第27話 エルフの聖地にて

 翌朝、俺達はキーストの駅に来ていた。


 王都キーストから西の方角への高速鉄道に乗り、クィエール領へと向かうためである。



「私はこれから地球へ行き、鎮火の勇者を探してくる。お主達はエルフの聖地へ行き、『エルフの霊薬』をもらってくるのだ」


「エルフの霊薬?」


「うむ。それを飲めば、通常よりも数倍早く聖力の回復ができるのだ。すぐに勇者の増援を期待できない現状では、それくらいしか手の打ちようも無いしな」


「なるほど……わかりました!」


「クィエール領に着いたら、『霊峰オルフェル山』を目指せ。オルフェル山のふもとに広がる『オルフェル大森林』の奥にエルフの聖地がある。そこで私の名前を出して事情を説明し、例の土産を渡せば霊薬がもらえるはずだ」


「はい!」



 俺とラマニアは列車に乗り、ヴィアンテ様と別れた。


 思えばこっちの世界に来てからずっと、姿が見えない時もヴィアンテ様はいつも俺のそばにいてくれていたのだが、初めてヴィアンテ様から離れる事になり、少しだけ不安が心をよぎった。


 列車がキースト駅を出発し、ゆっくりと駅のホームが遠ざかってゆく。


 ホームで手を振っていたヴィアンテ様の姿もだんだんと小さくなっていき、やがて見えなくなっていった。


 距離が離れて見えなくなった頃には、おそらく実際にこの世界からも消えて、俺の世界、地球へと旅立っていたのかもしれない。




 王都キーストからクィエール領の駅までは一時間弱で到着した。


 ここからは霊峰オルフェル山を目指せとのことだったが、オルフェル山は探すまでもなくすぐにわかった。


 何故なら列車がクィエール駅に到着するずっと前から、その姿が嫌と言うほど見えていたからだ。



「あれが霊峰オルフェル山。我がサンブルク王国で最も高い山です」


「へぇ~。俺の国の富士山みたいなものか」



 駅を出てからは一路オルフェル山を目指す。


 山がデカ過ぎるからすぐ近くのように感じるが、歩きではかなりの時間がかかるらしいので、事前にラマニアが連絡したクィエール領の領主が手配してくれた車で向かう事になった。


 そしてヴィアンテ様から教わっていた、オルフェル大森林の入口へと到着した。



「ラマニア殿下でんか、本当にこちらでよろしいので?この大森林は毎年遭難者も多く、とても危険かと……」


「大丈夫です。女神ヴィアンテ様が、この森に聖者エルフの一族が棲んでいるとお教えくださったのです。よもや女神様が私達を危険にさらす事など仰らないでしょう」


「わかりました。我々は森の入口で待機しておりますので、何かありましたらお渡しした救難砲を発射してお知らせください」


「お心遣い感謝します。それでは行って参ります」



 クィエール領の衛兵と別れを告げ、ラマニアと俺はオルフェル大森林の中へと足を踏み入れたのだった。


 ヴィアンテ様は「オルフェル大森林の奥にエルフの聖地がある」としか言っておらず、その詳しい場所までは教えられていなかった。


 なので具体的に森の中をどのように進めばいいのかわからないのだが、不思議と不安は無かった。


 あのヴィアンテ様がそれだけの情報しか教えてくれなかったという事は、逆に言えばそれだけの情報でも辿り着けるという事でもあると確信していたからだ。


 案の定、森へ入って三十分も過ぎた頃、俺達の進む先に一人の男が現れた。


 金髪に尖った耳の若い男。


 俺の知るファンタジー知識の世界そのままのエルフだ。



「そなた達からは女神ヴィアンテ様の気配を感じる。もしやヴィアンテ様の遣いの者か?」


「はい。私はサンブルク王国の第一王女にして聖なる門の乙女おとめ、ラマニア。こちらは鎮火の勇者、リン・ハヤセ様。お察しの通り、シェインヒールの女神ヴィアンテ様の遣いで参りました」


「承知した。そなたらを客人として認め、我らエルフの族長のもとへと案内いたそう。ついて参られよ」



 予想通りと言うか、予想以上にすんなりと第一エルフ族と遭遇できた俺達は、その案内役のエルフの後を追ってエルフの聖地へと入る事ができた。


 森の奥へと進んだ先に、まさに「集落」と呼ぶにふさわしい区画があった。


 このシェインヒールという世界に来て、ずっと俺の世界と同じレベルの文化都市を見続けてきたが、このエルフの集落だけはファンタジー世界そのままのような幻想的な光景だった。


