいので訴える先が存在しないが。


「タローってば休みの日はソロで潜るか風俗でしょ?少しは人付き合いしなさいな」

「遺跡も行かれるのですか?奇遇ですね、私もです!」


 奇遇も何も遺跡に潜ってきた帰りだろうが。どんだけ共通点を見つけたがるんだ。気合入れて合コンに来た学生か?

 そして店長も余計なお世話なので正直そっとしておいて欲しい。ひきこもりとかぼっちとかではなく、余りこの時代の人間と関わりたく無いだけだ。

 自分のような歴史に置いて行かれた者は余り俗世に関わるべきではない。これは自惚れではなく実体験。これでもここに来るまでに色々あったんだぞ。

 なので、その経験からこういうタイプは拒否されると逆にしつこくなる事も知っている。店長みたいなタイプも実害が無いのならとお節介を焼いてくるタイプだ。こういう時は巻き込むに限る。


「では店長も一緒に来て下さいよ。いきなり二人ってのは恥ずかしいですから」

「え?あー、そうくる?」

「いいですね。私は全然構いません」


 店長はぐぬぬという感じで顔に片手を当てて考え込む。

 ほらみろ。自分は安全地帯に居ると思っているタイプはこういうのに弱い。今度は逆にこっちがにししと笑ってやる。


「いやぁ、両手に花とは嬉しいですね。ついでにアンドロイドの貴女もどうですか?」

『職務中の勧誘行為は他のお客様のご迷惑になりますのでご遠慮下さい』

「あ、はい。すみません…」


 女ハンターは調子に乗ってダイランドーまで誘い出した。見境が無いのか?

 とりあえずこれで店長が断るのなら自分も行かないと言えるし、店長が来るのなら女ハンターを無視して店長と話していればいい。

 決して女ハンターの顔が悪いとか会話したくないとかではなく、なるべく人と関わりたく無いだけだ。許して欲しい。


「ん~、分かった。じゃああたしも行こう」

「本当ですか!?」

「でも、タローとあたしの休みが合った時だから、いつになるかは分かんないからね?」

「全然構いませんよ。いつまでも待ちます!」


 上手い断り方だ。シフトは提出制だが最終的に店長が決めるのでどうとでもなるし、そもそも店長はいつも店の奥に居るので休みという物が無い。

 これならしつこく聞かれても『店長に聞いてください』と受け流すことも出来る。

 ただまあ、いつまでも待たせるのは悪いし、都度断るのも気分が良くないので、落ち着いた頃にどこかで数十分だけ食事をしてあげれば十分だろう。何ヶ月先になるかは分からないけど。


「何時にお約束出来るかは分からないのでこのお金は受け取ってください。約束の日がきたら改めて奢ってもらいます」

「しかし…」

「その時はちょっと高目のを注文させて貰いますから」

「まあ、それなら…」


 とりあえず後腐れなく目の前のブツを手に入れるために多少強引にお金を渡す。

 渋々ながらも受け取ってくれたので、これで無料にしたからという理由での強引な方法は取られないだろう。

 純粋に善意で渡されたとしてもそれはそれで悪いし、お金を渡しておくに越したことは無い。

 そもそも無料にするから食事に行くというのもおかしな話だし。


「ではこちらは頂きますね。店長、覗きしていた事は黙っておくんで上手い事お願いしますよ!」


 そう言ってプラスチックのクズ山を籠ごと抱え、そそくさとカウンター内を通って従業員用の裏口から抜け出す。


「あ、こら、逃げ…」


 店長が何か言っていた様だが聞こえなかったので問題ない。それに今日は休みなのだから客の相手は出勤している人がする物だ。

 それに今日はこれが手に入ったんだ。まだ夕方前だから頑張れば今日中には直せるだろう。急いで帰らないと。




※ ※ ※




「これはここだな……こっちはここ……うーん、変形してハマらない………あれで代用するか」


 ジャンク入れから似たようなパーツを探し出し、カッターで削ったり逆にパテで盛ったりして形を整える。

 プラスチックの造形なので作ろうと思えば一から削り出しで作る事も出来るのだが、やはりこういうのは公式が作った物で楽しんでなんぼだ。

 今ではもう製造元も滅んでいて著作権なんか関係ないだろうが、それでもあの時代を知っている自分としてはこういうのに礼儀を尽くしてこそファンだという認識で、安易に海賊版に手を出したりとかアマチュアでそっくりすぎる物を作るのは良くないと思っている。

