理系・生物的夫妻の異世界スライム討伐

ゴッドさん

第1話 夫婦のスライム討伐

 清太郎君と、その妻である雛子さんは、とある事情で異世界へ転移した夫婦である。


 清太郎君は某国立大の生物学部出身。小中高大と、全ての教育過程を通じて女性経験は少なく、無口で交友関係自体もほとんど無い青年であった。だからといって、女性に全く興味が無いわけではなく、いずれ自分の身を挺しながらその生態を性的な意味も含めて研究してみたいと考えている。清太郎君にとって、人間の女性とは別種の生物であり、永遠の研究対象なのである。

 大学卒業後は害獣を駆除する会社に就職し、毒物や罠を駆使して多くの生命を地獄へ送った死神的存在。

 趣味はアニメやネット小説。中二病全開な中学生が書いたような痛々しい作品内容も、清太郎君の許容範囲内で、「せっかく公開されたのだから鑑賞してやらないと可哀想」というテンションで画面の前に座る日々。


 一方、妻、雛子さんは高校卒業後に東京でアイドルとして活動していた経歴を持つ。整った顔立ちと豊満なバストから買い物中にスカウトされ、「廃校の危機を救うため」というような堅い決意も無いまま、「沢山お金が入るから」という理由でほんわかと客に手を振ってきた。

 結構な運動音痴で歌もダンスも台詞覚えもアイドルグループ内で底辺であった彼女だが、持ち前の容姿と後先考えない行動力で、他のメンバーを押し退け、芸能界で輝きを放っていた。ただし、女性人気が低かったのは確かである。


 一言断っておく。いや、一言では収まらないかもしれない。

 雛子さんはアイドルだが、普通にトイレに行く。親しい人の前なら、平気で地響きのような屁もこく。処女は高校生の頃に散らしたし、アイドル活動時期も売れないロックバンドのボーカルとセックスを楽しんでいたこともある。ボーカルの男とは性癖の違いから決別し、今は別の世界で人生を歩んでいる。口内と肛門はNG。雛子さんはハードなプレイを求めていないのだ。


 雛子さんと付き合いたい男性の倍率は途方もない数字になるのだが、清太郎君は特に無理せず他の男を押し退け、成り行きで雛子さんと夫婦になった。


 そして、異世界へ転移し、夫婦の営みを冒険者社会に紛れながら続けている。


 この世界でどのように暮らしているのかといえば、「スライム討伐」である。

 近所の冒険者ギルドに集まる依頼の中で、最も簡単そうなものを選ぶと、必然的に「スライム討伐」の依頼を受けることになる。

 報酬は高くないが、ここは魔法さえ使えれば水道や電気といったインフラなどどうにでもできる世界。お金を貯めなくても灯りは使えるし、水魔法でいつでも清潔な水を飲める。購入する必要がある生活物資は、食料と衣類だけ。それ故、夫婦の収入は多くはないが、貯蓄は緩やかに上昇している。


 そもそも、この世界では銀行があまり発達していない。キャッシュレス決済は不可能なので、お金は自分で持ち歩かなければならない。

 大金を持ち歩くと夜盗に狙われる危険性が高まるし、貨幣も重いので、大きな買い物はしない方向で生活している。


 清太郎君も、雛子さんも、自分の命は惜しい。

 難しそうな依頼は強そうな冒険者に任せ、自分たちは細やかな平和を維持する。


 その日も、夫婦でスライム討伐の依頼を受け、近くの森林でスライムを探していた。


「ねぇ、知ってる?」

「何を?」

「スライムってさ、皮の鎧を溶かせるらしいね」


 雛子さんからの話題に、清太郎君は「ふぅん、そうなんだ」と素っ気ない返事をした。

 スライムの消化液はタンパク質を溶かせるのだから、当然「皮の鎧」も消化されるだろう。生物学部出身の清太郎君からしてみれば、すぐに行き着く答えで、「そんなの当たり前だ。何を今更」という感覚だった。


 しかし、その返事から数分後。

 清太郎君は気付いた。


 もしかして、今の質問には深い意味があるのではないか、と。


 雛子さんは、そこから会話をリレーしたかったのかもしれない。スライムを探すのに夢中で、清太郎君は無言になってしまっていた。ややピリピリした空気を彼女なりに変えたかった可能性を検討せねばなるまい。


 本人に聞き返すべきか。

 しかし、先程の話題は自分から終わらせてしまった。時間も経過している。

 口下手な清太郎君は、聞き返すための言葉選びができなかった。ありったけの糖分を消費して思考回路を稼動させても、視界がブルースクリーンになってしまう。


「どうしたの? 急に私のことを見て」

「いや、その……」


 清太郎君の頭は混乱状態だ。

 皮の鎧。まさか雛子さんは皮の鎧をおねだりしたかったのか。


 いや、スライムに溶かされるようなものを、わざわざ求めるだろうか。そんなことよりも、彼女が「こっちの世界でブラジャーが欲しい」と愚痴をこぼしていたのを思い出す。

 この世界には日本ほど精巧なブラジャーを作る技術は無い。皆、女性は布をきつく巻いて胸を押し上げているのだ。表面に浮かび上がる突起。清太郎は稀にそんな光景を見て「大変だな」と感じてしまう。


 そもそも、今、この話は関係あるのか。

 きっとない。


 清太郎君は最終的に思考回路をシャットダウンし、再起動を試みる。

 一時的にリミッターが解除された清太郎君は、思っていることを本能のまま雛子さんに伝えてしまう。雛子さんの両手をガッシリと握り、目と鼻の先まで引き寄せた。


「僕は、その、雛子さんとはいつまでも良い関係を築いていきたいと思っているんだ」

「う、うん……」

「好きです。雛子さん」


 すると、雛子さんは顔を赤らめる。


「あ、ありがと……」


 愛さえ伝わればそれでいいのだ。

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