 おそらくラマニアも俺と同じ印象を抱いたのか、初めて目の当たりにするエルフの集落の美しい光景を、息を飲んで見つめていた。



「さぁ、こちらが我らの族長のお屋敷です。中へお入りください」


「し、失礼致します」



 巨大な木の根元を家にしたかのような屋敷の入口の中へ入り、俺達はさらに驚く事となった。


 扉の向こう側の室内は、外の景色とは180度真逆とでも言うような、近代的な造りとなっていたからだ。


 ぶっちゃけ、ラマニアの王城よりも俺の世界を彷彿とさせる近代っぷりだ。


 呆気あっけにとられる俺達の前に、いつの間にか一人のエルフが立っていた。



「ようこそ我が屋敷へ。貴方達がヴィアンテ様の遣いですね?私はエルフ族の族長、モフカーニ・ゼシル。貴方達を疑うわけでは無いが、ヴィアンテ様の遣いである事を証明できる物はお持ちか?」


「あ、えぇと……」



 突然の問いにラマニアが狼狽うろたえる。


 そこで俺はヴィアンテ様からの土産の事を思い出し、口を開いた。



「証明できる物かどうかわかりませんが、ヴィアンテ様から貴方に渡すように言われた土産の品があります」


「ほう。拝見致します」



 俺はヴィアンテ様から渡された例の土産の袋をモフカーニさんに差し出した。



「なるほど。中身を確認して参りますので、お二人はそこのソファでしばしお寛ぎください」



 そう言ってモフカーニさんは奥の部屋へと去って行った。


 俺とラマニアは緊張しながらソファに腰掛けて待っていると、別のエルフの女性がお茶を持ってきてもてなしてくれた。



「どうぞ。族長がお戻りになるまで、暫しお待ちください」


「い、いただきます」



 お茶を運んできてくれたエルフの女性も退室し、俺とラマニアは顔を見合わせて静かな空間で待機していたその時、奥の部屋から突然、女性の悲鳴が聞こえた。



『あぁ~~~~ん!!凄い~~~っ!!』



 突然の女性の声に、俺とラマニアもティーカップを置いて立ち上がる。


 声のするほうへ向かうべきか考えていると、先ほどのエルフの女性が現れて微笑んだ。



「ご心配なく。あれは勇者様がお持ち頂いたお土産の中身を確認しているだけですので、そのままお待ちください」


「え………そう、なんですか?」



 緊急事態かと思って咄嗟に身構えたのだが、あまりにも平然と応対されてしまったので仕方なく俺達はソファに座り直した。


 そしてその後も女性の声が奥の部屋から響き続ける。



『だめぇ!!だめなのぉっ!!こんな激しいの初めてぇっ!!』



『イクっ!!イッちゃう!!私、もう!もう!!』



『来て!!中にちょうだい!!中にいっぱい出してぇっ!!』



 冷静になって聞いていると、この声ってヴィアンテ様じゃないか?


 ただ声は似ているが、大人っぽい声だったり、子供っぽい声だったり、色々とイメージの違う声が聞こえてくるため、全て同一人物なのかという自信は無くなってくる。


 あ、でもそう言えば昨日、ヴィアンテ様が一人で三姉妹を演じているという話を聞いたんだっけか?


 たしかあのお土産の三本も、「三姉妹の新作」とか言ってたな。


 じゃああの聞こえてくる声もヴィアンテ様が演じた三姉妹の、それぞれの年齢の声という事か?



『いいわ!私が全て受け止めてあげる!!全部出してっ!!』



『あっ!今、ビクッてした!出そう?出ちゃいそうなんでしょ!?来て!来てぇええええっ!!』



『お兄ちゃん!これ、どうなっちゃうの?私、私、壊れちゃうよぉおおおおっ!!』



 間違いない、ヴィアンテ様だ。


 声だけだが、おそらく昨日見たポスターの三姉妹のそれぞれの年齢のヴィアンテ様だ。


 一体奥の部屋ではどんな映像が流れているのか想像もつかなかった。


 そしてあの声が聞こえてこなくなり、数分後、モフカーニ族長が戻ってきた。



「お待たせしました。ヴィアンテ様の新作……じゃなくて、お土産。確かに確認致しました」


「は、はい……」



 お土産の内容については触れるのはやめよう。


 とりあえず本題に入れそうなので、俺はラマニア視線を送り、ここへ来た目的を話す事にした。

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