1 婚前処女。

 私、橘奈々(たちばな・なな)は、7年間愛し合っていた恋人を、半年前に失った。


「奈々」だけに、「七」年間。自分で言って、泣けてくる。笑いが込み上がるけど。


「笑っていなければならない。どんなときも。」よく、進一郎は言っていた。


彼はとにかく、笑っていた。笑顔が素敵だった。お笑いの趣味も合った。


でも、もう二度と、彼の笑顔、純真無垢、天真爛漫な、あの顔に出会えない。



心の拠り所を求め、占いの館に行けば、口を開くのはみんな一緒。


「がんばってください。頑張っている姿を見せることが、彼への一番の恩返しです。」


六人占って、六人一緒。


占い代も馬鹿にならない。



もう、人に頼るのは、最後にしよう…。

ただ、最後だけ、最後にもうひとりだけ、この悩みを打ち明けたい。



 奈々は、昼はカフェ、夜は居酒屋の、通し営業をしている、「リラクゼーションサロン」を謳っている、「よいよい」という場所に行ってみた。

 偶然立ち寄った本屋で、暇つぶしで立ち読みした雑誌に、この店を特集をしていた記事が載っていた。

 なんでも、日替わりで、足つぼなどもやっており、食事・飲み物・宴会・占い…。と、なんでもありのこの空間に、奈々は賭けてみたかった。


 世知辛い世の中なのか、14時でカフェを閉め出されることも多く、例のコーヒーショップだと、冷房がきつい。回転率を上げたいためだろう。真夏でも、厚手の一枚の何か。は、必要になってくる。


 定休日を調べ、肩透かしをくらわないように。そして、なるべく、人がいなさそうな時間を狙い、午後三時十七分。「よいよい」の扉を、いよいよ開けた。


 入るやいなや、衝撃的なものを見てしまった。


『婚前処女』。


 真っ白いTシャツに、黒い文字で、禍々しいほどの説得力と、意味不明な、圧がある言葉をプリントしたものを羽織っている人がいる。


 何しろその四文字が、奈々の現状を、皮肉にも体現しているからである。


そう、奈々は、真っ白であり、まっさらであり、彼のTシャツを表すとおり、「婚前処女」なのだ。


彼は、ノートパソコンに、外付けのキーボードを付け、カタカタ肩を揺らしながら、カウンターに座っていた。



「いらっしゃいませ~」


若い。20代前半の女性店員に促され、席に座る。


『婚前処女』を、できるだけ、遠ざけて。


「はじめてですか?」


 20代肌ピチピチガールのあとに続けとばかりに、50代の肌艶のいい、恰幅のいい、気っ風の良さそうな、熟女が現れた


「あ、はい…。」


「うちね、占いやってんの。」


もしかして…。


「あ、どうも~。」


うわ、『婚前処女』(男)が、「婚前処女」(リアル)に挨拶してきた。


一気にこわばる私。


それを、『婚前処女』(のTシャツを着ている、多分婚前童貞)が、察したのか、


「占いやってま~す。よかったら、どうぞ~。」


あ、こいつなんだ…。


目の前の恰幅熟女にも聞けないし、ましてや、肌ピチピチ20代ガールにも、聞けない。


「四柱推命と、手相。」


いや、聞いてないから。恰幅よ。熟女よ。


「よく、当たるよ~。」


う~ん…。


「ども!」


いや、そのTシャツのセンスよ…。


「音歌(おとか)と申します。以後、お見知りおきを。」


う~ん…。う~ん…。


悩んでいるのを察したのか、『婚前処女』(多分婚前童貞)含め、周りは、サーッと引いていく。


私に興味関心がなくなっている証拠だ。プライオリティ(最優先事項)が、私ではなくなっていく。


それもそれで、悔しい。


私は、なんのために来たんだ。


何を占ってもらうのだ。


遥々、こんな辺鄙(へんぴ)なところに来た。


う~ん…。


そうか。なるほど。


こう考えればいいのか。


婚前処女男子(多分、ファッション的にも、童貞男子)を、突き破ればいい。


婚前非処女?(処男?)に、してやればいい。何を言っているのか分からない。ただ、目には目を、歯には歯を。婚前処女には、婚前処女だ。(やっぱり、何を言っているのか分からない。)


