第8話

 風見はあの屈辱的な日のことを思い出していた。


 風見に対して一切敬意を払わないクラスメートの少女。三國弥沙夜。風見は彼女が気に入らなかった。


 馬鹿にしたり暴言を吐いたりしても、ミュートだかなんだかでのらりくらりとかわされる。直接手を出そうとしてもVR空間ではそれすら禁止されていた。何もかもが上手くいかない。


 そんな時、バーチャルスクールの授業が終わって放課後になると、三國がいつもどこかに姿を消すことに気付いた。チャンスだと思った。三國の秘密を暴き出して、学校中の笑い物にしてやる。


 そう、そのはずだったのだ。それなのに、三國の後をつけて学校の校庭を横切った風見は気が付くと戦場の只中に立っていた。戸惑う風見を、あろうことか三國が救った。プロの傭兵のように立ち回った三國は敵兵を屠り、風見を助け出した。三國は脅える風見に言ったのだ。


「ロビーは安全だから一緒に行こう。走れる?」


 頷き返すと、狐面の少女は風見の手を握って走り出した。データグローブ越しに手の温もりが伝わる。


 後から知ったことでは、ここは『VR WORLD』上にある『アマテラスオンライン』というバトルロイヤルゲームのワールドで、風見は知らぬ間にそこに迷い込んでしまったようだった。だが、この時の風見にはそんな知識は何一つなかった。風見は前を走る少女に話しかけた。


「ロビーって何ですか?」


「戦いに出る前のプレイヤーたちが集まる場所。ロビーでは他のプレイヤーに攻撃するのが禁止されてるから、一息つけるよ」


 狐面の少女はくすりと笑う。


「本当に何も知らないんだ。初心者でも使いやすい武器とか今度教えてあげるね」


 馬鹿にされている。なんで自分が。


 風見は黙り込んだ。少女もそれ以上話しかけてはこなかった。


 どれくらい走ったろう。地面がゴツゴツとした荒れ地から石畳に切り変わった。瞬間、景色が一変した。


 大きな噴水を中心にして西洋風の街ができている。人がいる。建物がある。風見たち以外にも何人もの人が集まって談笑しているようだった。こんなところにもコミュニティがあるのだ。


 安堵しかけた風見は彼らの姿を見て肝を潰した。普通の人間ではない。天使のような翼を生やした異形。髑髏の顔をして青白い炎を纏った怪物。体が鋼鉄の歯車でできたアンドロイド。ニンジャ装束に身を包んだ人もいた。


 彼らは風見たちに気付いて話しかけてこようとしてくる。風見は咄嗟に三國の背に隠れていた。


「やあ、ミクニ。さっきの試合、観戦してたけど相変わらず良いプレイするな」


 天使の異形が銃を持つようなジェスチャーをしてくる。


「どうも。途中でリタイアしちゃったけどね」


「そっちは新しいパートナー?」


 髑髏の顔をした怪物が風見の顔を覗き込む。骨だけの顎がカタカタと鳴る。風見は小さく悲鳴をあげた。


「この子は違うよ。学校のクラスメート」


 三國は私と髑髏の間を手で遮る。


「次の大会はどうするんですか?」


 歯車仕掛けのアンドロイドが合成音声のような声で言った。


「うーん、まだ考え中」


「なんなら拙者が一緒に出場してあげてもいいでござるよ」


「それはいいや」


 ニンジャ装束の人が軽く流される。他の三人(二匹と一体?)がどっと笑い、周りでそれを見ていた人たちも笑い出した。定番の流れなのかもしれない。風見は、笑えなかった。


「ごめんね、騒がしくて」


 三國が申し訳なさそうにしている。


「ここからならすぐに学校に戻れるから、着くまでは一緒に行こう」


 説明しながらも彼女は他のプレイヤーに話しかけられて返事を返していた。握られた少女の手を見る。


 何だよ。人気者じゃないか。見下しやがって。


 風見は少女の手を振りほどいた。少女が驚いたような顔をする。


 ――何なんだよ、その本気で悲しそうな顔は。どうせ心の中では私を馬鹿にしている癖に。


 風見はVR WORLDからログアウトした。部屋の中をふらふらと歩き、VRのバイザーを床に叩きつける。許さない。あの女も、バーチャルリアリティも。


 


 そうして風見は《魔女》になり、三國弥沙夜を《呪った》。


 放課後の教室。足元で三國が小さな体をよじってもがき苦しんでいる。いい気味だと思う。取り巻きの烏谷と猫塚がそれを見て大笑いしていた。どこまで本気で笑っているのか分からないが、やらせておこうと思う。


 風見は三國の横腹を踏みつけた。三國の顔が苦悶に歪む。醜い顔だ。


 風見はARのアプリで鏡を表示させた。自分の顔が映る。澄ました顔。綺麗だ。これでいい。


 風見は教室を出た。まだやれることがある。風見を馬鹿にしていた生徒は三國で最後ではない。三國と特に仲良くしていた柳崎祀莉という少女。彼女がちょうどいい。


 次はあの娘にしよう。


 風見は《魔女》だった。

 

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