第13話医師の依頼、参謀の依頼。
『此処には宴の気配がするよ』
幻覚の声に、聞き覚えの無い喜色が混じったような気がした。
聞こえては来るが、聴いている場合ではない――身構え、刀を振り、また身構えるの繰り返しだ。
「巡り合わせが悪い……」
『相性というのは、どんなものにもあるものですからね』
大太刀【金宝】はとかく大きい――対人であれば刀身の差で、対集団であれば範囲攻撃で、それぞれ圧倒できる。
だが問題は、対人の集団だ。
技術で圧倒せねばならない相手の集団というのは、その重さ故に手数がどうしても少なくなる【金宝】では難しいのである。
『貪るばかりが宴です、饗宴であれ狂宴であれ、えぇ、えぇ。肉を焼いて魚を捌いて、皿を並べて杯に酒を満たす。限界を越えて、越えた先も越えて。えぇ、えぇ。皿まで噛るのが宴というものです』
「っ……」
『想苗殿、右!!』
慌てて払い。
飛び退いた狗の後から、タイミングをずらしてもう一
歯の隙間から滴る涎から生理的な嫌悪感を感じる――此処に居たのは数人の人間だった、果たして、その全てが瘴気によって転じたのか?
「っ、うあぁぁぁっ!!」
慌てて突き出した【金宝】の鞘に、犬より鈍く人より鋭い刃が突き刺さる。
『御名答です、想苗殿』
【金宝】の声、幻覚か本物か?『あれには噛まれない方が良いでしょう』
自身の直感を担保するような言葉だ。
現実か否か、疑うその隙に。
想苗と家族の幻影が演劇を始める。騒々しく、けたたましく。
『あのひとたちは、お母さん、むさぼったの! じぶんのじゃない、おちてたものをたべてた、だから――狗に成ったんだよ』
『えぇ、そうね蛍……仕方がないわよね』
『あぁ――仕方がないんだ』
「っ、黙りなさい……!!」
それは、違う。
これは、違う。
私も、祐一郎様も。《《仕方がないなどとは
言わなかった》》。
「私は、私たちは! そんな当たり前を受け入れるために! 刀を握った訳じゃない……!!」
『想苗殿! 落ち着かれよ!』
懸命に、【金宝】が叫んだ。『現状は不味い、冷静に、実力を』
「……【金宝】」
自分の口からこぼれた声が、酷く静かに廃墟に響く。その冷たさに驚くような間は、今のところは存在しない。
「力を貸してください」
『……良いでしょう』
言葉が終わると、同時。
【金宝】の刀身が、黄金に輝いた。
「それで、どうなったのです」
男の問い掛けは、石上には酷く間の抜けた質問に思えた――『空から石が落ちてきた、人にぶつかるとどうなると思う?』、あぁ全く。そんなこと決まっているじゃないか。
強い方が勝つ、弱い方が消え失せる。それだけの話だ。
「……部下の報告によれば」
男は、丸眼鏡の奥から昆虫のような瞳を瞬かせた。「戸上家の奥方は、それほど順調な状況では無い様子でしたが?」
「えぇ。だから僕の下を訪れた」
「だから不安なのです」
まあ、男の心配もごもっともだ。
戸上想苗の状態は極めて悪い――正気と狂気との間を行ったり来たり、それも正気も狂気も本人の意識だけで、彼女の幻覚は消えない。
戸上想苗の人生で経験したあらゆる記憶が、四六時中彼女に語り掛けている。後はただ、聞く彼女が正気かどうかだけだ。
だからこそ、石上は頷いた。
「御安心ください、僕は万全を期しましょう」
「万全を?」
「えぇ」
またしても馬鹿げている、医者が万全を期すとき、結果は決まっている。「任せてください、僕が彼女の状態を安定させて見せましょう――花守として、戦えるようにね」
刀霊、長い歳月を経て刀に宿った付喪神は、ヒトとは比べ物にならない程強力な霊力を持つ。その質量たるや、実体を持つことさえ出来る程である。
中でも強力な刀霊は、宿主を亡くして尚、自らの実体を駆使して、町を落とした霊魔の群れを祓ってみせたらしい。
強い刀霊は、現実に関与する――そして、関与の方法を選ぶことが出来るのだ。
【金宝】。
全長五尺、大太刀と称される内でも際立った長さの彼の個性。それが、この黄金の輝きである。
古今東西、黄金は全ての人々の憧れだった。
英雄譚を紐解けば、金銀財宝は善行の報酬としてあらゆる物語に君臨している。
仏教においても、金の輝きというものは、世俗的な意味ではないが稀少且つ神聖な意味合いを持たされている。
そう、黄金の輝きは――誰も彼もが欲しがるものだ。
『――視ろ』
呟きに、輝きが増していく。『ヒトよ、獣よ、霊魔よ。『欲』を
刀霊【金宝】。
その権能は、【視線の集中】――刀身の黄金を見た全てのモノは、輝きから眼を離せなくなるのである。
そして獣にとって、視線はそのまま意識である。視線を集中させるということは、彼らの意識を集中させるのと同意なのである。
「どういう顛末であるにしろ」
【金宝】を輝かせたまま、想苗は刀を寝かせる――切っ先を、狗どもに向ける。「お前たちはヒトでした」
ならば。
黄金に抗うことなど、出来る訳もない。
――行儀の良いこと。
【金宝】の輝きに、狗たちは釘付けだ。一層の涎を滴しながら、一斉に襲い掛かってくる。待ち構えた、その切っ先に。
「戸上流、
九連、突き。
霊力を帯びた切っ先が九度霊魔を襲い。
飛び込んだ彼らを、塵へと返す。
「…………」
『大丈夫ですか、想苗殿』
「……えぇ」
大丈夫、大丈夫だとも。
所詮全ては夢幻、想苗の脳内でだけ繰り広げられる茶番劇だ。
眼を閉じ、耳を塞ぎ。
心を閉ざせば、えぇ、えぇ。大丈夫ですとも。
「……帰りましょう」
廃墟の影、霧消する瘴気の向こうで。
厭らしく笑う自分の夫、息子、そして自身の姿。
歪んだ鏡のような光景を無視して、想苗は吐き捨てるように呟いた。
立ち去るまで、彼らは消えなかった。
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