幸いなことに、私以外に、客はいない。


店には、私、20代肌ピチピチガール、妖艶恰幅熟女。そして、婚前処女男子(意味が『以下略』)


「あの…。」


私は、震える声で、婚前処女ボーイに聞いてみた。


「はい!」


どこから出てくるのかわからないが、とにかく、性格はまっすぐそうだ。


「なんでも、占ってもらえます?」


「はい、なんでも!」


「おいくらですか?」


「お気持ちです」


「は?」


「値段設定は、設けていません。お客様のお気持ちで、決めていただいて結構です!」


あぁ~そういう論法ね。


最初に、高い値段設定を設けるのではなく、あとで、

『いえ、悪いですから…。』客側に罪悪感を抱かせ、大量に金銭を落とす、設けるアレだ。


初回月31日間無料の、例のアレだ。


あぁ~はいはい。


「あ、はい。」


決して、「お気持ちで!」の、意味がわからなかったわけではない。そのてめぇの、心の隙間お埋めしますパターンに、つぎ込むか、ばーか。の意味の、あ、はい。


「どうされます?お食事先にされますか?」


「いえ、やってもらいます。」







1.2 鑑定


 奥の部屋へ案内された。


 そこは、鳳凰の間と言われる、こじんまりとした、何の変哲もない、中野で月6万5千円ぐらい払わなければならないぐらいの広さの部屋だった。


「では、こちらに、お名前と、生年月日と、お名前、よろしくおねがいします!!」


手慣れた感じだ。


いかにも、占い師占い師している。


「どうされましたか?」


「あぁ、はい…。」


書き慣れ続けている、名前と生年月日を書いた。


悩みを書かせるのは、初めてだったが。


『名前:橘奈々


生年月日:1981年7月7日


悩み:彼のことがが忘れられない』



丸文字だね。と進一郎は、よく笑っていた。


「へぇ~、7月7日なんで、奈々さんなんですね!」


だから、私は、生年月日を書きたくなかった。


ただ、結構聞かれる。事占いに関しては。


でも、タロットや、スピリチュアル系の人は、案外と聞いてこない。


占いには、大きく分けて、命・卜・相。というのがあるらしい。




「えぇ、まあ…。」





ここまでは、大抵聞かれる。


「彼の誕生日も、お願いできますか?」


あ、、、、、、。


それは、聞かれなかったなぁ。


いや。うん。


当たり前だ。聞かれない方がおかしい。


「無理でしたら、大丈夫ですけど、、、。」


「あ、いえ。」





『1988年3月22日



葵進一郎』



彼の許可なしでプライバシーを公開したが、後悔はない。


婚前処女ボーイ、改め、音歌ちゃんの目が見開いた。


「……。」


音ちゃんの、音が消えている。


「どうしました?」


さっきの元気から、明らかに変化がある。


「いや、こんな、こんな、偶然、あるなんてね。」


え?ん?その反応、何?


「なんか、悪いことありました?」


辞書で引いたら、『絶句』だろう。


音ちゃんが、音を再開した。






「僕と同じです。生年月日。」






これって何かの運命ですね!パターン?





思考が、入り乱れ、絶句。


「あ、免許証見ます?」


「え、あ、じゃあ、拝見します。」


音ちゃんは、右手から、尋常じゃない小ささな何かを取り出した。(財布だった。)


「これなんですけど。」


あ、ゴールドなのね。


バンドにまかれた、免許証。


…。


……。



「あ、彼と同じですわ!」



で。に、アクセントがついた、関西系のツッコミっぽくなった。


ゴリゴリの町田市民だけど。


「いやはや。なんなんですか?」


「いや、いやはやじゃなくて。」


音ちゃんが、困っている。明らかに。


一番困っているのは、私だ。


何?私とヤリたいの??


免許証何枚も持って、たまたま同じ人に、寄り添う的な???


