第2話 可愛いユミ

 今日は社会的には土曜日、土日休みの会社員たちはお休みとなる。だが、ニートの僕、根倉似鳥ねくらにとりにとっては、関係のないことだ。

 しかし、僕の趣味的に土、日というのは関係なくはないのだ。


 僕はニートにもかかわらず、スポーツ観戦が趣味で、よく試合を競技場に見に行くのだ。そして、今日も地元で行われるJリーグの試合を見に行くため、身支度を整えていた。

 すると、スマホのバイブレーションが鳴った。何度も振動しているので恐らく通話だろう。


 画面を確認すると、『ユミ』と表示されていた。どうやらようやく起床したらしい。


 俺は通話ボタンを押してスマホを耳に近づけた。


「もしもしユミ??おはよう」

『おはよ~』


 電話越しから眠そうな覇気のない声が聞こえてくる。朝一番に寝起き早々に電話をかけてきてくれたらしい。


「よく眠れた?」

『う~ん・・・多分』

「多分かよ・・・」


 僕が苦笑しながらツッコミを入れつつ、通話で会話を楽しむ。スマホを部屋の机に置いて、スピーカーモードにして出かける用意をしながら通話を続ける。


『にとお兄ちゃんは、今日は一日暇??』

「ん~??いや、ちょっと出かける」

『・・・えっ…』


 すると、電話越しから彼女の驚きと悲しさが入り混じった吐息が聞こえてきた。


「どうした??」


 僕が問いかけると、数秒の沈黙の後、ユミが言葉を発した。


『もういい、にとお兄ちゃん嫌い』

「えぇ??なんで??」

『だって、出かけるんでしょ?通話できないじゃん』

「そりゃだって…用事があるから仕方ないじゃん…」

『・・・もういい』


 再びユミはそう言い残して、布団を被る音が電話越しから聞こえた。どうやら僕が出かけることに機嫌を損ねてしまったようだ。

 僕はそんな彼女の機嫌を取ろうと、机の上に置いていたスマートフォンを取り上げて、スピーカーモードをオフにして、再び耳元に近づけた。


「ごめんね…」

『いやだ』

「…どうしたら許してくれる??」


 僕が優しく彼女にそう問いかけると、モソモソっと掛け布団を剥がす音が聞こえた。しばらく彼女の返答を待っていると、意を決したようにユミは大きなため息をついた。



『じゃあ今日、帰ってきたら寝落ち通話して?』

「ん、わかった。帰ってきて寝る支度出来たら、寝落ち通話しよう」


 寝落ち通話とは、普通であるならば彼氏、彼女がお互いにどちらかが寝るまで、通話をし続けることであり、一緒に誰かと眠っているという安心感を得られるために行う行為なのだが、最近はこういった彼氏、彼女じゃない関係でも、ネット友達と一緒に寝落ち通話をする場合もあるのだ。


『それじゃあ、仕方ないなぁ~』

「許してくれる??」

『うん』

「ありがと」


 ユミは、僕と寝落ち通話する約束をしたら、すぐに許してくれた。


「ヨシヨシ」


 そんな可愛らしい彼女につい無意識で撫でるように言葉を発してしまった。

 しまった!また、彼女を怒らせてしまうと思った矢先、『えへへ』っと嬉しそうな声が電話越しから聞こえてきた。


「ごめん、いやじゃなかった?」

『ううん、嬉しい…///』


 かぁぁぁぁ!!!!!


 彼女の可愛らしい言動に、胸がキューっと締め付けられ、体中が熱くなっていくのが感じられた。ダメだ、可愛すぎる。


「このくらいだったら、何回でもしてあげるよ」


 気が付いた時には、僕はそう言葉を発していた。


『ホントに??』

「あ、あぁ…もちろん」


 言ってしまったものは仕方がない、こうなったら徹底的に愛でてやる。


『ふふ・・・ありがとっ!』


 その彼女の可愛らしい返答に再び僕の思考がノックアウトしてしまう。だめだ、これ以上通話していたら可笑しくなりそうだ。


「それじゃあ、出かけてくるね?」

『はーい』

「トークは返せると思うから」

『わかった~無理はしなくていいよ?』

「うん、ありがと。じゃ、行ってきます」

『いってらっしゃい、チュ!』


 そう言い残して、逃げ去るようにユミは通話を切った。

 ・・・チュはずる過ぎるだろチュは…


 僕はその場に居ないにもかかわらず、ユミに表情を見られているような気がして、無意識に腕で顔を隠していた。


 試合観戦が終わったら、寄り道しないで真っ直ぐ家に帰ってこよう・・・


 そう心に決めて、僕は荷物をまとめたリュックサックを背負って、自分の部屋のドアを開けて歩き出したのだった。

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