第6話 沢山の裏がある
「そういや、あの令嬢は?婚約するつもり?」
「あれは、殿下の精一杯の演技よ」
「うそん!」
そこまで全部騙されていた自分と周囲に合掌。笑いを堪えるのが大変だったとエイリークは笑った。
「彼女、適切な距離も取らずにぐいぐい来るし、自称側近候補たちが次々はまっていっているのを見て、まぁいいかと思ったんだって。自分がいてもいなくても元々評判は最低、自分が利用したことに関する影響は少ないと判断したそうよ」
「えー」
あいつら、自称側近候補だったんだ。殿下はあの令嬢の事より自称側近の婚約者の事を心配していたそう。
エイリークがあんな男とは結婚しない方が幸せだと思うと言って、実際婚約者がどう思っているのか調べた。それで放置した。皆できれば結婚したくなかったみたい。
「殿下は自分が悪者になると言っていたのに、まさかあそこまで私が悪く言われるとは思っていなくて、それはもう焦っておられたわ」
全く気が付きもしなかったけれど、殿下とエイリークは在学中も会っていて、エイリークの分厚い本は、殿下の協力の元に作られていた。
あの本の装丁から考えると、最初から随分分厚い本を用意していたなと思ったことは、言わないでおこう。
婚約を破棄して今までの特許を取り戻すには王家側に問題があると証明する必要があったので、学院中にある映像を記録する魔道具も、対王家用に急遽エイリークが開発したものだった。
他にも、予め役所から書類が届き次第、直ぐに賠償金請求なども正式に受理されるよう、長官に根回ししていたことを知った。伯爵家に逆らってはいけない。
失礼、根回しは殿下だった。どうしても殿下が馬鹿なイメージが先行してしまう。
「彼女が自分に興味が無いことも直ぐに気付いたって言っていたわ。役所で婚約しようみたいな事も言っていたけれど、断られるのが分かっていて言ったんですって」
世の中には沢山の裏があるとわかりました…。
「けど、隣国まで巻き込んで大丈夫なの? 殿下の評判とか、色々」
「あの方は殿下の親友とも言うべき仲良しさんなのよ。我が国があのままでは、いずれ魔道具の高騰や輸入制限が起こりそうでしょう?だから協力して下さったの」
「知らなかった…」
「知られない様にしていたもの。少しかかるとおもうけれど、殿下からまた別の発表があるからお楽しみに。心配しなくても、殿下の評判は直ぐに戻ると思うわ」
殿下からの発表が無いまま、自称側近たちの婚約者が婚約破棄を役所に訴えた。エイリークもあの分厚い本で彼女たちに協力したらしい。
令息側が婚約を破棄されたり、今までの損害賠償やらを請求されたり色々あって、例の令嬢も色々と請求されているとか。
学院の雰囲気も徐々に変わった。元々エイリークと仲が良かった令嬢達が主導したのだが、婚約者がいても、異性の友人を持ってもいい雰囲気になった。今ではあちらこちらで男女が会話をする様子が見受けられる。
何だかんだ言いながらも、皆もそうしたかったのかと思う。そこで男女間の揉め事が増えたりもしたのだが、それはまた別の話。
結局お互いに婚約者を大事にしましょうね、ということに落ち着いている。
この変化のおかげで、俺は食事に困ることがなくなった。陛下の発言があったとしても、エイリークの行動は行き過ぎだと咎めた真面目な令嬢達に、エイリークはやんわり俺の置かれている状況を説明した。
最初は貧乏で食事も満足にできないと周囲に知られるのは恥ずかしかったが、今更でもある。
開き直ったところ、令嬢達が皆でお金を出しあってカンパしてくれるようになったのだ。
さすがに常識人の令嬢達と夕食を一緒にすることはなかったが、代わりに順番で差し入れをしてくれるようになった。
色々な人が助けてくれるようになって、エイリークと話す機会が以前に比べて減ったのは残念だったが、勉強に集中できる今の環境は悪くない。
安定した食生活で体力が必要な剣術と魔法の成績も上がり、座学に時間を割くこともできた。
俺の急激な成績上昇と、令嬢達からチャラ男になるしかなかった事情がやんわり広まったことで男友達も増えたと思う。
単純に遊びたかったということもあったのに、物凄くイメージが良くなっている。エイリークには感謝しかない。
そのエイリークも最近はいつも人に取り囲まれている。今までは第一王子の婚約者で、表情も乏しくいつも眠そう。
周囲は話しかけたくても勇気が出ない状態だったが、女性の地位向上、権力者からの圧力防止を王家に訴えたことで、勇気を出してでも話しかけたくなった人が多いらしい。
話せばあの眠そうな顔は普通の顔だとすぐにわかるし、俺も含めてエイリークには大量の取り巻きがいる状態になった。
知識が豊富で、節度を持って接するので男女問わず継続して集まってくる。もちろん、反感を持っている人達も大勢いるにはいる。
けれど、お互いに深く干渉することはせず、表面的には穏やかな状態が続いている。
そんな中でぼっちになりつつある殿下を、あの令嬢が慰めている姿が時々見かけられていた。
殿下との婚約は発表されていないし、そんな噂もない。そもそも殿下にその気はない。
殿下は三か月の謹慎処分になっていたが、実際はとっても忙しくしていて、学院に顔を出すのも天才魔道具師と知られてしまったエイリークの為に、学院の警備の見直しやら何やらで来ているだけで、授業には出ていなかった。
昼寝の邪魔をされるからうっとおしがっているとエイリークに聞いた。
一体あの令嬢は何をしたかったのか。未だに俺には分からない。興味も無いので聞いてみようとも思わないが。
新緑が美しい季節になり、王宮主催のパーティーが開催された。国内の貴族がほぼ参加する大規模なものだ。周辺諸国からの招待客も多い。
黒いオーラが見え隠れするエイリークのお兄様とも再会してしまった。挨拶するだけなのに、周囲への警戒が怖すぎるわ。
怖いことは先に済ませようとしたのに、割り込まれてしまった。
「失礼、貴女がエイリーク嬢でしょうか」
隣国の第一王子が弟から話を聞いて、興味を持ったと言ってきた。お兄様の黒オーラが凄い。
無難な挨拶をしてさっさと逃げようとしたら、お兄様から足止めの為の生け贄になれと目線で命令された気がした。
支援された金銭を返すあてが全くないので従います。ええ。一応俺も王家の血が入っているし、侯爵家でもあるので、隣国の王子に話しかけてもまずい立場ではない。
時間を稼ぐためにも当たり障りなく挨拶を始めたら、俺ごと隣国の関係者に取り囲まれていた。誰も逃げられない。何で俺までー!
側近らしい人達に話しかけられている間に、お兄様の黒オーラをバシバシ感じた。どうやらエイリークの魔道具が興味深いので、留学しないかと誘っているようだ。
隣国は魔法体系がこちらと異なるので、興味はある。俺は誘われていないけどね!留学するような金もないけどね!
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