とにかく怖い。


「怖いです。」


言わせていただきます。


いや、こちらのセリフ!


「初めて会いましたよ。同じ誕生日の人と。」


確率では、365人必要、と思われがちな、『同じ誕生日の人』だが、実際には、30人前後で、出会うらしい。


数学が好きで、数Aの教科書のコラムで、読んだことがある。


ただ、生まれた年、月、日まで一緒。


やっぱ、同じ運命パターン?


「これは、さすがにないか。ちなみに、進一郎さんの、生まれた時間、わかります?」


「えっと。ちょっと待ってください。」


彼の生まれた時間まで聞いてくるとは。


彼の実家に行った時に、母子手帳を読ませてもらった。


「16時29分です。」


私は、一度聞いたり、覚えたことは、忘れない。


辛いことも。楽しいことも。


だから、7年間も、忘れることができない。


またしても、音ちゃんの辞書から、『絶句』を引いたらしい。


もはや、蒼白。


血の気が引いている。


「まさか。ね。」


「あの、そのまさか。です。」


私も蒼白。


いや、マジか⁈


びっくりマーク、エクスクラメーションマークで、百科事典が埋め尽くされるぐらい、私も絶句。


「いやはや。」


「いやはやじゃないっすわ。マジかぁ。何?生まれ変わりか何か?」


「え?この人死にました?」


「あ。」


やっと、本題に入れそうだ。


「ええ、7年前に。」


「じゃあ、えっと、24歳。の、時?」


「心筋梗塞で。」


「それはそれは。」


音ちゃんの音が消えていく。


最初の明るい音ちゃんは居ない。


「お酒ですか?」


「いや、医者にもわからない。と、言われまして。ただ、彼がハンドルキーパーだったんで、私の前では飲まなかったですね。ご家族の方に、彼のお父様も、心筋梗塞で逝きましたね。本当、ウーロン茶か、ホットウーロン飲んでました。父が酒で逝ったから、俺は飲まないって言ってましたね。」



「うーん。僕は医者でもないし、薬事法に引っかかるので、何も言えません。ただ。」



ただ?




「生きていれば、進一郎さんが、ご存命だったら、こうやって、話していたかもしれませんね。」




頬に涙が伝った。



音ちゃんは、音歌であり、


進一郎は、進一郎だ。


少なくとも、目の前の音ちゃんは、初めて会う。



ただ一緒なのは、


生まれた時間、日、月、年。


目の前にいる、婚前処女、音歌ちゃんと、


葵進一郎の違いは、なんなんだろう。


私と、出会っていたか、出会っていないか。


もし、音歌ちゃんと、先に出会っていたら、


進一郎と、出会っていなかった、のか?







これ性の話は好きだ。


テレビでやっていた。


これ、私が買った、ピンクフロイドのCDなんです!バイトして初めて買いました!



と、目の前に、彼女、アイドル?女優?の、ピンクフロイドのCDがある。



実は、全く同じCDを用意しました!


全く同じCDジャケットだが、彼女は、


えーっ!絶対混ぜないでくださいよ!



と、頑なに拒否した。


彼女のことは、一切合切知らない。


でも、その場面は、きつく、2日洗っていない靴下ぐらい、強烈な記憶に残っている。


音ちゃんが音ちゃんたらしめるもの。


進一郎が進一郎だという証拠。


橘奈々が、ここにいるという、証明。


それは、誰にも、できないかもしれない。


「ぁ、さ」


だってさ、奈々、私は、私であって、絶対的に、私なわけでしょ?それが、証明できないって何?怖くない?


「ん!」


ねえ、死ぬって何?生きるって何?生きているって何。息をしている?目が開く?瞬きをする?食べること?飲む事?話すこと?匂いを嗅ぐこと?放つこと?寝ること?人さまに、迷惑をかけないこと?怒ること?愛すること?それが、全部できなくなること?でも、だって…。



ぱちん!



「ん?!」



ハッとした。


「ごめんなさい。完全に、トリップしてたので。」


どうやら、婚前処女が、婚前処女の頬をぶったらしい。軽く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る