第3話 ちとせ

 結局、寝落ち通話を約束した日から、3日連続で寝落ち通話を続けていた。寝落ちしても、通話をかけ続け、朝まで繋げっぱなしにしていた。

 ユミは朝が弱いので、僕がいつも起こしてあげるのが日課になりつつあった。


「ユミ、起きて??朝だよ??」

『ん…』


 布団の擦れる音とともに微かにユミの吐息が聞こえた。


「ユミ、朝!」


 もう少し声を張って呼びかけると、『ん~』とうなり声をあげたかと思うと、ガサゴソっと電話越しで音が聞こえた。どうやらスマホを手で掴んで時間を確認しているようだ。


『ん~おはよう・・・』

「おはよう」

『ん~眠い…』

「ほら、今日も仕事あるんでしょ??起きて~」

『・・・』


 すると、彼女は何も言わずに黙りこくってしまった。布団の絹擦れの音が聞こえるので、恐らく『仕事』というキーワードを聞いて、現実に戻されたのが嫌だったのだろう。

 ユミの返答をじっと待っていると、ユミの息を吐く音が聞こえてきた。


『そのね…今まで黙ってたんだけど』


 ユミは、何か言いたげな暗い口調で話しかけてきた。


「ん?どうしたの?」


 言葉の続きを促すと、予想外の答えが返ってきた。


『実は私もニートなんだよね…』

「えっ…?そうなの?」

『うん…仕事あると見せかけて見栄を張ってた。ごめん』

「そうだったんだ、じゃあ、僕と同じだね」

『うん、そうだね…』


 僕がおおらかに言って見せたが、ユミの口調は暗いままだった。


「どうかした?」

『いや、騙してたこと、幻滅しないのかなって…』


 なるほどね、どうやら今まで仕事をしていると嘘をついていたことを僕が幻滅してしまったのではないかと心配しているのか。


 僕はそれが可笑しくなってつい笑ってしまった。


『な、なんで笑うのよ?』

「ごめんごめん…いやぁ、別に人間誰だって隠し事だってあるし、別にユミがニートだったからって全然気にしてないよ。それに、僕もニートだから同じ境遇の人に会えてちょっとうれしいし」

『そっか…』


 僕がそう言い終えると、ユミは何か納得したような安堵にも似た声を発した。


『ちとせ・・・』

「へっ??」


 いきなり謎の言葉を発したので、もう一度聞き返す。


『私の名前・・・本当はちとせ・・・』

「あっ…」


 なるほど、どうやらユミは、LANEやネっと上での名前で、本当の自分の名前は『ちとせ』だということを教えてくれたのだろう。


「そうなんだ、本当はちとせっていうんだ」

『うん、ごめんね?こっちも騙してて?』

「いや、いいって、むしろネットで本名使ってる方が今は危ない時代だし、違う名前使ってても当然だよ」

『そっか、ありがとう』


 むしろ、お礼を言うのはこっちの方だと思った。他の人が知らないような秘密を知ることが出来たような優越感と、彼女がまた一歩僕に心を開いてくれた気がする嬉しさで幸せな気持ちになっていた。だから、僕は彼女の勇気に応えてあげられるように、こういったのだった。


「いえいえ、こちらこそ!その・・・これからもよろしくな、ちとせ・・・」

『うん…ありがとう///』


 彼女の本当の名前を呼んで、彼女が照れているのが分かった。

 全く、この子はなんて可愛いのであろう。


 こうして、『ユミ』を改め、『ちとせ』という彼女とのネッ友生活に、また新たな一ページを刻んだのであった。

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