 なのでこうして原型を留めている物を見つけてはニコイチやサンコイチで修理をし、コレクションをしている。

 これでこの時代で目が覚めてから元通りに出来たのは三本目だ。自分が眠っている間に作られた様なので見た事のない形だが、それでも基本はだいたい同じなので修理は難しくない。

 寧ろ知らないほうが新しい発見があって楽しめる。


「後はこれをはめて……と、出来た!」


 まだ塗装は剥げているが形としては完成した。

 ベルト部分の交換が必要なかったのが良かった。ここも純正品じゃないと気分がいまいち盛り上がらない。


「よーし、じゃあ早速…」


 修理した遺物を手に持ち、肌着姿のまま風呂場へ行く。

 そして洗面台の大きめの鏡の前に立ち、修理の終わった遺物を掲げて叫ぶ。


「変身ッ!キュウィンキュウィンキュウィンキュウィン、ガシャーシュシュシュ」


 ポーズを決めたら口で効果音を言い、手動でベルトを巻いていく。

 電子パーツの修理はまだなので音は出ないし、起動用の小物は未発見だがそれでもいい。


「パワーライドゥー、アクセス!コンプリィーーーート!!!」


 適当にそれっぽい名前の掛け声を出してガシャガシャとバックルの開閉ギミックを動かす。

 ヒーローの変身パターンはそう変わるものじゃないのでこんな感じでいい。うん、カッコよければいい。


「いくぞぉ!悪の帝国めぇ!!許゛ざん゛ん゛ん゛!!!シュバッ!シュバッ!」


 最後に腕で空を切りながらポーズを取る。


「シャキーーーーン!!!」


 よし、決まった。


「………………………んんんんんんんんん!!カッコいいーーーー!!いいじゃんいいじゃん!!この変身ベルト!!バックル部分の損傷少なくて良かったぁーー!!!」


 そしてベルトを付けたまま鏡の前で飛んだり腰を捻ったり空手の型の様なポーズを取って楽しむ。

 自分が眠っていた時代でも変身ヒーロー物は長い間続いていたらしく、こうして変身用のおもちゃが遺物で見つかる事は多い。

 流石にサイズが子供向けの物ばかりだが、何百年も幼児体型だったこの体を舐めちゃいけない。低学年向けの商品でもばっちり入る。


「あーもう!ほんと良いわこの時代!見た目子供でも義体と思ってくれて警察に通報されないし、女が特撮好きでも何も言われないし、何より堂々と風俗嬢を買えるのが本当に良い!!」


 前の時代ではこの見た目のせいでまともな職に就けなかったので、外見がほぼ意味を成さないこの時代は本当に助かる。

 人間かアンドロイドかだけ区別できればよく、年齢や見た目や性別は加味されない。

 この体は逆にそっち系の風俗では人気があったのだが、そんなのは誇れた事じゃない。それに、やはり買われるより買う方が良い。


「さーて、後は洗って下地だけ塗っておこう。色は青っぽいからサブヒーローかな?こういうのってサブのほうが人気出るよなぁー」


 ベルトを付けたまま肌着を脱ぎ、洗浄ついでに自分も風呂に入る。

 この時代の風呂は核融合の力を使っているらしく、追い炊きでも数秒でお湯が暖まるので楽だ。

 薪の時代から考えると物凄く進化している。未来の技術様様。人間ってやっぱり凄い。


 本当にこの時代に目が覚めて良かった。人生何があるか分からんな。

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